ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
  << May 2014 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
*『スミス都へ行く』
はい、みなさん、こんばんは。
『スミス都へ行く』、今日は、この映画のお話、しましょうね。
『スミス都へ行く』、これは、フランク・キャプラの作品ですね。フランク・キャプラの監督ですね。
フランク・キャプラ、この人は、とってもいい映画、つくってますよ。とってもいい映画、とっても素晴らしい映画、あぁ、よかったなぁ〜、すばらしかったなぁ〜、云う映画、たくさんつくってます。
すばらしい、とってもすばらしい、監督ですね。
『我が家の楽園』がありました。よかったなぁ。
『或る夜の出来事』、よかったなぁ。
『素晴らしき哉、人生!』、よかったなぁ。
他にも、たくさん、たくさん、たくさん、あります。とってもいい映画を、たくさん、たくさん、つくった人ですね。
この人の映画、拳銃出てこないの、撃ち合いないの、ドンパチ、ないのね。
建物爆発しない、列車も車も暴走しない。
刀やナイフ、出てこない。
人が殺されて、ブワッ〜、と血が出る。
そんなのないの。
なあんだ、退屈じゃんか。
そんなことないの。とっても面白いの。
そんなこと云う、あなたの感性、おかしいのね。
そんなわけで、そのとってもすばらしい映画のなかのひとつが、『スミス都へ行く』ですね。
アメリカの田舎に、スミス云う人がおりました。アメリカの、田舎も田舎、アメリカに、こんなとこあったんか、云うぐらいの田舎。
そこに住んでたスミスさん。スミスさん、まぁ、平凡な名前、田中さん、小林さん、山本さん、そんな名前。どこにでもありそうな、平凡な名前。
その人が、とっても真面目な、好青年なんですね。
町のお掃除する、子どもたちの面倒見る、困っている人の相談にのってあげる、いかにも、いい人、好青年なんですね。
あるとき、国会議員の選挙が行われることになった。自分たちを代表して、自分たちがいつも思っていることを云って、自分たちがして欲しいと思っていることをやってくれる人を推薦して、国会に行ってもらえることができる。おかみに物申す人を、自分たちが選ぶことができる。
町の人たち、考えた。だれにしよう、だれにしよう。だれに国会、行ってもらおう。
スミスさんがいい、そうだ、スミスさんがいい、スミスさんにしよう。
そんなわけで、スミスさんが国会に行くことになったんですね。
スミスさん、ビックリしちゃった。国会なんて、なにするとこ? 国会なんて行って、なにしたらいいの?
全然、そういうこと、知らないのね。
とまどっちゃうんですね。
町の人たちは、スミスさんが当選した、スミスさんが国会に行く、スミスさんだったら、自分たちの云いたいこと、云ってくれる、スミスさんだったら、自分たちのやってほしいこと、やってくれる、そんなんで、大喜びしたんですね。
スミスさん万歳、スミスさん万歳、云うんで、スミスさんの、壮行会、開くんですね。激励会ですね。スミスさん、がんばってくださいよ、なんて云って、パーティー、するんですね。
そこで、スミスさんに鞄をあげることにした。国会行って、議員になって、お仕事するんだから、立派な鞄が要るだろう、スミスさんに立派な、きれいな鞄、あげよう、そういうことになって、町の人たちが、お金出し合って、スミスさんに、きれいな、きれいな、立派な、立派な、鞄あげるのね。
まぁ、そんなのより、もっといいのあげればいいのに。でもこの鞄には、町の人たちの気持ちが、町の人たちの厚意が、いっぱい、つまってるのね。いまは空っぽの鞄だけど、町の人たちの気もち、スミスさん、がんばってくださいよ、スミスさん、応援してますよ、そんな気もちが、いっぱい、つまってるのね。
