ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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桶狭間の戦いの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


1560年の今日、当時の暦では永禄3年5月19日、日本史上最も有名な戦いのひとつ、桶狭間の戦いが行われた。
この戦いで、駿河・遠江・三河の三国を領し、「海道一の弓取り」と称された今川治部大輔義元が、いまだ尾張統一ならぬ内憂を抱えた織田信長に討ち取られたものである。
従来は上洛を目指して尾張に侵攻した義元勢を、信長が奇襲してこれを討ち破った、との説が定着していたが、現在では───すっかり、とは、云わないまでも───否定されている。
歴史研究で陥りがちな点のひとつに、ある時点から過去を振り返って、その時点の観念や一般見解を当てはめようとするものである。
後日信長が足利義昭を擁して上洛し、権勢を誇ったがために、他のいわゆる戦国大名たちも、みな均しく上洛を目指していたように類推するものである。
Macに云わせると、この手の研究姿勢が、日本史には意外に多い───あるいは多かった───そうである。
いまでは信長による奇襲説も否定されているし、義元愚将説など持ち出そうものなら、鼻先で嗤われる。
ことほどさように、歴史研究は多大な進歩を遂げている。
にもかかわらず、猯鮖砲楼典もの瓩隼廚すんでいる連中がいまだに大勢を占めているのだから、なるほど、日本の国も衰退するはずである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:55 | - | - |


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