ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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『荒野の七人』論〜3.七人のガンマン
クリスは腕の立つガンマンを探しているという噂を広めました。
 その噂を聞きつけて、一人の若者が、自薦に訪れます。チコです。
 クリスはチコの伎倆を試験しますが、チコはその試験をクリアできませんでした。
 チコは、自分の未熟さを思い知らされて、ものも云わずに出て行きます。
「若くて、負けず嫌いだ」
「西部の墓は、ああいう若くて、負けず嫌いな奴で一杯なんだ」
 チコを弁護するような村人の発言に対して、クリスは苦々しく、突き放すように云います。
 村人たちはカルヴェラたち山賊一味と戦う決意はしていますが、決意だけがいくら強くて固くても、それだけでは戦いに勝つことはできません。戦いに関して自分たちは無力であることを認めています。
 三人の村人たちに、銃の伎倆に自信をもって訪ねて来たにもかかわらず、その未熟さを思い知らされ、自信を砕かれた若者に対する同情が生じます。決意や自信などの意気込みはありながら、実際には無力であることを思い知らされたもの同士としての感情です。村人は、若くて負けず嫌いと云う、銃の伎倆とは無関係で、それでいて好感の持てる点を挙げて、若者を弁護します。
 しかし彼らが必要としているのは、銃の伎倆に優れている者です。他にどんな美点があっても、その美点を最大限に好意的に評価しても、銃の伎倆が劣っていれば、意味はないのです。
 それをクリスは、「西部の墓は、ああいう若くて負けず嫌いな奴で一杯なんだ」と、表現します。
 チコが去った後、ハリーが登場します。
 ハリーが姿を現すまでに、クリスの用心深さが示されます。
 ハリーもチコと同じく、クリスの流した噂を聞きつけてやって来ました。
 ふたりはお互いに、相手は大金が手に入るような仕事でなければ引き受けないと思い込んでいます。
 クリスはハリーのことを「高給取り」と云い、ハリーはクリスが乗り出したぐらいだから相当大きな儲け話に違いないと推測しています。
 ハリーが「いまの俺には、一ドルだって、目の覚めるような大金だ」と云ってもクリスは信じません。
クリスが、「宿と飯付きで二十ドル、それで約一ヶ月半、村を守る」のが仕事だ、と云っても、ハリーは信じません。
クリスもハリーも、かつては大金の稼げる仕事にありついていたことが解ります。
 しかし二人とも、合衆国の発展にともなって生じるガンマンの需要の減少から逃れることはできません。ハリーも大金を稼げるような仕事には、滅多にありつくことができなくなっています。そんなとき、クリスが腕の立つガンマンを探していると云う情報を得たことは、ハリーにとってはまたとないチャンスです。
 クリスが乗り出したぐらいだから、大金が手に入ることは確実だと、ハリーには思われます。ハリーの確信は、クリス自身が何と云おうと、揺らぎません。滅多に遭遇し得ないチャンスであることが、そのチャンスを逃すまいとする思いとなり、その確信を補強します。
 クリスはハリーの誤解を解こうとしますが、ハリーは聞く耳を持たず、強引に参加します。クリスは、なぜ金にならない頼みを引き受けるのかを、ハリーが納得するように説明するのは困難であることを理解しています。クリスはハリーの誤解を解くことは諦めます。
口で説明するよりも、仕事にあたってみて、自分の思い込みが誤解であったことを、実体験によって知らされるほうが確実です。それまで、ハリーには誤解したままにさせておきます。

 クリスが三人の村人たちと酒場にいるところへ、ヴィンが入ってきます。
 クリスはすぐにヴィンを見つけますが、ヴィンはクリスに気づかずに、奥の博打場へ向かいます。
 クリスはウエイターを呼んでヴィンに目をやり、一杯奢ると伝えるよう云います。
  ※ ヴィンは、おそらくは有り金のすべてをはたいて、賭けに挑みますが、あっさりとスッてしまいます。未練がましく突っ立ったまま、無念そうな、恨めしそうな表情で胴元を睨んでいます。