それ渡すのが、町の子ども。町の子どもなんだけど、その子が、まぁ、なんとも不器用な子。とっても不器用で、もっさりしてて、いかにも劣等生、いかにも落ちこぼれ。あぁ、この子、勉強できないだろうなぁ。あぁ、この子、駆けっこ、ビリだろうな。給食食べるの、遅いだろうな。女の子にももてないだろうな。そんな子が、スミスさんに、鞄渡すの。
その子が、スミスさんに鞄渡すとき、やっぱり、スピーチ、うまく云えないの。一生懸命練習したんだろうけど、やっぱり、云えないの。
それを仲間の子どもたちが、ひやかさないの。笑わないの。みんな、がんばれ、がんばれ、云うの。大きな声では云わないんだね。大きな声で云ったら、その子が恥かくから。ちっちゃな声で、それでも精一杯、がんばれ、がんばれ、こう云うんだ、こう云うんだ、云うのね。みんな、握りこぶし固めて、からだ前にのりだして、必死で、その子応援するのね。
それでその子、やっと、
「スミスさん、がんばってください」
それだけ云って、鞄渡すのね。
みんな拍手するの。よくやったな、おまえ。がんばったな、おまえ。そんな思いが、その拍手から伝わってくるのね。
いいなぁ。きれいだなぁ。
キャプラ、うまいなぁ。
ここで、生徒会長とか、勉強がトップの子とか、駆けっこの速い子とか、そんな子を出さないところが、いかにも、いいんだね。キャプラ、うまいんだね。
勉強もできない、駆けっこも遅い、いかにも、もっさりした子、いかにも目立たない子、その子を、スミスさんに鞄を渡す晴れ舞台に選ぶところが、いかにも、キャプラらしいね。
スミスさんもおんなじだね。アメリカの、田舎から、国会議員に選ばれて、なにしたらいいか分からない、とりたてて頭いいわけじゃない、お金あるわけじゃない、政治のこと知ってるわけじゃない、ほんとにシロウト、ほんとにおのぼりさん、そんな感じで、国会行くんだね。自分になにができるだろう、自分はなにやったらいいんだろう。だけど、町の人が、一生懸命応援してくれてる、町の人が、がんばれ、がんばれ、云うてくれてる。よし、がんばるぞ、そう思って、スミスは国会に行くのね。スミス、都へ行く、のね。
スミスさんは国会議員になったけど、まだ当選一回のペーペー。新米議員。それで、大物の政治家のところに行くのね。国会議員になったけど、政治のことなんにも分かりません、政治のこと、教えてください、云うて、その大物のところに行くの。
この大物政治家が、クロード・レインズ。『カサブランカ』の警察署長、ルノー署長ですね。うまいんですね、この人が。
ああ君がスミス君か、がんばりたまえよ、なんて云って、いかにも、大物なんですね。
ところが、この大物の先生、裏では大会社と一緒になって、その会社の得になるような法律つくって、お金もらってるんですね。悪い人なんですね。
スミスさんはそんなこと知らないから、この人について、この人を先生にして、政治のこと、勉強しようとしてるんですね。
一方、政治家たちのことを記事にしてる新聞記者がいるんですね。これがトーマス・ミッチェル。『駅馬車』の酔いどれ医者、『風と共に去りぬ』の、ヴィヴィアン・リー、スカーレット・オハラのお父さんですね。このトーマス・ミッチェルがうまいの。
政治家のことを書く新聞記者だけど、新聞では、いいことしか書けないの。きれいごとしか書けないのね。だけど政治家たちが、そんなにいい人じゃない、あいつら、利権ばっかりむさぼって、自分たちのことしか考えないで、国のこと、国民のことなんか、ちっとも考えてない、そのこと、知りすぎるくらい、知ってるのね。でもそのこと、記事にかけないのね。書いても、新聞社のお偉方が、握りつぶしちゃうのね。そんなこと書かれたら、うちの新聞社がニラまれちゃう。そんなんで、お偉方は、そんな記事、載せないのね。きれいごとしか載せない。あの先生、いい人だ。あの先生、立派な政治家だ。そんな記事しか載せないの。それでこの記者、嫌になって、でも、記事書かないとご飯食べられないから、馘になっちゃうから、嘘の記事書くのね。それで、ご飯食べてるのね。そんな自分が嫌になって、酒浸りになっちゃうのね。昼間っからお酒飲んで、頭痛くなって、ソファにゴロンと寝転んでるの。
