ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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シルマンデー・ユースホステルの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、茄子とゴーヤとピーマンの佃煮風、木綿奴、納豆、味付海苔


昼の弁当に入れられなかった副菜の、茄子とゴーヤとピーマンの佃煮風を晩食にまわした。これでなんとか、7種類の野菜を摂取したことになる。とは云っても、タテマエ上は、と、云うか、名目上は、と、云うか、だが、それでもまったくないよりはマシであろう。一輪咲いても、花は花、なのである。
小松菜のわさび和えに苦味を感じる。湯掻き時間が足りなかったのだろうか。しかし小松菜は、生食できるほど、アクのない食材である。湯掻くのも、湯掻くと云うよりは、さっと湯に潜らせるだけでいいくらいである。どうも妙だ。腹を壊したりはしていないから、腐っているわけではない。まあたまにはこんなこともあるのだろう。
鰯の生姜煮もサッパリして、クセがなかった。妙なものである。イワシやサバなどの、いわゆる青魚は、生臭さが苦手だ、と、云う人がいるらしいが、わたいはついぞ、生臭さを感じたことがない。むしろ幼い頃、肉の生臭さに辟易して、以来中学二年になるまで、肉の入っている献立は、ハンバーグとコロッケ以外、食べられなかった。どうやら幼にして人とは一風、変っていたらしい。人とおなじと云うことは、べつにその人が居なくても、いくらでも代替が利く、と、云うことであるから、人とは違うほうが好ましい。個性や自我が喪失したり埋没したりすると云うことは、事実上抹殺されることである。それを好んできたのが、日本人の社会風土なのだから、いよいよ日本人と云うのも、変った国民である。こんな変りかたでも、世界規模から見れば、それはそれでまた、なんらかの価値があるのかもしれない。そんな価値など、わたいはタダでも要らないが。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:10 | - | - |
シルマンデー・ユースホステルの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(茄子の辛子漬け)、揚げないミンチカツ&玉子揚げ、小松菜のわさび和え


揚げない玉子揚げと云う、狢膺予子瓩覆觚斥佞砲劼箸靴し鼠凸圭發慮ノは、揚げないミンチカツに使用した溶き卵と小麦粉とパン粉の残りを混ぜ合わせて料理ったものであり、これもまた、母者の直伝である。使用した食材を無駄にしない、しかも味がよく、栄養分にも秀でている、すぐれものの献立である。
ミンチカツが俵型になり、またこのあげない玉子揚げが結構嵩を取ったので、茄子とゴーヤとピーマンの佃煮風を入れる余地がなくなってしまった。それはそれで、已むを得まい。
野菜の摂取量が減ってしまった、と、思ったが、よく考えてみると、ミンチカツのなかに、玉葱、人参、キャベツを仕込んで(?)ある。これだけで、3種類の野菜を摂取していることになるわけである。揚げもの(揚げない、とは、銘打っているが)にしては、健康的な献立である?
ご存知の方はご存知のとおり、玉葱は弱火でじっくり、30分かけて炒めるのが、わたい流――正確に云うと、母者流――である。今回わたいは、玉葱一玉、人参一本を、その要領で炒めた。キャベツは1/4の半分、すなわち1/8を、おなじく30分悼めようと思ったが、こちらは油が少なかったのか、15分炒めるのがやっとだった。それでもこれだけ炒めると、それぞれの旨味が抽き出され、格段に味がよくなる。なるほど、何事につけても、先達はあらまほしきことなり、で、ある。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:50 | - | - |
シルマンデー・ユースホステルの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は爛轡襯泪鵐如次Ε罅璽好曠好謄襪瞭瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、爛罅璽好曠好謄襪料六麓圓任△襯螢劵礇襯函Ε轡襯泪鵑魑念する日瓩任△蝓↓狎こγ罎離罅璽好曠好謄襪乃念行事が行われる爐里世修Δ任△襦
ちなみに、爛罅璽好曠好謄襪鯀論澆垢襪っかけとなった瓩里蓮▲疋ぅ弔両学校教師であったシルマンが、1909年のこの日、生徒たちと遠足に出掛け、突然の大雨のために小学校で雨宿りをしたが、夜になっても雨は止まず、そこで一夜を明かすこととなった畛実に基づくものなのだそうである。
現在でもユースホステルを利用する人たち(ホステラーと云うそうなのだが)はいるのだろうか。格安で宿泊できるうえ、自然や多くの他の客人たちと触れ合うことのできる(原則、相部屋)、貴重な機会であるのだが、残念ながら、わたいは一度も利用したことがない。大体が引込思案の陰弁慶で、社交性や協調性は皆無の男なのである。
と、固く信じていたのだが、学生時代に入り浸っていたアメリカン・バーのマスターには、「必ず友だちを作りはりますね」と云われ、同期の友人には「社交的」と、評された。八戸に旅したときなどは、臆面もなく同宿の人たちに話しかけ、ときにはおしゃべりが過ぎて、ウンザリされることもある。ジキルとハイドではないが、二面性があるのだろうか。それともこれも横溝正史さんのいわゆる、上方人特有のサービス精神、と、云うやつだろうか。我ながら、よく解らない性格である。
しかしこうしてみると、引込思案、陰弁慶、とばかり決めつけていないで、思い切って、ユースホステルなども利用してみれば、また面白いことが起きるかもしれない。人間、料理に限らず、何事においても、挑戦が必要である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:49 | - | - |


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