    ヴィンを胡散臭げに見る胴元の態度と、ヴィンのもったいぶった賭けぶりや、未練がましい態度が愉快です。
 ヴィンがクリスのテーブルにやってきます。
「仕事は見つかったのか」
「ああ、雑貨屋の店員として働くことになった。俺なら一流の店員になれるとさ。目が高いね」
「勤まるかな」
 クリスは、銃の伎倆を頼りに生きてきたヴィンが、堅気の仕事で満足できるはずはないと見抜いています。ガンマンとして同じ道を歩いてきた、クリスならではの洞察です。ヴィンが、「俺なら一流の店員になれるとさ」と、冗談めかして云うのも、実際はそんなはずはないと認めていることの、裏返しの表現です。
 ヴィンは逆に、クリスの仕事のことを訊ねます。
 その内容を聞いて、ヴィンは眉をひそめます。弾代にもならない仕事なのです。
 同席している村人たちは、貧乏な村なんだ、と、ありのままを語ります。村人たちが云うように、雑貨屋の店員のほうが儲かります。仕事も堅くて楽です。クリスもそれを肯定しつつ、ヴィンの判断に期待します。
 ヴィンは、いま何人だ、と、参加したガンマンの人数を訊ねます。クリスが指を一本だけ立てて見せると、ニヤッと笑って、二本の指を立てて見せます。
 いい場面です。
 堅くて楽ではあるけれども、ガンマンとしての伎倆を発揮することのない生活よりも、自分の伎倆が最大限に試される仕事を選ぶのが、クリスの見込んだヴィンの性格です。であればこそ、自分には何の得もないインディアンの埋葬にも、手を貸したのです。

 ヴィンとクリスは馬を並べて、町はずれの丸太小屋を訪れます。
 ふたりはハリーの知人の、オライリーと云う男を訪ねてきたのです。
 小屋の主に訊ねますと、裏で朝飯代に薪を割っている男がいるから訊いてみろと云われます。
 二人が裏手にまわってみると、なるほど、そこで薪割りをしている男がいます。
  ※ クリスが声をかけると、その男はクリスの方を見やり、無言のまま、傍らの丸太の上に乗せてあったガンベルトを動かして銃の握りを自分の方に向け、薪割りを続けます。相手の位置を確認し、いざというとき、すぐ銃を抜けるようにしたのです。
    霊柩車の助手を勤めたときのヴィンの仕草もそうですが、このような細かい仕草が、それぞれが、熟練のガンマンであることを示しています。
 クリスはその男に、ハリーの紹介で来た、と、声をかけます。
 オライリーは金が無く、飯代の代わりに薪割りをしていますが、そのことを認めようとはしません。仕事がなく、金がないことは、オライリーにとっては、沽券にかかわることです。
 クリスは用件を伝えますが、六人で四十人を相手にする仕事と聞いて、オライリーは呆れ、バカにしたように、計算に弱いかよっぽどの向こう見ずだ、と、述べます。
 かつてオライリーは、もっと割りの悪い仕事を引き受けたことがあります。
 クリスとヴィンはそのことを指摘しますが、その仕事は、六百ドルや八百ドルにもなる、報酬として充分に報われる仕事でした。
 見合っただけの報酬は貰うと云うのが、オライリーの言い分です。それはまた、報酬が高くても、それに見合うだけのことはできるし、する、と云う、自信の裏返しでもあります。
 クリスたちが提示できるのは二十ドルです。金額的にも、割の合う仕事ではありません。
 クリスとヴィンが諦めて立ち去ろうとすると、オライリーは、いまは大金だ、と云って、クリスの依頼を引き受けます。
 六百ドルや八百ドルの大金を稼いでいたのは、昔のことになってしまいました。
 いまは朝飯代の代りに薪割りをして、町はずれの丸太小屋で暮らさざるを得なくなっています。いくら強がってみても、その事実は認めざるを得ません。
 オライリーはその事実を受け入れ、クリスの持ち込んできた仕事を引き受けます。
 オライリーもその厳しい生活をつうじて、ガンマンの仕事がなくなっていき、たまに仕事があっても、その報酬は過去とは比較にならないくらいに下落していることを理解するようになっています。
 それは自分の存在が無用のものとなりつつあることを理解することであり、そのことを事実として受け入れるには、強靭な心性を必要とします。
 オライリーは厳しい生活の中で、それを事実として受け入れる、強靭な心性を形成しています。