もうひとり、そんな彼を励ましてる人がいるの。これが、ジーン・アーサーね。『シェーン』のお母さんね。『平原児』のカラミティー・ジェーンね。とっても、いい女優さんね。
この人が、トーマス・ミッチェルに、いい人が議員になったわよ、なんて、スミスさんのことを云うのね。でも、トーマス・ミッチェルは全然、信用しないのね。いまにそいつも、利権のことばっかり考えるようになるさ、なんて云って、ソファにゴロンとなるのね。
スミスさんは、だんだん、政治のことが分かってくるのね。でもそれは、いいことじゃなくて、嫌なこと、こすっからくて、汚いこと、そんなことが、だんだん、だんだん、分かってくるのね。こんなのおかしい、こんなのひどい、そう思っても、クロード・レインズの先生は、キミ、これが現実だよ、なんて云ってるのね。
スミスさんは納得できないのね。我慢できないの。それで、とうとう、議会で演説するの。こんなこと、おかしい。こんなことじゃダメだ。そう云って、演説するの。
すると、クロード・レインズの議員は、あいつ、なまいきだ、あいつ、おれたちのためにならん、なんて云って、スミスさんを悪者にしようとするの。
お金使って、新聞社を買収して、全国に、スミスさんの悪口書いた新聞をバラまくの。
スミスは悪い奴だ、あいつは大会社と一緒になって、利権をむさぼってる、あいつは国民をだまして自分のことばっかり考えてる、なんて、自分たちがやってることを、全部、スミスさんになすりつけちゃうの。自分たちがやってきた悪いことを、全部、スミスさんのせいにしちゃうの。
スミスさんを国会議員に選んだ地元の人たちは、それ読んで、スミスさんがそんな悪い人のはずがない、スミスさんは悪い人じゃない、スミスさんはいい人だ、云うて、自分たちで、スミスさんの応援するの。スミスさんを応援してた子供たちが、学校でガリ版刷って、自分たちで新聞つくって、自転車こいで、あちこちに自分たちがつくった新聞配って、スミスさんはいい人です、スミスさんは立派な人です、みんなスミスさんを応援してください、云う新聞配るの。
ジーン・アーサーも、トーマス・ミッチェルも、その子らの応援するの。トーマス・ミッチェルなんか、なあに、スミスもすぐにきたない政治家になるさ、自分の利権ばっかり考えるような政治家になるさ、なんて云ってたのに、スミスさんが一生懸命がんばってるのを見て、自分も精一杯、スミスさんを応援しよう、云う気になるのね。このへんの呼吸、トーマス・ミッチェル、うまいなぁ。フランク・キャプラ、うまいなぁ。
ジーン・アーサーも、子供たちを応援するの。あんたたち、違うわよ、印刷はこうするの、輪転機はこうまわすの、なんて、子供たちが新聞つくるの、手伝うんですね。
みんな精一杯、スミスさん、応援するんですね。
でも、ダメね。向こうはお金持ってる。たくさんお金持ってて、そのお金で新聞社買収して、スミスさんに悪い記事書かせて、それ新聞に載せて、全国にばらまいてる。
みんな、スミスさん、悪い人、悪人だと思っちゃう。
こっちは、学校でガリ版刷って、輪転機手で回して、顔も服も、インクで汚れて、真っ黒になって、自転車で走り回って、必死になって、スミスさんはいい人ですって云うけれども、とてもかなわないね。
