ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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『荒野の七人』論〜6.村の防備
 村の防御体制を整える作業がはじまります。
 村人たちに銃やライフルの使い方を教え、石や煉瓦で防壁を築きます。
 村人たちに戦いへの意欲が生じ始めます。
 戦うためにもっと多くの銃を欲しがる村人も出てきます。
 オライリーが、手に入れるさ、と、ぶっきらぼうに云います。
 いま練習に使っているライフルを手に入れたのと同じ方法で、つまり、山賊を倒して、その銃を貰うと云うのです。
 山賊を倒すことによって、相手は人数が減り、こちらは武器が増えます。
 村人の一人は、山賊たちが自分たちに武器を持ってきてくれたことになると知り、「やつらもたまにはいいこともするんだなあ」と、トボけたことを云います。
 ある村人は、防壁を築く作業のときに、カルヴェラが来なかったらみんな無駄になってしまう、はやく来ないかな、などと云います。
 カルヴェラたちを迎え撃つための作業を通じて、村人たちから戦いへの恐怖が取り除かれ、戦いに対する自信が生じつつあります。
 カルヴェラたちとの戦いに対する恐怖は、実際の戦いを体験して生じたものではなく、想像から生じたものです。
 実際に弾を射って的に中てたり、防壁などを構築したり、戦いに対する準備を具現していくことで、戦いに対する想像から生じた恐怖は、自信へと転化していきます。
 それは、いまだ実際の戦いを体験しないうちに生じた、空虚な自信にすぎませんが、空虚な自信でも、自信がないと、戦うこと自体が難しくなります。どんな形にせよ、まずは自信をもつことが、この段階では必要です。自信がなければ、戦うこと自体、不可能です。
 クリスたちガンマンも、村人たちと共同で、カルヴェラたちを迎え撃つための作業に携わります。共同で作業をすることによって、「カルヴェラたちを迎え撃つため」と云う目的が、両者に共通するものとなっていきます。作業にも、その目的を、「共に具現していく」と云う意味が含まれるようになります。
 ある日、クリスたちは村人たちに混じって鍬を振るい、壕を作っています。作業を通して、クリスたちガンマンと村人たちとの間に、連帯する共通の感情が生じつつあることが分かりますが、形成され始めたその感情を、台無しにしかねない出来事が起ります。
 チコが、森で見つけた、不審な娘を連れてきたのです。
 娘の素性を訊ねるクリスに、村人が、村の娘であることを白状します。
 村人たちは、ガンマンたちに見つからないよう、森の中に若い娘たちを隠したのです。村の娘たちを慰みものにされ、村を滅茶苦茶にされることを危ぶんだのです。
 銃を持つカルヴェラたち山賊に虐げられ、略奪されて暮らしてきた村人たちの、ガンマンたちに対する不信の念は、なまなかなことでは消滅しそうもありません。
 厳しい生活は村人たちに楽観を許さず、つねに悪い事態を想起せしめて、可能な限りの予防策を講じる習性を養いました。長老はその習性を、「みんな田舎ものじゃで、見るもの聞くもの、なんでも怖いンじゃよ。」と、表現しました。
 クリスは自分たちが道徳的に疑いを抱かれていても、そのこと自体、気にしている様子はありません。実際クリスたちも、「それぞれ、スネに瑕をもつ身」であり、「教会の集まり」に招かれるような人物ではないのです。
 クリスが気にするのは、最初に村人たちが姿を見せなかったときと同じく、疑われていては仕事にならないことです。相互に疑い疑われている状態では、カルヴェラたちと戦って勝利することはおぼつきません。
 クリスは他のガンマンたちの意見を確認します。
 ヴィンは、
「いることは分かったんだから、どうだい、みんな連れてきたら」
 と、云います。クリス同様、自分たちの道徳的な資質を疑われていることには、無関心のようです。
 チコは気にいりません。
「構わねえ、うっちゃっとけよ。そのうちカルヴェラたちが面倒見てくれるさ」
 と、突き放したように云います。
 クリスは、村の娘たちを連れて来るよう、チコに命じます。
 このまま放っておいて、娘たちがカルヴェラたち山賊に捕えられでもしたら、とても戦いにはなりません。
 村人たちにしてみれば、いやおうなく、クリスたちを信頼せざるを得ません。村人たち個々人の意思はどうであれ、クリスたちを信じるしかないように、状況は動いています。

 もはや身を隠す必要のなくなった村の娘たちが現われ、食事の場面になります。
 ガンマンたちは村の女性たちに給仕され、豪勢な食事を提供されていますが、村人たちが食べているのは、痩せこけた豆だけです。
 村人たちは自分たちにできる限りのことで、ガンマンたちをもてなしています。最初はガンマンたちを警戒して姿を見せなかった村人たちも、しだいにガンマンたちを信頼し、敬意を払うようになってきています。
 オライリーは、平然と食事を平らげているハリーに怒りをぶつける形で、村人たちが貧しい食事に耐えて、自分たちガンマンのために豪勢な食事を提供してくれていることを教えます。