 ブリットが登場する場面は、この映画の中でも、一番の名場面として語り草になっています。
 なにしろ、拳銃を持った相手との対決に、ナイフ投げで勝つのです。
 その衝撃が大きかったこともうなずけます。
 ブリットはガンマンとしての伎倆を向上させることだけに、その関心を抱いています。彼は、拳銃を持った相手との対決に、ナイフ投げで勝てる伎倆を持っています。そのことを他人が信じようと信じまいと、無関心です。自分で自分の伎倆に自信が持てればいいのです。ブリットは自分の伎倆に自信を持っています。
 一人の男が、ブリットの伎倆を信じず、彼に挑戦します。
 ブリットは最初、その男を相手にしませんでした。
 ブリットにとって、相手が自分の伎倆を信じないのは、相手自身に関することであり、相手の勝手です。ブリットの伎倆を認めるだけの見識がないことを、自分で認めているのです。
 しかし、「怖いか、化けの皮が剥がれるのが(Afraid to tell me I’m wrong)」と云われるのは、実力もないのに法螺を吹いて強がっていると云われることです。ガンマンとしての伎倆を向上させることにのみ関心をもち、その伎倆に自信をもつブリットにとって、その伎倆を否定されるのは、自分の価値を否定されるに等しいことです。
 その伎倆を明らかにするには、実際にその伎倆のほどを示して見せるに如くはありません。
 模擬的な決闘が行われますが、その判定は微妙で、誰一人、その勝敗を確信して云える者はいません。
 当事者の二人だけが、それぞれ、自分の勝ちを確信しています。
 相手の男はあくまで自分の勝利を確信し、真剣勝負を挑みます。
 ブリットは受けて立ちます。言葉でなだめても無駄なほど、相手の男はいきり立っています。
 相手の男が銃を撃つより早く、ブリットのナイフが相手の胸に刺さります。
 相手の男はその場にくずれ落ち、ブリットは静かにその場を離れます。
 相手の男がブリットにその挑戦を無視されたとき、傍で見ていたカウボーイのひとりは、意地悪げに嘲笑します。
 ブリットはみなから離れて、ひとり昼寝しています。
 ブリットが相手を倒したときに投げかけられる、他のカウボーイたちの畏怖と非難の入り混ざった視線や、ブリットがその視線を受けて荷物をまとめ、ひとり離れていこうとしていることが、ブリットが仲間のうちで孤立していることを感じさせます。
 ブリットも相手になった男も、仲間たちから浮きあがっています。おそらく、カウボーイとして、臨時に雇われただけだろうと思われます。
 ブリットは、銃を持った相手をナイフで倒す際立った伎倆を持ちながら、牛の面倒を見る臨時の雇われ者として生活しています。その伎倆も、つまらない四方山話のタネにしかならず、挙句には賭けの対象になって、無駄に人の生命を奪うだけです。
 大金が手に入る仕事でなければ引き受けなかったクリスやハリーが仕事を求めて国境の町に流れ入り、一仕事で何百ドルも稼いでいたオライリーが朝飯代の代わりに薪割りをして生活している時世に、ガンマンとしての付加価値を高めるだけの伎倆は無意味です。
 ブリットはその無意味さを感じていながらも、ガンマンとしての伎倆を向上させる生活を続けています。それがブリットから感じられる空虚感(ニヒルな印象)の内容です。

 クリスとヴィンが酒場の扉を開けて入ってきます。
 酒場には三人の村人たちと、ハリー、オライリーが居ます。
 ブリットには断られました。
 村人は金が足りないからかと云いますが、金は問題ではありません。
 村人には、金を問題にしないガンマンがいるとは信じられません。
 賃金労働者が、自分の肉体と不可分な労働力を売って生活しているように、ガンマンは自分の伎倆を売って生活しています。その雇用は不安定で、仕事には多大な危険がつきまとい、場合によっては、命を落とすことすらあります。雇用が不安定で危険が多く、一定以上の伎倆を有していることが必要になってくるため、いきおい、その報酬は高価になります。
 オライリーが云うように、見合っただけの額は、高価になります。
 報酬はふつう、金銭の額で表されます。金銭の多寡は、そのガンマンの伎倆に対する評価を表します。金銭は生活を支える手段であるばかりでなく、他人が自分の伎倆をどの程度に評価しているのかを測る尺度でもあります。その金銭を問題にしないガンマンの存在は、確かに信じられないでしょう。