スミスさんも、最初は子供たちが一生懸命頑張ってくれてることを知って、よし、自分も頑張るぞ、思って演説してるけど、だんだん、買収された新聞社の記事が来るのね。みんな、スミスさんのことを悪く云ってる記事ばかり。スミスは悪い奴だ、スミスみたいなのがいると、この国は悪くなっちゃう、スミスは辞めろ、そんな記事ばっかり。
とうとう、スミスさんは演説やめて、泣き伏しちゃうんですね。ああ、ぼくの気持ちは分かってもらえなかった。みんな必死で応援してくれたのに、自分は悪者になっちゃった。自分を国会議員にしてくれた人たちに申し訳ない。自分を応援してくれた子供たちに申し訳ない。そう云って泣き崩れるんですね。
それを見ていたクロード・レインズ、大物議員、この人の表情が、だんだん、だんだん、変っていくのね。スミスを打ちのめした。自分が勝った。だから、喜んでいいはずなのに、この人の表情が、いかにも、苦しげに、ゆがむんですね。
ああ、俺も国会議員になったときは、スミスみたいだったな。俺も最初は、スミスみたいだったな。純真だったな。スミスみたいに、国民のこと、考えてたな。スミスみたいに、この国をいい国にしよう、思うて、がんばってたな。いつから俺は、こんなに汚い人間になったのかなぁ。
そんな表情になるんですね。
それで、このクロード・レインズ、途中で席を立って、控室に行くんですね。そしたら控室のほうから、さっき、クロード・レインズが入っていった控室のほうから、バーン、て云う、銃声がするの。
クロード・レインズ、自殺しちゃったのね。スミスを見てて、スミスの云うこと聞いてて、だんだん、自分が恥ずかしくなっちゃったのね。それで、控室戻って、ピストルで自殺しちゃったの。
このとき議長を演ってた人が、ハリー・ケリー。ジョン・フォードの親友で、サイレント時代の大スターなんですね。この人がまたうまいの、上手なの。議長だから、どっちかを応援するなんてことはできないんだけど、スミスさんを応援してる雰囲気が、じつに上手に出てるの。
この人が議長席にもたれて、頭の後ろに腕を組んで、ああ、終わった、終わった、なんて表情をするの。それがとってもさわやかで、いいんだねえ。
もちろん、実際の政治の世界なんて、こんなもんじゃありませんね。これは、おとぎ話だね。正義は勝つ、悪い人はいい人にやっつけられる、お姫様は王子様と結婚する、そんな、おとぎ話だね。
でも、本当のことになったらいいな。本当に、こんなふうになったら、いいなぁ。
それは、おとぎ話だけれども、ひょっとしたら、できるかも知れない。ひょっとしたら、本当のことになるかも知れない。
ぼくたちが、もうちょっとだけ、勇気をだせば。もうちょっとだけ、頑張れば。もうちょっとだけ、人を信じることができれば。そう、スミスさんを信じて、一生懸命、一生懸命、自転車をこいでた、あの子供たちみたいに。
これは、そんな気持ちにさせてくれる映画、夢を与えてくれる映画、よし、がんばろう、そういう気にさせてくれる映画、とってもすばらしい、映画ですよ。
一九三九年、昭和十四年の映画です。このすばらしい映画、『スミス都へ行く』、ぜひみなさん、ご覧なさいね。

スミス都へ行く [DVD]
スミス都へ行く [DVD]
ファーストトレーディング
| 映ちゃん | 今夜もしねま☆と〜く | 16:18 | - | - |
*『第七天国』
はい、みなさん、こんばんは。
今日は、『第七天国』、この映画のお話、しましょうね。
これは、一九二七年に制作公開された、アメリカ合衆国の映画です。
一九二七年と云えば、日本では、昭和二年です。金融恐慌がはじまり、芥川龍之介が自殺した年です。
まぁ、古い古い映画ですね。この映画は、第一回、初めてのアカデミー賞で、監督賞、主演女優賞を獲得しました。まぁ、すごい映画ですね。
『第七天国』、“The seventh heaven”、七番目の天国ですね。これ、どういう意味でしょうか?
