ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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スメタナの命日の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、さんまの塩焼き(下半尾)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、絹奴、納豆、味付海苔


この時季からさんまが手に入るとは思わなかった。
狃刀魚瓩判颪くらいだから、秋のものであろうし、また現に、さんまと云えば、数ある秋の味覚の代表的存在のはずなのだが、それがこの初夏の季節に手に入るとは意外だった。
もちろん、だからと云って、不都合なことではない。むしろ大歓迎である。
元来魚肉類は栄養価の宝庫だと思っているのだが、とりわけさんまは、鰯や鯖ととともに、その価格が廉であることによって、ありがたみがいやますのである。
これらの魚は、切身ではなく、骨ごと全部食べられるのがありがたい。さんまにいたっては、骨はおろか、頭や内臓も食べられる。宝のような食材である。
いつの間にか春が往き、夏の訪れを感じるようになった。天気予報によると、今週末はまた気温が戻るらしいが、ここのところすっかり初夏の陽気である。所によってはすでに真夏日を記録したところもあるらしい。コロナが蔓延しているだけあって、気温も高くなる、と、云うわけか。
今夏は冷やし汁のヒット作を探してみるとするか。それもまた、面白そうである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:20 | - | - |
スメタナの命日の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(たくあん漬け)、鰯の生姜煮、ほうれん草のお浸し、かぼちゃの煮物


写真がおかしくなってしまった。修整のしようがないので、見にくいがご勘弁願いたい。
かぼちゃはニュージーランド産である。以前この産地のものについてどのような感想を記したか憶えてないが、ほくほくしてなかなか美味である。
今季最初に買いだした頃は、当たりハズレが多く、産地のせいと思っていたのだが、どうやら季節のせいだったようだ。
けなされた当該産地の人々には、お詫び申し上げる。
ちなみに南瓜自体の原産地は、北米東部並びにメソアメリカ地域であるらしい。もっともそこから世界各地に拡がった、と、云うよりは、現在の学術調査で確認されている最も古い栽培の痕跡が、それらの地域で確認されている、と、云うことである。確認されていない地域で、実は古くから栽培されていた可能性は否定できない。もっとも、可能性だけから云えば、宇宙人がやってきて、かぼちゃの種を忘れていった可能性も否定できないし、タイムマシンで過去にやってきた未来人がかぼちゃの種を蒔いていった可能性も否定できない。
牴椎柔瓩箸蓮△匹鵑淵丱げた主張にもそれなりに根拠を与え得る、愚者愚人にとってはまことにありがたい、魔法の言葉である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:18 | - | - |
スメタナの命日の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日はベドルジハ・スメタナ( Bedřich Smetana )の命日である。

だれだ、そりゃ? と、云う人もいるかも知れない。

しかしそんな人でも、「モルダウ〜『わが祖国』より」の曲は耳にされたことがあるだろう。

スメタナの作曲品の中でも、最も有名な曲である。

スメタナは爛船Д海虜邏焚函指揮者・ピアニスト瓩任△襦

Wikipediaによると、狹時、オーストリア=ハンガリー帝国(オーストリア帝国)によって支配されていたチェコの独立国家への願望、チェコ民族主義と密接に関係する国民楽派を発展させた先駆者瓩任△蝓↓爐修里燭畫長颯船Д海砲いては、広くチェコ音楽の祖とみなされている瓩修Δ任△襦
ポーランドやバルト三国と同様、チェコも東西欧州国の間にあって、長く戦禍を被り、占領支配の憂き目に会い、幾多の辛酸を舐めてきた。
そんなチェコ国民の祖国愛を、交響詩と云う形式で表現したのが、6つの交響詩から成る連作交響詩『わが祖国』である。
地政学上、東西の大国に翻弄されざるを得なかった小国、と、云っては失礼かもしれないが、ともかくそんな国の人たちの思いは、深くその歴史を知れば知るほど、また大してその歴史に詳しくなくても、ゆたかな感受性を有していれば、そぞろ胸を打つものがある。
地政学の観点から他国の侵攻侵略をまぬがれ、偏狭な愛国心に心がヒネクレ捻じ曲がったどこかの島国の住人どもの、夜郎自大な井の中の蛙的愛国心とは、鍛錬のされ方が根本的に違うのである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
ヒネクレ捻じ曲がった偏狭な愛国心とも、雄大なる自然の流れとも、偉大な交響楽とも、まったく一切なんらの縁もない、いたって凡庸凡俗な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:16 | - | - |


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