 クリスが説明するように、人それぞれに生き方が違います。ある者は金、ある者は身の痺れるような危ない仕事、と、それぞれに関心の対象が違います。
 ハリーのように、大金が稼げるチャンスを狙っているガンマンもいます。
 ヴィンのように、自分の伎倆が発揮できる仕事そのものを望んでいるガンマンもいます。
 ヴィンは、どんなに堅くて、楽で、給料がよくても、雑貨屋の店員や酒場の用心棒よりも、村を守る仕事を選びます。彼にとってはそれがガンマンとしての、自分本来の伎倆を発揮できる仕事です。
 合衆国の産業の発展にともなって、昔のように、ガンマンが儲け仕事にありつけるチャンスはなくなってしまいました。インディアンの埋葬に手を貸したとき、馬車の馭者台でクリスと交わした会話からも、ヴィンがそのことを実感として理解していることが分かります。ヴィンは雑貨屋の店員として働くことにもこだわりをもたず、ガンマンとしての仕事で一儲けしようと云う意欲も解消しています。雑貨屋の店員か酒場の用心棒の仕事くらいにしかありつけず、ボロ儲けができなくなった事実を、素直に受け入れています。
 クリスの説明の途中で、嬉しそうに、「それに真剣勝負」と口を挟むのも、自分と思いが通じそうな相手を見出したからです。
「銃とナイフの両刀使いと勝負する奴なんているのか」
「自分だ」
 村人とクリスの問答は、ブリットがその伎倆を高めるために戦っている相手が、ブリット自身であることを、そしてその生き方をクリスが理解していることを示しています。
 ガンマンとしての仕事が減少し、生きるために日銭を稼ぐ毎日のなかで、ひたすらガンマンとしての伎倆を高めることに専心するには、自分との厳しい戦いを必要とします。
 村人の、「銃とナイフの両刀使いと勝負する奴なんているのか」と云う疑問は、意外と意味深長で、皮肉です。
 いくらブリットがその伎倆を向上させてその伎倆に誇りを抱いても、もはやガンマンとしての仕事はなく、その伎倆を発揮できる機会は、カウボーイたちの座興くらいでしかありません。
 村人の発した「銃とナイフの両刀使いと勝負する奴なんているのか」と云う言葉は、そんな凄い伎倆の人物と勝負するような奴なんていないだろう、と云う意味の、ブリットの伎倆を高く評価した言葉です。
 しかしその言葉は、それを発した村人の思いとは逆に、自分の伎倆を向上させることにのみ関心をもつブリットの生き方が、無価値で無意味であることをも示しています。
 ガンマンとしての仕事が減少し、その伎倆を発揮できる機会が減っていくと、ガンマンとしての伎倆も衰えていきます。その伎倆を衰えさせないためには、退屈で厳しい、日々の訓練が必要です。それに耐えて伎倆を維持し高めても、その伎倆を発揮できる仕事はありません。いつしか、仕事のためにその伎倆を維持し高めていくことから、その伎倆を維持し高めていくこと自体に、目的が変わっていきます。
 ガンマンとしての伎倆の優劣を競うこと自体を目的とした真剣勝負は、たとえ当人同士は真剣であったとしても、まるで無意味であり、たんなる遊戯でしかありません。むしろ当人同士が真剣であればあるほど、その勝負は滑稽なものになってしまいます。
 そんな無意味な勝負に価値を見出すようなガンマンはいません。
 その一方で、自分の伎倆に、自信と誇りを持ち続けるガンマンもいます。その伎倆に対する自信と誇りは、ガンマンとして仕事のできる人間であることの自信と誇りです。
 その相反する意味合いが、ブリットの一身に体現されています。

 いきなりドアが開き、チコが入ってきます。
 かなり酔っているらしく、足もとがふらついています。
 チコはクリスに悪態を吐きながら近づいてきます。
 チコはクリスの課した試験をクリアできませんでした。チコは事実をもって、その伎倆が未熟であることを思い知らされました。チコの自信は内実のともなわない、むなしいものにすぎませんでした。
 チコは、自分の伎倆が未熟で、抱いていた自信が、内実のともなわない、むなしいものにすぎなかったことを認めざるをえませんでしたが、一方で、そのことを否定しようとする衝動も生まれています。
