ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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宝くじの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、塩さばフィーレの酢漬け、小松菜のわさび和え、きのこ類の佃煮風、木綿奴、納豆、味付海苔


昨日も記したように、フィーレとは、三枚おろしの片身である。と、云うことはつまり、背骨が付いていない、と、云うことである。まあ、それはそれでいいのだが、せっかく酢漬けにしたのに、背骨がないと云うのは物足りない。酢の作用で軟らかくなって、背骨も苦もなく食べられるところに、ありがたみの一端があるのである。食品ロスが叫ばれる昨今、三枚おろしなどと勿体ないことは云わず、二枚おろしで充分贅沢ではないか。
骨も除ってあげましょう、身もほぐして差し上げましょう、内臓も棄ててあげましょう、では、文字どおり、ホネもハラワタもない、ふにゃふにゃの人間が出来上がるだけである。これが戦後の猝閏膕酋軌薛瓩寮果だとしたら、旧敵国の宣撫工作の妙はおそるべし、である。
それで口先だけは達者なのだから、なるほど、結婚したがる男女も減るわけである。まあしかしそれも、時代の趨勢と思えば頼もしい。さしずめわたいなぞは、時代の最先端を駆けているわけである。いい世の中になったものだ。ただし、世の中自体は、オサキマックラ、で、あろうけれど。
えのきは余熱で味を滲みこませる段階で入れた。ビタクラフトのフライパンなので、余熱効果は抜群である。煮詰めるときも最弱火でいい。ただときどき、火に懸けていることを忘れそうになるのは、困ったものである。
閑話休題。
えのきは最後に投入して、余熱を加えるだけで充分である。あまり早く入れると、なめたけみたいになってしまう。まあ、それが好みな人には、それでいいかもしれないが。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:22 | - | - |
宝くじの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(茄子の辛子漬け)、鰯の梅生姜煮、小松菜のわさび和え、野菜とわかめの酢漬け


野菜とわかめの酢漬けに入れたのは、キャベツ、玉葱、もやし、人参、長葱、そしてわかめ、で、ある。これだけで、野菜5種類を摂取していることになる。小松菜も入れれば6種類、トッピングの茄子の辛子漬けをふくめて7種類である。茄子の辛子漬けは、野菜の摂取、と、云うよりは、味付けなのだから、あまり勘定には入らない。と、なると、今度料理るときは、もう1種類、なにかを入れなければなるまい……と、記して、前回もそのように記したような気がしてきた。これを称して、牾惱能力の欠除瓩髪召Α
胡瓜を入れられればいいのだが、いかんせん、例年に比べて、まだお高い。まだまだ買おうと云う気にならない。困ったものである。
オクラはどうだろうか。オクラは栄養価も高いし、わるくはないのだが、どうも他の野菜と較べて、痛むのが早いような気がする。大根も白菜も高いし、他の葉物類はどうだろうか。今度買うときに注意して見よう。野菜の摂取類が多くなるのは、結構なことである。いつだったか、阿木耀子さんは、1日に50〜60種類の野菜を摂っておられたことがあったそうである。それを知ったときは、あの美貌、スタイルの良さ、そして作詞に見られる瑞々しい感覚の理由の一端を垣間見たような気がしたものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:53 | - | - |
宝くじの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は猜くじの日瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、当選した宝くじの牋き換え忘れ防止のPRの一環として第一勧業銀行(現みずほ銀行)が1967年に制定瓩靴燭發里如↓燹屬(9)じ(2)」の語呂合せ瓩世髪召Δ海箸任△襦
語呂合わせの当否はさておくとして、せっかく当選したものを引き換えないなんて、勿体ない、と、思うところだが、よくよく考えてみると、当選くじはなにも、何億円とか、何百万円とかの単位ばかりではないのである。一枚分の当選金額もあるのである。一枚何百円かの当選金額を引き換えるための労力と、そのときに感じると予想される他人の視線とを勘案すれば、わざわざ引き換えることをためらう人が多数いるのも、なるほど、と、うなずけないこともない。
一枚一枚の金額は、文字どおり、高が知れてても、全国規模で合算すれば、莫大な額となる。宝くじが自治体の貴重な収益となるはずである。
よく云われるように、宝くじの一等に当選する確率は、交通事故死する確率よりも少ないそうである。およその感覚で云えば、町を歩いていて、芸能プロダクションにスカウトされる確率のほうが高いのではないだろうか。
ことほどさように、宝くじで一等当選の栄を勝ち取る確率は低い。にもかかわらず、多くの人がこれを購入するのは、その労に比して手に入れ得る金額が高額だからだろう。
夢のようなことでも、やって見なければ分からないことの比喩として、猜くじも買わなければ当たらない瓩髪召錣譴襪里癲或る意味では正しいかも知れない。
しかし何事にもせよ、地道な努力だけでは成功できないのは厳しい事実だが、僥倖だけでもまた、大金は手にしえないし、僥倖のみで得た大金は、霧や靄よりも早く消えてゆく、と、云うのもまた、厳然たる事実である。わたいのような凡人は、いつか王子さまが……の僥倖を信じて、地道に生きてゆくほかない。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:52 | - | - |


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