ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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三木武夫内閣発足の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、みかん(2個)


1974年(昭和49年)の今日、所謂金脈問題で総辞職した田中角栄内閣に代わって、三木武夫氏を首班とする内閣が発足した。
三木武夫氏は様々な意味で魅力のある人物で、先ごろ亡くなられた中曽根康弘氏を称して「平成の妖怪」、現総理の祖父である岸信介氏を称して「昭和の妖怪」と呼ぶが、Macや遊冶郎に云わせると、「妖怪」の異名に最も相応しいのは、この三木武夫氏である、と、云うことである。
なにしろ三角大福(ポスト佐藤栄作を争った、三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫の四氏を指して、当時の報道関係者はそう呼んだらしい)の死闘の渦中をしのぎ、その合間を潜り抜けて総理の座を射止めた中曽根康弘氏をして、「三木さんのえげつなさにはついていけない」と、嘆息せしめたほどの力量である。
戦後最大の異能の政治家と、一部で云われている田中角栄氏をして、「俺とサシで勝負できるのは三木武夫だけだ」と、云わしめた人物である。
どうしてどうして、爛リーン三木瓩世韻任亙劼鼎韻蕕譴覆た擁である。
その爛リーン三木瓩鯀位未鵬,圭个靴討離ぅ瓠璽言鑪、小政党を率い、小派閥の領袖として、戦後政界や自民党内を渡り歩いて要職を占め続けた(ポスト佐藤栄作の地位を争った、先の三人が、それぞれまだ陣笠の一代議士や、省庁官僚であった頃、すでに入閣していた!)権謀術策の技、そして検察権力や報道機関を操ってロッキード疑獄を拡大し、政敵である田中角栄氏を事実上の政界引退に追い込まんとしたその手口、まさに「妖怪」である。
政治学者の倉山満氏によると、佐藤栄作以後に長期政権を築いた中曽根、小泉、安倍の各氏は、みなこの三木武夫氏の手法を研究し尽くしている、と、云う。
まさに恐るべき怪異の政治家である。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
妖怪とも化物とも、政治家とも官僚とも、政権争奪抗争とも権謀術策とも、まったく一切どこからどう見ても、まったく無縁の、いたって清廉潔白、簡素清貧、正直一徹の、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:02 | - | - |


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