 ガンマンたちは、自分たちに与えられた食事を、村の子供たちに分け与えます。憐憫や同情ではなく、共に事をなす仲間として、自分たちだけが優遇されるのを心苦しく感じる心情が生じてきたのです。
 訓練のあり方にも、最初の頃には見られなかった親近さが感じられるようになってきています。
 カルヴェラたち山賊を迎え撃つ準備を進めていく過程で、ガンマンたちの人柄も明らかになってきます。
 ハリーは、防備を固める作業の合間にも、なんとかして金に関する話を引き出そうと試みます。その試みは、村人たちの猜疑を呼び起こしてしまい、ハリーはその場をつくろって、村人たちの猜疑をかわします。
 ヴィンはことのほか若い女性に関心があるようで、祭りの最中にも、若い娘の姿が見えないことを不思議がっていましたし、チコが見つけた娘にも紳士らしく振舞って、やさしく接します。森に隠れている仲間たちのところに案内するべく、チコと共に遠ざかっていく娘の姿を眺めながら、「やさしくするんだ、やさしく」と、自分に言い聞かせるようにつぶやくのが愉快です。
 食事の場面で、チコが見つけた娘も給仕に現れますが、チコは目を伏せて彼女の方を見ようともせず、給仕してもらっても礼を云おうともしません。
 娘は場所を変えて、チコの目にとまるように給仕しますが、チコはわざと目をそらして、よそってくれた食べ物を食べ出します。娘は怒って、叩きつけるように給仕します。飛び跳ねた食べ物が、チコの顔につきます。チコは目を拭いながら彼女を睨みますが、それでも無言のままです。娘も無言のまま、チコの背をまわって、ヴィンに給仕します。
 二人の様子を見ていたヴィンは、取り繕うような愛想を口にして、笑顔を浮かべます。
 村の子供たちに食事を分けてあげる場面でも、礼を云う子どもに、きれいな姉さんがいないか訊ねたり、拳銃の訓練中に川で洗濯をしている娘たちに見惚れたりと、とにかく若い女性に興味津々です。
 オライリーも初めは、仏頂面で訓練を施していましたが、後にはやさしく、ヤギの乳を搾るように引鉄を絞るんだ、と、村人にも分かりやすい喩えを用いて、ライフルを撃つときのコツを教えます。それでも焦ってしまう村人に、絞れ! と、脅すように云い、もういい、撃つ代わりに、棍棒のように振り回せ、と、突き放すように云うのも、心底怒っているからではありません。うまく教えられないことに苛立っているだけです。むしろその怒りを素直に表せるほどに、村人との関係は密になっています。
 村人も、勉強になった、と、明るく笑います。オライリーが本気で怒っているわけではないことを分かっているのです。
 村人たちは、彼らガンマンたちを、「想像で思い込んでいるガンマン」としてではなく、自分たちと同じ、血肉を具えた、「実際の人間としてのガンマン」として、接するようになっています。村人たちとガンマンたちとの結束が強まりつつあります。
 或る日、クリスとヴィンは、馬を連ねて、村のはずれに住む長老を訪ねます。
 村はずれまでは守りきれないから、村の中に移ってもらうよう、頼みに来たのです。
 長老はなんだかんだと云って、いま住んでいるところを動こうとしません。
 カルヴェラとの戦いに備えて村中が動いている現在、長老の出る幕はありません。
 長老の役目は、村人たちをカルヴェラたちとの戦いに決起させることであり、やって来たガンマンたちと村人たちとを仲介して両者を結束させ、カルヴェラたちと戦える状態をつくりだせるように運ぶことでした。
 村人たちとガンマンたちとの結束が強まり、カルヴェラたちと戦う準備が固まりつつあるのを見て、長老は、自分の役目が果たされ、終ったことを理解します。
 後はガンマンたちの出番です。上手く村人たちを統率して、カルヴェラたちに勝利しなければならないのです。
 予想されるカルヴェラたちの襲撃を、「面白いこと」と云い、自分のような年寄りを殺すのは弾の無駄遣いだ、と、平然としていられるのも、村や村人たちに対する自分の役目を果たし終えた実感を抱いているからです。
 長老は逆に、クリスたちのことを心配します。長老は、これから苦労しなければならないのは、クリスたちであることを理解しています。
 長老の住まいからの帰り道、クリスとヴィンは、村を見渡せる高地で馬を止めます。
 施した防御を、戦う意志の表れと看破されるかどうか、ヴィンがクリスに訊ねます。
 クリスは、溝は畑用だと思うだろうし、壁は村の手直しだと思うだろう、仕掛けた網までは見ないだろう、と、楽観しますが、その表情は、厳しくしかめられています。
 クリスの楽観は、カルヴェラたちがいつものとおりに来れば、と云う、「もし」が、前提になっています。
 その「もし」と云う前提自身の危うさを、ヴィンが指摘します。クリスもその危うさを認めます。
 ふたりとも、できるだけのことはしましたが、勝利への確信はもてていません。ヴィンは長老の心配を冗談で受け流しましたが、その心配を杞憂と受け流すことはできません。長老の心配は大いに核心をついています。
| Woody(うっでぃ) | 『荒野の七人』論 | 10:05 | - | - |


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