ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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パパ、パパ活
パパ活が妻にバレて、とっちめられている――
妻「あなた! なんですかッ、パパ活だなんて、娘と同じような年の女の子を相手にして! いつからそんな恥知らずのケダモノになったんです! そんなことをするくらいなら、少々高くついても、フーゾクにでも行ってくれてたほうが、まだマシだったわ!」
娘「ママ、いくらなんでも酷いわ! パパ活の相手してくれる人にだって、イイ人はたくさんいるし、それに、コスパを考えたら、フーゾクなんかよりよっぽどワリがいいのよ!」
| 遊冶郎 | 悪魔のつぶやき | 20:38 | - | - |
デパート開業の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛らっきょう)、玉子焼き(2個)、ほうれん草と白菜の胡麻和え、茹で人参&茹でブロッコリ


今週は卵がだいぶ消費された。従前から何度も述べているように、卵は完全栄養食品であるし、使いでもあって重宝なので、極力欠かさないようにしている。卵がなくなって困った、と、なるのは、年に1〜2回くらいのものである。
卵の欠点は、料理の作り置きが難しいことと、廉価の理由を知ったら喉を通らなくなることである。
鶏もそうだが、卵一つが廉価で食卓にのぼせられる過程を知れば、心ある人間なら、あるいは人間の心を持っている存在物なら、いちいち云われなくても、自然に手を合わせて、「いただきます」、「ごちそうさまでした」の言葉が出てこよう。
散作が嘆き、遊冶郎が皮肉っているとおり、最近の日本人は、他のときにはやたら「いただきます」を多用乱用誤用するのに、肝心の食事時には、「いただきます」を云わないのだから、まったくどうかしている。頭のネジばかりか、心のネジも外れていると見える。
そんなことで、他国人の無礼非礼行儀の悪さに顰蹙したり揶揄したり憤ったりできるのだから、面の皮だけはリッパな厚さである。
自国の文化をないがしろにしておきながら、愛国心がどうのこうのとほざける心性とは、いったいどのようなものなのであろうか。
海洋プラスチックごみなどよりも、人の心のごみのほうが、わたいとしてはヒジョ〜に気になるのである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:16 | - | - |
デパート開業の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、みかん(2個)


今日は爛妊僉璽罰業の日瓩覆里世修Δ澄
Wikipediaによると、1904年のこの日、東京・日本橋の三井呉服店が三越呉服店と改称。日本初のデパート式の営業を開始した瓩海箸砲茲襪里世修Δ澄
1904年と云えば明治37年、日露戦争が開戦した年である。
いよいよ日本が西欧列強諸国に比肩しうる近代国家へと成長しつつあった時代であり、爛妊僉璽伴葦超鉢瓩粒始は、それを象徴する出来事の一つであったろう。
夏目漱石の小説には、よく犂工場瓩覆襪發里登場し、これが「デパートの前身」と説明されている。漱石の小説はだいたい日清戦後から日露戦後にかけてのものだが、そこに「デパート」もしくは「百貨店」なる語は登場しない。あったとしても、爐△譟△△辰燭痢瓩函云うほどである。
営業は開始しても、一般大衆の生活に馴染むまでには、時間差があったのだろう。
明治は遠くなりにけった令和の現在、地方都市からのデパートの撤退が地方経済に深刻な打撃を与えていることが問題となっている。逆に大手スーパーのチェーン店の地方進出が、地元商店街の利益を侵害することを懸念する声もあがっている。ナカナカままならぬものである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
勧工場とも百貨店とも、地方経済の栄枯盛衰とも、まったく一切金輪際関係のない、いたって慎ましやかな、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:11 | - | - |


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