2014.07.10 Thursday
先生も……
「先生もお忙しいお身体だ。みながめいめい勝手に訪問したのでは、ご迷惑になる。
どうだろう、これからは曜日を定めて、決まった曜日の決まった時間に、みなで伺うことにしては」 三重吉の提案にみなが同意し、以後かれらは、毎週木曜日の午後三時以降に、漱石宅を訪れることにした。 世に云う「木曜会」の始まりである。 この木曜会のメンバーのひとりに、寺田寅彦がいた。 日本を代表する物理学者のひとりで、漱石が第五高等学校の英語教師だったときの教え子、漱石との交流はもっとも古く、かつ深い人物である。 『吾輩は猫である』の水島寒月や、『三四郎』の野々宮宗八のモデルであることは有名である。 彼はまた、すぐれた随筆の書き手としても有名である。 彼の手になる随筆のなかに、こんな話がある。 とある秋の日、男が妻と幼い子どもと、行楽に出かける。 男はイライラしている。その原因は、彼にも分からない。妻の支度に時間がかかっているものだから、男は余計にイライラする。 途中、妻はそれとなく気を使い、夫のイライラをなだめようとするが、うまくいかず、悲しげな表情になったりする。 公園に着くと、幼い子どもは、 「おおきいどんぐり、ちっちゃいどんぐり、みいんなかしこいどんぐりちゃん」 と、愉しそうに口遊んで、どんぐりを拾っている。 妻も子供のでたらめな歌に合わせながら、愉しげに一緒にどんぐりを拾っている。 その姿を見て、男のこころが、一瞬、ふっと、あたたかくなる。 その情景を描写した後で、 「どんぐりを拾って喜んだ妻も、もういない」 と、いきなり書いている。 「黒澤君、映画ってのは、これだぜ」 と、若き日の黒澤明監督に教えられたのが、黒澤監督が師と仰いでおられた山本嘉次郎監督である。 黒澤監督は師の教えを、『生きる』に昇華なされた。 黒澤監督はおっしゃる。 「創造とは記憶である」 と。 そして、また、おっしゃっておられる。 「本を読まなくちゃだめだよ。もっと本を読まなくちゃ」 生きる【期間限定プライス版】 [DVD] 東宝 |