 この相反する二つの思いは、互いに連関し、影響しあいながら、相互の思いを強めていきます。事実によって示された自分の伎倆の未熟さを認める度合が強ければ強いほど、そのことを否定し、自分の伎倆に対する自信を維持しようとする衝動もより強くなります。
 また、自分の伎倆に対する自信を維持しようとすればするほど、それを否定された事実が、重くなってのしかかってきます。
 相反する二つの感情のせめぎあいが、葛藤を形成します。
 そのせめぎあいが烈しくなり、葛藤がその深さを増してチコを苦しめます。チコはその葛藤を解決することができず、二つの相反する感情のせめぎあいに苦悩し、酒に走ります。
 チコは自分の相反する感情をどうすることもできず、試験を課したクリスに、憤懣をぶつけます。自分の伎倆に対する自信を維持しようとする心情が、クリスの課した試験をクリアできなかった事実のもつ意味を否定しようとし、自分の未熟さを、クリスが自分を小僧っ子扱いしてその伎倆を認めていないと思わせ、そのことに対して憤懣を抱かせます。自分の未熟さを認めまいとする意識が、クリスに対する憤懣にすりかえられています。
  ※ 自分を相手に伎倆を向上させていくことに専心するブリットの後に、他人に自分の伎倆を認めさせようとするチコをもってくるところに、演出の面白さが感じられます。
 チコは真剣勝負を挑みますが、もとより勝てるはずはありません。チコもそれは承知しています。チコが真剣勝負を挑むのは、相反する感情を解決できない苦しみから生じた、自暴自棄の行動です。命を賭けた勝負なら、思いもよらない力が発揮できるかもしれないという期待(というには、あまりにバカバカしいものですが)と、なにがなんでも自分の伎倆を認めさせたいという思いが、酒の勢いを借りて、噴出したのです。
 逆に云えば、酒の勢いでも借りなければ真剣勝負など挑みえないほどに、自分の伎倆が未熟であることを、チコは理解しています。
 それを理解していながら、おとなしく引き下がれないのが、チコの「若さ」であり、「負けず嫌い」なところです。
 そんなチコの挑発に、クリスが応じるはずもありません。
 悪態を吐きつづけるチコを見かねて、村人の一人が近づいてなだめますが、チコはその村人にも悪態を吐いて突き飛ばします。
 その瞬間、ハリーが飛びかかろうとします。チコは銃を抜いて振り向き、ハリーにその銃口を向けます。ハリーの動きが止まります。チコが銃を向けるより早く、オライリーがハリーの腕をつかんだためです。
 チコがハリーと睨み合っていると、ヴィンが指を鳴らします。チコがヴィンの方に身をよじると、ヴィンは腕を伸ばしてバーテンダーの動きを止めています。
 オライリーが止めなかったら、チコはハリーに殴りかかられていたでしょう。また、ヴィンが止めなかったら、バーテンダーに射たれていたか、銃で脅されて店を退去させられていたでしょう。
 チコが、まともに相手にするに足りる状態ではないことがはっきりします。
 チコはなおも盛んに喚いてクリスを挑発しますが、クリスはもはやチコを見ることもなく、目をそらして葉巻をくわえます。チコは発砲しますが、クリスは微塵も動きません。まるで相手にしていません。
 チコは怯えたようにハリーの方を見ますが、ハリーも白けた表情で、手元のカードに視線を移します。ヴィンの方を見ると、ヴィンもショット・グラスの酒をあおって、目を伏せます。
 若さと負けん気だけが先行して伎倆がともなわず、そのことを思い知れば知るほど、ますます負けん気があおられるものの、それで急に伎倆が向上するものでもありません。
 そんな若い頃の葛藤、口惜しさ、歯がゆさを、この場にいるガンマンたちはよく知っています。おそらくははるかな昔、若い頃に、彼らも経験したであろう感情です。
 彼らはチコの姿に、若い頃の自分を思い出し、その姿をダブらせて、苦々しげな表情になり、静かにチコを無視します。
 チコの身体が揺らぎ、カウンターに倒れかかります。みなに無視されて、それまでの緊張が解け、一気に酔いが回ってきたのでしょう。音を立てて倒れ、仰向けに転がって身動きもしなくなってしまいます。
