ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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献血の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(みそかつおにんにく)、豚肉としめじのすき煮、小松菜のわさび和え(2食分)


故あって小松菜のわさび和えが2食分になってしまったが、それは一向に苦しゅうない。先日も記したが、わたいの尊敬する川島先生は、毎日400gを摂取なさっておられたのである。それで91歳のご長寿を記された。ご死因は食物研究のためアフリカに赴かれた際に罹患なされたマラリアによるものなのだから、これが日本で悠々自適の日々を送っておられたら、それこそ100歳まで生き延びられたに違いない。
その先生がつねに仰言っておられたのが、青野菜とカルシウムの摂取で、ために、口さがない連中からは、狎通邵擽記瓩世痢↓爛ルシウム教徒瓩世里蕃葫蕕覆気譴拭しかし先生の言の正しかったことは、後のいわゆる科学的分析からはもとより、ご自身のご長寿がなによりの証拠であろう。事実に勝る証拠なし、で、ある。現在のいわゆる生野菜が悪いとは、もちろん、云わないが、それよりももっと、青野菜、根菜類、きのこ類を摂取するよう、心がけるべきである。
先生が提唱しておられたもう一つの良言は、人は年齢に応じて食するべきである、と、云うことである。即ち、ひとりで自然に放りだされたとき、その年齢に相応して入手し得る食物を摂取する、と、云うことである。はたして牛を退治て食しうるだけの力があるか、自問せよ、との警告が含まれている。野菜、木の実、魚、豚、鶏、などは、力が衰えた老者や、幼い子どもでも捕えられるであろう。それが食すべき食材の目安なのである。なるほど、金言である。こうして考えれば、なにを食事の中心に据えるべきか、おのずと答えは導かれよう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:50 | - | - |
献血の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(3個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は犖シ譴瞭瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、1964年のこの日、それまでの売血制度を廃止し、全ての輸血用血液を献血によって確保することが閣議決定されたことを記念瓩靴得定されたものなのだそうである。
昔の小説家(当時はよく、文士、などと、呼称していた)が金銭に窮して、しばしば血を売りに行った、などと云う逸話を聞くことがある。これがいわゆる売血制度の頃の話である。
売血制度は血液提供者の肉体に悪影響を及ぼすだけでなく、提供された血液自体も栄養不良で劣悪なものとなり、輸血を受けた患者がそのことによって健康に害を被る、などと云うこともしばしばだったそうである。これが売血制度が廃止され、献血が行われるようになった要因の大なるものだ、と、聞いたことがある。
なるほど、売る方はいくぶん自業自得かも知れないが、受ける方の患者は堪ったものではない。輸血を受けなければ死に至るし、受ければ受けたで、性病や感染症の危険があると云うのでは、おちおち輸血も受けられないだろう。
とは云え、献血制度は提供者の善意に依存しているだけに、その確保が難しいと云う問題もある。とりわけ膿爛れた悪性の個人主義が蔓延している昨今、血液の確保も尋常一様の苦労ではなかろうと察せられる。
わたいなど学生時代はやたら血の気が多く、献血ともなると、必ず400ml、採ってもらっていたものだ。あるときなど調子に乗って、800ml採ってもらったこともある。もちろん一度に採ってもらえるわけはないので、大阪駅前の献血車で400ml採ってもらい、学校前に来ていた献血車でもう400ml採ってもらったのである。さすがにそのときはフラフラになった。
いまはとても無理である。また本来、やってはいけないことだろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:49 | - | - |


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