チコと云う、イタリアからの移民の青年がいます。イタリアからの移民は、差別されてたんですね。
それで、このチコと云う青年も、薄暗い、汚い、汚い、地下の下水道の中で、ゴミ掃除の仕事してたんですね。
マンホールの上から、汚いゴミを投げ捨てられて、
「おい、おまえら、しっかり仕事しろ!」
なんて、怒鳴られてるんですね。
チコはしっかり仕事してるんですね。相棒は、おれたちはイタリア人だからしょうがないよ、なんて云ってるんですね。あきらめてるんですね、自分たちはイタリア人だからって。
でも、チコはあきらめないんですね。一生懸命、仕事するんですね。
そのうち親方に認められて、道路の掃除夫になるんですね。
すると、チコが下水道の掃除をしていたときに、マンホールの上からゴミを投げ捨てて、
「おまえら、しっかり仕事しろ!」
なんて怒鳴ってた掃除人が、ニコニコして、チコの肩をたたいて、
「おい、おまえ、偉いな。これからは同僚だ。よろしくたのむぜ」
なんて云うのね。調子がいいのね。
でも、全然、イヤミじゃないの。あっけらかんとしてて、いかにも、気持ちのいい、いかにも、きれいな場面なんですね。
チコも、なんだおまえ、あのとき俺の頭にゴミ捨てやがって、なんて云わないのね。ありがとうって、握手して、
「ぼくはまだまだ、立派になるよ。ぼくは決して負けない人間なんだから」
なんて、笑って云うのね。
そしたらその男も、そうか、がんばれよ、なんて、バンて、背中たたくのね。
いいんだなぁ、その場面が。いかにもアメリカ的なんですね。
一方、ダイエンヌと云う、とってもとってもかわいそうな女の子がいるんですね。この娘、お父さんもお母さんもいないの。お姉さんと二人暮らしなの。ところが、このお姉さんが、ひどい人なんですね。妹を、ダイエンヌを、とってもいじめるの。あなた、あれやりなさい、あなた、これやりなさい、まあ、あなた、なにこれ、あなた、こんなことも満足にできないの、なんて、とっても、ダイエンヌをいじめるんですね。
まるで、シンデレラの継母ね。お母さんじゃないけど、いかにも、シンデレラの継母みたいなんですね。いじわるなんですね。
それで、とうとう、とうとう、ダイエンヌは、がまんができなくなって、がまんできなくなって、うちを飛び出しちゃうんですね。家出しちゃうんですね。
でも、うちを飛び出しても、ダイエンヌには行くところがないんですね。親戚もいない、お友だちもいない、どうしよう、どうしよう。困って、困って、公園のベンチに腰掛けてるところに、チコがくるんですね。
チコはわけを聞いて、ダイエンヌが気の毒になって、かわいそうになって、ダイエンヌを、自分のうちに連れてくるんですね。
チコのうちは、安アパートの最上階、屋根裏部屋なんですね。チコは、仕事は地下の下水道だけれども、住むところは、上のほう、お空に近いところ、天国に近いところ、そんなところがいい、そんなわけで、この安アパートの、屋根裏部屋に住んでるんですね。これが、七階にあるの。
チコがダイエンヌをその部屋に連れてきて、
「ここは天国だよ」
なんて、嬉しそうに云うのね。
天国なんてものじゃないの、きたない、きたない、薄汚れた、安アパートの、屋根裏部屋、なのに、チコにとっては、天国なんですね。
チコは、自分がイタリアの移民、下水道の掃除夫、きたないきたない、薄汚れた安アパートの住人、そんなの、ちっとも気にしないの。自分は立派な人間、自分には能力があるんだ、それを信じて、ちっとも疑ってないの。とっても元気で、明るいの。好青年なのね。
そのチコを、隣の、これもおんなじようなアパートの、おじいさんおばあさんが、かわいがってるのね。
ああ、あの子、いい子だなぁ、いい子だなぁ、立派な青年だなぁ、なんて、かわいがって、ご飯食べにおいで、晩ご飯一緒に食べましょ、なんて云うのね。
あら、あの子、かわいい彼女連れてきたじゃない、彼女もいらっしゃい、いらっしゃい、なんて云うのね。
この、アメリカの下町の人情が、いかにも、いいんだねぇ。こういう人情、人の情け、人の思いやり、そんなのに、国境なんてないんだね。人種の違い、民族の違いなんて、ないんだね。いいんだなぁ。
