ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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献血の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(3個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


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Wikipediaによると、1964年のこの日、それまでの売血制度を廃止し、全ての輸血用血液を献血によって確保することが閣議決定されたことを記念瓩靴得定されたものなのだそうである。
昔の小説家(当時はよく、文士、などと、呼称していた)が金銭に窮して、しばしば血を売りに行った、などと云う逸話を聞くことがある。これがいわゆる売血制度の頃の話である。
売血制度は血液提供者の肉体に悪影響を及ぼすだけでなく、提供された血液自体も栄養不良で劣悪なものとなり、輸血を受けた患者がそのことによって健康に害を被る、などと云うこともしばしばだったそうである。これが売血制度が廃止され、献血が行われるようになった要因の大なるものだ、と、聞いたことがある。
なるほど、売る方はいくぶん自業自得かも知れないが、受ける方の患者は堪ったものではない。輸血を受けなければ死に至るし、受ければ受けたで、性病や感染症の危険があると云うのでは、おちおち輸血も受けられないだろう。
とは云え、献血制度は提供者の善意に依存しているだけに、その確保が難しいと云う問題もある。とりわけ膿爛れた悪性の個人主義が蔓延している昨今、血液の確保も尋常一様の苦労ではなかろうと察せられる。
わたいなど学生時代はやたら血の気が多く、献血ともなると、必ず400ml、採ってもらっていたものだ。あるときなど調子に乗って、800ml採ってもらったこともある。もちろん一度に採ってもらえるわけはないので、大阪駅前の献血車で400ml採ってもらい、学校前に来ていた献血車でもう400ml採ってもらったのである。さすがにそのときはフラフラになった。
いまはとても無理である。また本来、やってはいけないことだろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 17:49 | - | - |


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