2015.04.21 Tuesday
『髑髏検校』
むかし、“翻案小説”なるものがありました。
精確には、法律上の厳密な定義や規定があるのでしょうが、大雑把に申しますと、海外の小説などを、物語の筋はそのままに、舞台や人物を日本のそれに置き換えたものです。 明治期に、翻訳家、作家、記者として活躍した黒岩涙香などは、この“翻案小説”の名手でした。 なにしろ、原作よりも、涙香の翻案の方がおもしろい、と、評判されたくらいなのですから、その力量のほどがうかがいしれましょう。 いまでもなじみの深い、『ああ、無情』(原題:レ・ミゼラブル)、『岩窟王』(原題:モンテ・クリスト伯)などの題名は、涙香による命名です。 日本推理小説の祖、江戸川乱歩氏は、涙香の翻案小説に魅了されたあげく、涙香の翻案小説をさらに翻案して上梓しました。 それくらい涙香の翻案小説は、魅力にとんでいたのです。 江戸川乱歩氏と並ぶ日本推理小説界の巨頭、横溝正史氏にも、翻案小説があります。 『髑髏検校』がそれです。 いかにも横溝氏らしい、おどろおどろしい題名ですが、原作は『吸血鬼ドラキュラ』です。 原作は長編としても長大な分量ですが、氏の『髑髏検校』は中編です。 と、云っても、ダイジェストではありません。 あまり人の口の端にのぼりませんが、横溝作品の魅力の一つには、氏の類稀なストーリー・テリングの才があります。 この『髑髏検校』にしましても、ブラム・ストーカーの長大な原作を要領よくまとめ、いわゆるひとつの好読物に仕上げておられます。 とりわけ驚嘆するのは、そのラスト──。 最近でもゲームなどで、無念の思いを抱いて亡くなった歴史上の人物が、最後の大物、と、して登場するパターンが見受けられますが、その遠因はじつに、『魔界転生』にあるのではなく、この『髑髏検校』にあるのです。 髑髏検校 (角川文庫) 横溝 正史 |