チコはね、ああ、おじさん、おばさん、ありがとう、いま行くよ、なんて云って、立てかけてあった、長い板切れを渡すのね。自分のアパートの窓と、おじいさんおばあさんのいるアパートの窓とのあいだに。
そしてその板の上を、ススーッと、歩いていくの。
チコは平気で歩いていくのね。ところが、ダイエンヌは、そんなの怖い、そんなの怖い、七階のアパートの上、そんなの、落っこちたら死んじゃう。怖い、怖い。
おびえて、うつむいて、慄えちゃうのね。
チコが戻ってきて云うのね。
「ダメだなぁ、君は。君はいつもそうして、下ばっかり見ちゃう。ぼくはいつも上を見てる。だから怖いものなんかない。上を見るんだ。上を見て歩くんだ。そうしたら、怖いことなんて、あるものか」
はい、みなさん、どこかで聞いたことがありますね。みなさん、かならずいっぺんは、このセリフ、聞いたことがありますね。
この映画が封切られたとき、映画館の暗いなかで、この映画を観て、このセリフを聞いて、いや、その頃はまだサイレントだったから、字幕ですね、その字幕を見て、
「あぁ、いい言葉だなぁ」
と、感動した青年がいました。
その青年は後に、大きくなって、歌の歌詞を書くようになりました。
そのときに、若い頃に観て感動した、この、『第七天国』のセリフを使いました。
それが、『上を向いて歩こう』ですね。
その青年、永六輔さんですね。この歌、メロディーは、中村八大さんの作曲ですね。歌ったのが、坂本九さんですね。当時は、「六、八、九」なんて呼ばれました。
この『上を向いて歩こう』が大ヒットして、みんなが口ずさんで、だれでもが知ってる歌になって、とうとう、アメリカにまで、知られるようになりました。
アメリカでも知られて、とうとう、アメリカでも、一番のヒット曲になりました。当時、日本の曲がアメリカでヒットする、ナンバーワンになるなんて、だれも思わなかったの。それが、アメリカでヒットして、ナンバーワンになっちゃったの。すごいなぁ。
そのときの、アメリカでつけた曲の名前が、『スキヤキ』。まぁ、なんちゅうタイトルだろう。なんて、センスのないタイトルだろう。
あの頃スキヤキは、いかにも、日本的なものだったんですね。だからアメリカの人たちは、日本の音楽のタイトルに、『スキヤキ』なんて、つけたんですね。
もうちょっとしたら、『スシ』とか、『テンプラ』になってたかもしれない。まぁ、ぞぉっとしますね。『ゲイシャ』なんて、イヤだね、あんないい曲に、『ゲイシャ』だなんて。センスが疑われますね。ブチ壊しだね。
いまだったら、どうだろう? 『アキバ』、『アニメ』あるいは『オタク』なんて、こっちのほうが、いいかも知れませんね。
でも、この話で、いちばんいいのは、アメリカの映画に感動してつくられた歌が、今度はアメリカの人たちを感動させたことですね。日本人は、映画でもらったものを、歌で、お返ししたんですね。ありがとう、あなたたちの映画、素晴らしかったですよ、あなたたちの素晴らしい映画のおかげで、わたしたちはこんな素晴らしい歌、つくりましたよ。そうしてつくった歌が、こんどは、アメリカの人たちを感動させたんですね。みごとですね。いいですね。
さて、ダイエンヌは、チコと一緒に暮らすことになりました。いままでにはなかった、しあわせな、しあわせな毎日です。貧しいけれども、やさしいチコがいる、ダイエンヌにとっては、とってもしあわせなんですね。
ところが、戦争が始まりました。第一次世界大戦ですね。戦争が始まって、チコは兵隊にとられちゃった。チコは兵隊にならなくちゃいけない、戦争に行かなくちゃいけない、チコとダイエンヌは、離れ離れになるんですね。
ダイエンヌは、チコが戻ってくることだけを楽しみにして、毎日、毎日をすごしています。チコが戻ってきたとき、うちが汚かったらいけない。チコが戻ってきたとき、着物が汚れてたらいけない。チコが戻ってきたとき、おなか空いてるのに、ご飯なかったらいけない。そうして、うちを掃除して、お洗濯をして、ご飯つくってるんですね。
そこへ、あのお姉さんがやって来たの、ダイエンヌのお姉さん、いじわるな、いじわるなお姉さんが。