 クリスはテーブルを離れてカウンターに近づき、迷惑をかけたな、寝かせてやってくれ、銃は起きたら返してやれ、と云い、手間賃として、コインをカウンターの上に放り出します。クリスはチコの行動を、「若くて、負けず嫌い」な者にありがちな行動と見ています。
ふと酒場の入口を見ると、いつの間にか、ブリットが立っています。
 気が変わった、と云うのです。
 ガンマンとしての伎倆を高めるのは、伎倆を高めること自体が目的ではなく、その伎倆を高めたうえで、ガンマンとしての仕事を果たすことに生かすのが本来です。そのことに気付いたのでしょう。
 クリスは嬉しそうにヴィンと目を合わせます。
 ヴィンも微笑んで、右手を広げて見せます。五人、と云うわけです。

 宿に戻ったクリスとヴィンを、リーが待ち受けています。
 リーはベッドの上に腰をおろして、腕を組んでいます。他のガンマンたちと違って、洒落た身なりをしています。
「おぼえているか」
「ああ」
 リーはハリーやブリットと同じく、クリスとは旧知の仲です。彼もクリスがガンマンを捜していると聞いてやって来たのです。
  ※ リーの洒落た身装は、同じジョン・スタージェスが監督した『OK牧場の決斗』(一九五七年)の、ドク・ホリデイを連想させます。ドク・ホリデイは、元歯科医師のギャンブラーで、銃とナイフの使い手でした。
「ジョンソン兄弟を追っている」というセリフから、リーは賞金稼ぎではないかという推測もできます。
 リーはジョンソン兄弟を追っていましたが、そのカタはついたと云います。
 しかし現在はリー自身が追われる身となり、町はずれの薄汚れた倉庫にかくまってもらっています。
 追われているリーにとって、クリスの請け負った仕事に参加できれば好都合です。メキシコの南での仕事ですので、追っ手から逃げ、身を隠すにはもってこいの場所です。ましてその期間が一月半ほどとなると、ほとぼりが冷めるには、いい頃合です。
 リーはクリスの請け負った仕事の報酬を前払いしてもらい、その金で丸二日分の部屋代を払うつもりです。町はずれの薄汚れた倉庫にかくまってもらい、食事は一日に豆を一皿、それで一日十ドルです。
 ヴィンの云うとおり、追われているときには、なんでも高くつくものです。
 追われて町はずれの薄汚れた倉庫に寝泊りするような境遇になっても、リーは平然とした態度を崩さず、洒落た身なりをしています。
 追っ手から逃げるためにクリスの請け負った仕事に参加するような素振りは見せません。
 追われてはいても、平然とした態度を崩さず、洒落た身なりを維持していることが、リーにとっては、自分の伎倆に対する誇りを保っていることの表現です。
 リーは、カタはついたと云いましたが、ジョンソン兄弟をめぐる確執は続いているようです。ジョンソン兄弟とのカタはついても、それが新たな火種となって、新たなトラブルが生じ、今度はリーのほうが追われる羽目になったのでしょう。
 クリスが三人の村人たちに云ったように、一度戦いを始めたら、とことんまで戦わなければなりません。どちらかが完全に潰れるまで、何度も、何度も、戦い続けなければならないのです。とりわけ個人的な感情に発した戦いは、その理非曲直を問わず、互いに対する憎悪や復讐心を生み、それを陰湿なものに育て上げ、際限のない不毛な殺し合いを誘発します。
 伎倆の優れたガンマンの陥り易い悪循環で、リーはその悪循環から抜け出そうと、あるいはそのような悪循環に陥るまいとしているようです。
 リーが仕事を引き受けて宿を出て行った後、その後ろ姿を見ていたクリスは、六人、と、示します。
 ヴィンは無言で手首を震わせ、仕草で銃の腕前を訊ねます。
 クリスは軽く手をあげてリーの腕前を保証した後、
「それぞれ、スネに瑕をもつ身だ(and we aren’t heading for church social)」
 と、つぶやきます。
 原語を直訳すれば、「教会の集まりに行こうってわけじゃないからな」とでもなりましょうか。真っ当な生き方をしてきた、真っ当な人間というわけではない、ということです。
| Woody(うっでぃ) | 『荒野の七人』論 | 10:25 | - | - |


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