ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
  << August 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
御成敗式目制定の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、揚げないミンチカツ(3個)、小松菜のわさび和え、木綿奴、納豆、味付海苔


揚げないミンチカツは、初めてにしては上々の出来である。欲を云えば、いささか硬い。型崩れしないようにしっかり形成する、と、云う意味のことが書いてあったので、その通りにしたのだが、その通りにしすぎたようだ。まあ、途中でボロボロに崩れるよりもいいとしよう。
揚げないミンチカツができるとすれば、揚げないコロッケだって、出来ない道理はないはずである。なにしろ違いと云えば、じゃがいもを使うか使わないかでだけで、料理りかたやコツなどは両者共通だろう。折を見て料理ってみることにしよう。コツを忘れないうちに料理ってみるのが望ましいのだが、如何せん、こればっかりは、その気にならないと上手く行くものではない。むつかしいものである。
絹奴にとんとご無沙汰になってしまった。木綿奴のほうが、たんぱく質の摂取には好ましい、と、聞いてから、もっぱら木綿奴である。ビタミンのミネラルの、と、ばかり記しているので、たんぱく質を軽んじているように思われるかも知れないが、決してそんなことはない。たんぱく質は筋肉を造成し、補強し、修繕するためには欠かせない栄養分である。高齢になって骨折が多くなるのは、カルシウムの定着が現象することもさることながら、たんぱく質の摂取量が減退し、筋肉が衰えるからだと云う。もっともな話である。
たんぱく質が重要であることは重々承知しているが、それにもかかわらず、あまり記さないのは、たんぱく質はさほど意識しないでも、自然に摂取しているからである。それにたんぱく質、と、云うと、どうしても肉類、ことに獣肉類を推奨することになってしまう。それよりもむしろ、魚肉とか、大豆などの植物性たんぱく質とか、そちらのほうを、わたいとしては、推奨したいのである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:33 | - | - |
御成敗式目制定の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(茄子の辛子漬け)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、茄子とゴーヤとピーマンの佃煮風


茄子とゴーヤとピーマンの佃煮がそろそろなくなりそうである。結構あったと思ったのだが、やはり煮詰めるとだいぶに嵩が減る。減っているのは水分だろうが、願わくば、栄養分も流れ出ていないことを、で、ある。味がいまいち薄く感じるのも、水分とともに味も流れ出たからかもしれない。あるいは、佃煮風にするには、調味料が足りなかったとか? なんにせよ、あまりに味付けが濃いのは健康によろしくない。かと云って、あまりに薄味に過ぎても、物足りないのだが。
鰯の生姜煮も、今回は薄味だった。たしかに調味料を控えめにしたのはしたのだが、そんなに大幅に減らした憶えはない。不思議なものである。今回は大ぶりなのが一匹は云っていたから5食分になったが、たいていは1パック=4食分である。たいてい1パック=200円(税抜)だから、1食あたり50円(税抜)の勘定になる。ありがたい廉さである。それでいて味も栄養も抜群なのだから、まさに鰯さまさまである。鰯の頭も信心から、と、云うが、こんな有り難い食材なら、信心もしようと云うものだ。なにかとカネばかりかかるような宗教など、拝む気にもならない。
小松菜にはビタミンAが多く含まれており、これは目の栄養になるそうである。PCやスマホなどで目が疲労しがちな現代人には、必須の栄養素と云えよう。ビタミンAは油とともに摂取すると、その吸収が促進されるそうである。わさび和えに油分は含まれていないが、その代わり、鰯と一緒に食べている。鰯に良質の油が多く含まれていることは、これまた、よく知られているところである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:50 | - | - |
御成敗式目制定の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は御成敗式目が制定された日なのだそうである。
御成敗式目とは、云わずと知れた、鎌倉幕府における武家の成文法であり、後々まで大きな影響を与えた法律である。
Wikipediaによると、牾倉時代に、源頼朝以来の先例や、道理と呼ばれた武家社会での慣習や道徳をもとに制定された、武士政権のための法令(式目)瓩覆里世修Δ任△襦E時の犲晃△任△辰針名鯊抻が中心になり、一門の長老北条時房(泰時からして叔父にあたる)を連署とし太田康連、斎藤浄円らの評定衆の一部との協議によって制定された瓩箸里海箸任△襦
ここで注意しておかなければならないのは、この法令(式目)が、猊隹叛権のための瓩發里任△辰董公家社会はもとより、被支配者であった草莽の民百姓までにも及ぶ現在の法律のようなものではなかった、と、云うことである。
とまれ、この御成敗式目は、後の室町幕府においても、いわゆる戦国時代の大名たちによる分国法、家中法度などにおいても、その影響を及ぼしている。江戸時代に制定された武家諸法度にも、大きな影響を及ぼしている。戦後の憲法どころの話ではないのである。
その細目に興味がおありのかたは、数々の専門書や入門書が出版、あるいはネットに掲載されていることだろうから、そちらをご覧いただきたい。喧嘩両成敗の原則はもちろん、女性が御家人たることを認めるなど、ナカナカに興味深い項目が並んでいる。現在の法律を考える上でも、なにかと参考になるのではあるまいか。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:49 | - | - |


 SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
LINKS
PROFILE
OTHERS