あなたなにやってるのこんなとこで、うちに帰りなさい、うちに帰って、あたしの用事しなさい、お金貸しなさい、あんた、あたしのことやりなさい。そう云って、ダイエンヌをおどかすの。
チコがいないから、お姉さんも強気なのね。でも、ダイエンヌは、ノー、云うのね。いやよ、姉さんの云うとおりになんかならないわ、わたしはこのうちで、チコが帰ってくるのを待つのよ、云うのね。もうむかしの、気弱な、気弱な、おびえて、おびえて、ちっちゃく、ちっちゃくなって、震えてる、ダイエンヌじゃないのね。キリッとして、いじわるなお姉さんを追い返すのね。
いかにも、いい場面ですね。チコと一緒になって、チコにやさしくされて、チコに大事に大事にされて、チコの明るさ、元気さに触れて、ダイエンヌは強くなったのね。あの弱い弱い、雨に打たれた小鳥みたいだったダイエンヌが、しっかりした、強い女の子になったのね。いいなぁ。
ところでチコは、戦争で、負傷するんですね。爆弾にやられて、目が見えなくなっちゃうの。失明しちゃうんですね。
それで、これは兵隊にしておけん、戦争させられんって云って、国に帰されるの。
チコは、目が見えなくなっちゃったけれども、やっと、国に帰る、やっと、ダイエンヌのところに帰れる、云うんで、よろこんで、よろこんで、帰ってくるんですね。
最初は、群集の、人ごみのなかに、ちっちゃく、ちっちゃく、チコがいるの。どこにいるのか分からないくらい、ちっちゃく映るの。
そのチコが、一生懸命走りながら、
「ダイエンヌ!」
って、さけぶの。サイレントだから、もちろん、声は出ませんね。字幕ですね。その字幕が、これまた、ちっちゃいのね、その文字が。
今度は、チコが、ちょっと、大きく映る。ああ、チコがいるな、分かるくらい映る。チコは走ってる。
「ダイエンヌ!」
またさけぶ。今度は文字がおっきくなる。
そしたら、その次は、チコのアップ。アップでチコが映る。もう、周りの人が映らないくらいのアップ。
そして、またチコがさけぶ。
「ダイエンヌ!」
今度は、大きな、大きな文字。もう画面からはみ出しそうなほどの文字で、
「ダイエンヌ!」
って、映る。
うまいなぁ。サイレントだから、声は聞こえないんだけれども、いかにも、大声でさけんでる声が、聞こえてくるんですね。映画のマジック、映画の魅力ですね。
そうして、チコはダイエンヌのところに戻ってくる。ダイエンヌも喜んで、チコと抱き合う。それを、あの掃除夫、この映画の最初で、下水道を掃除してたチコの頭の上にゴミを捨てた掃除夫が、いかにも、よかったな、よかったな、おまえら、よかったな、云う顔でながめてる。
そしたら、ダイエンヌが、気づくんですね。
あら、あんた、チコ、あんた、目が見えないんじゃないの、目、見えなくなったんじゃないの。
そうだよ、チコが云うんですね。
まあ、なんてこと、やっと、やっと、戦争終って、人殺ししなくてもよくなって、やっと帰ってこれたのに。
ダイエンヌは泣くんですね。チコ、かわいそうに。チコ、かわいそうに。
そのダイエンヌに、チコは云うんですね。
「ほら、下を向いちゃいけない。上を向こう。上を向いて歩けば、怖いものなんかないんだから。目が見えなくなったくらいでくじけるもんか。ぼくは、やれる人間なんだから」
そう聞いて、ダイエンヌはにっこり微笑みます。
同僚の掃除夫も、そのとおり、と、云うみたいに、バン、と、チコの背中をたたきます。
三人が、明るい笑い声をあげます。もちろん、サイレントだから、その声は聞こえません。でも、耳に聞こえなくても、心には聞こえてくるんですね。その、明るい、とっても、とっても、ステキな笑い声が。
そんなわけで、これは、一九二七年、昭和二年の映画、古い、古い映画、もちろん、モノクロ、もちろん、サイレント。だけれども、とっても、素晴らしい映画ですよ。
この素晴らしい映画、『第七天国』、ぜひ、ごらんなさいね。

第七天国 [DVD]
第七天国 [DVD]
アイ・ヴィ・シー
| 映ちゃん | 今夜もしねま☆と〜く | 16:15 | - | - |


 SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
LINKS
PROFILE
OTHERS