2015.11.13 Friday
田中総理
田中総理、と、云えば、大方の人は角栄氏を想起されるであろう。
しかしここで述べるのは、戦前に総理を務めた、田中義一という人物のことである。 山口県出身の陸軍大将で、いわゆる長州閥の代表的存在である。 大正十四(一九二五)年に政友会の第五代総裁となり、昭和二(一九二七)年の四月二十日から同四(一九二九)年七月二日まで、第二十七代・十六人目の総理大臣として、内閣を組織した。 この田中首相が、東北地方を巡遊したときのことである。 群れ集った聴衆の一人に田中首相は、気さくに声をかけた。 「やあ、どうかね。お父さんはお元気かね」 その男は恐懼極まって、 「あいにく、父は先年亡くなりました」 と、答えた。 田中首相は、 「やあ、それは残念じゃったのお」 と、いかにも残念そうな表情で、その男の肩に手をかけた。 後で秘書官が、 「総理はあの人のお父さんと懇意だったのですか」 と、問うと、 「いや、オラは知らんよ」 との返事。 秘書官は訝しげに、 「それにしては、親しげに話しかけられておられたではありませんか」 「そりゃあキミ、息子や娘、女房をもたん者はおっても、父親をもたん者はおらんからのお。訊いてみただけのことじゃ」 |