ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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こんな話を聞いたことがある……
こんな話を聞いたことがある……。

ある蒸し暑い日のことだった。
彼女は疲れ切っていた。
片づけても片づけても出てくる日々の仕事、書類のミスや取引先とのこじれ、毎日の家事や育児、休みの日にしかできない、やらなければならない用事、加えて、熱帯地方のような暑さ……。
彼女は娘を保育園に迎えに行き、買物をして、家に帰った。
いわゆる、シングル・マザーである。
両親は遠い田舎である。弟がひとり、両親と同居している。
彼女は、なにもかも、自分でひとりでやらなければならない。

帰りしな、娘に、訊いた。
「晩ごはん、なにがいい?」
「コロッケ!」
娘は、この蒸し暑さにもかかわらず、元気に答えた。コロッケは娘の大好物だった。
たったひとりの、かわいい娘だった。なにが愉しいのか、いつもニコニコと笑みこぼれていた。
そんな娘が、彼女の支えだった。
家に着くと、彼女は倒れそうになる心と体を支えながら、娘の好物であるコロッケを揚げた。

ところが……、
晩御飯の支度ができて、いざ食卓についてみると、娘は突然、
「食べたくない」
と、云いだした。

彼女のなかで、なにかが弾けた。一瞬、自分がどこにいて、なにをしているのか、分からなくなった。
「食べたくないんなら、なんで食べたいなんて云ったの」
「だれのために作ったと思ってるの」
「一生懸命作ったのに、何で食べたくないの」
そんな自分の怒鳴り声が、どこか遠くのほうから、聞こえてきた。
ふっ、と、我に帰ったときには、目の前で、娘が烈しく泣いていた。
その爆発するような泣声が、彼女を引き連れ戻したのだった。
彼女はようやくのこと、ほんのわずかばかりの冷静さを――少なくとも、現在自分がどこにいて、なにをしているのか、なにをしていたのか、なにを云ったのか、を、理解できるくらいの冷静さを取り戻した。
そうして、呼吸を整えようと努めながら、
「なんで食べたくないの」
と、ふたたび云った。
抑えたつもりではあったが、それでもその声には、云いようのない怒りが漲っていた。
胸の内が上下して、自分自身にも分かるくらい、息づかいが荒立っていた。
娘は泣きじゃくりながら、それでも、とぎれとぎれに、云った。
「だって……、だって……、ママが……、ママが……、せっかく……、いっしょうけんめい……、つくって……、くれたのに……、食べ……、食べっちゃったら……、なくなっちゃうもん」

子どもはときどき、大人には及びもつかないことを考える。
| Mac | 随筆もどき | 09:31 | - | - |


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