ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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戦後民主主義到来の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(みそかつおにんにく)、玉子焼き(2個)、小松菜のわさび和え


言訳だが、夏場はどうも、お菜を料理る気がしない。ガス・コンロの傍で火を使う、と、考えただけで、ゲンナリするのである。
焼きもの、煮物、炒めもの、とにかく火を使う料理は、一切やる気がしない。”揚げない”シリーズなど、もちろんである。
だからと云って、まったく料理らないわけにもいかない。
そこで、まだマシな、豚肉の生姜焼きとか、鰯の生姜煮とか、お手軽献立になってしまう。困ったものである……。
このところ、弁当の主菜が玉子焼きばかりなので、ここはイッパツ性根を入れて、本腰据わった献立を……などとは、思いも及ばない。ただでさえ稀少な根性が、この湿気に吸い取られて、ほとんどemptyなのである。
小松菜のわさび和えと、生野菜サラダは、少なくとも夏のあいだは続けるつもりであるが、問題は動物性たんぱく質の少なさである。昨日も記したが、どうも動物性たんぱく質の摂取量が少ない。なんとかしたい、と、思うのだが、上述のような理由で、ナカナカ料理をする気が起きない。
しかたないので、晩は魚の缶詰、昼は近所のスーパーで惣菜を買う、と、云う、形態で行こうか……と、なると、またぞろ、昼の主菜は玉子焼き、と、なりかねない。ウ〜ン、堂々巡りである……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:54 | - | - |
戦後民主主義到来の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、生野菜サラダ、チェダー・チーズ


今日は“戦後民主主義到来の日”なのだそうである。
Wikipediaによると“1949年のこの日、日本の新しい民主主義の到来を謳った青春映画『青い山脈』が封切られた”ことに由来するのだそうだ。
1949年と云えば、昭和24年である。終戦から4年後のことである。
映画『青い山脈』は、映ちゃんなら観ているのかもしれないが、わたいは残念ながら未見である。
原作なら読んだことがある。散作も中学時代か高校時代に読んだことがある、と、云っていた。
藤山一郎氏の『青い山脈』は歌ったことがある。現在ではほとんど“お笑い”、“ウケ狙い”としてしか、捉えられていない。
しかしの歌が────おそらくは原作小説や映画なども──、戦後の人びとのあいだに、どのような憧れと希望を抱かせたか、に、思いを馳せるとき、ある種の羨ましさを禁じえない。食糧難、住宅難、失業、等々、重苦しい時代であったろうが、同時に、明日への希望と信頼があった。
翻って現在、食に困ることもなく、家電製品は充実し、これ以上必要な何があるのか、と、思われるほど、物資はあふれているが、一方で人心は貧窮し、荒み、腐敗している兆候が現象している。明日への希望も信頼も、瓦礫の如くに崩壊し、不安と暗澹に蔽われている。
『青い山脈』が、“お笑い”、“ウケ狙い”として捉えられているのが、発展繁栄のゆえならば、まだしも我慢できるが、爛熟退廃のゆえの失笑冷笑だとしたら、背寒きの念を禁じえない。「民主主義」に対する信頼と責任の崩壊が国をどのように導いたか、その歴史を知らぬとでも云うのだろうか。『青い山脈』を“お笑い”にしても、「民主主義」を“お笑い”にしてはいけないのである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
山脈が青かろうが赤かろうが、民主主義を嗤おうが嗤うまいが、そんなこととは一切まったく金輪際縁のない、いたって凡俗な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:51 | - | - |
光化学スモッグの日の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(長ねぎ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、いわしの味噌煮缶、小松菜のわさび和え、生野菜サラダ、南蛮漬けの素、べったら漬け、冷奴、納豆、味付海苔


栄養バランスとしては申し分ない、と、思う。しかし、量が多すぎるような気がする。と、云っても、生野菜サラダが多く見えるのでそう思われるだけで、実量としては、そんなに多いわけではない……と、思いたい。
納豆はよく混ぜて食べるのが良い、と、云われている。以前にも記したかも知れないが、わたいはだいたい、100〜150回混ぜる。よく混ぜて糸を引き、その糸が固まるくらいまで混ぜると良いそうである。よく混ぜると納豆に含有されているムチンの量が増え、よりいっそうの健康効果が期待できる……と、信じていたからであるが、どうやらそれは誤解であったようだ。新たに検索してみると、旨味は増すが、栄養面から見ると増加しない、と、云う記事がほとんどだった。なるほど、Websiteの記事も、あてにはならないものである。ただ、納豆自体、栄養分の宝庫であることには間違いあるまい。たとえ今は亡き某テレビ番組の放送内容がヤラセであったとしても。
いわしの味噌煮缶は、動物性たんぱく質の補給のためである。一見、動物性たんぱく質が少ないように思われるかも知れないが、動物性たんぱく質は、朝と昼とに集中している。1日で総計すると、バランスは取れていることと思う。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:58 | - | - |
光化学スモッグの日の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(しいたけ昆布)、玉子焼き(2個)、小松菜のわさび和え


主菜がなくなってしまった。今週は主菜として、鶏肝の生姜煮しか料理れなかった。昨晩、鯖の味噌煮缶を出したのも、そのためである。
そんなわけで、例によって例の如く、玉子焼きである。レンジdeだし巻き卵器(正式の商品名はちがうらしいが)を使うようになってから、結構重宝している。この商品自体が、使いやすい、と、云うわけではない。便利であることは確かである。しかし根本の問題は、玉子焼きだと、費用が廉くつく、と、云う点にある。現在、鶏卵1パック148円(税抜)として、玉子焼き2個で、148円/10個×2個=29円60銭、と、なる(鶏卵1パックは10個入りである)。
しかも、鶏卵は必要かつ不可欠な栄養素を、ほぼ完璧に備えた、いわゆる完全栄養食品である、と、わたいは思っている。
これを考えると、近所のスーパーで惣菜を買おう、と、云う気が失せてしまうのも、無理からぬことではあるまいか。
小松菜のわさび和えには、鶏卵に欠けている葉緑素がある。互いに互いの栄養素を補い合っている、素晴らしい献立である、……と、以前にも記したような気がする。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:54 | - | - |
光化学スモッグの日の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、生野菜サラダ、チェダー・チーズ


今日は“光化学スモッグの日”だそうである。
Wikipediaによると、“1970年のこの日、東京都杉並区の東京立正中学校・高等学校で体育授業中の生徒が突然目の痛みや頭痛等を訴えて倒れ、43人が病院へ運ばれた。東京都公害研究所は、これが光化学スモッグによるものと推定し、日本初の光化学スモッグ発生となった”のだそうである。
最近でも、光化学スモッグが発生することがしばしばある。
ちなみに、光化学スモッグとは、“オゾンやアルデヒドなどからなる気体成分の光化学オキシダントと、硝酸塩や硫酸塩などからなる固体成分の微粒子が混合して、周囲の見通し(視程)が低下した状態をいう”のだそうで、“光化学オキシダントを主成分とするスモッグ”のことで、“健康に影響を及ぼすことがある大気汚染の一種”なのだそうである(Wikipediaより)。
高度経済成長による弊害の一種なのだろうが、いいかげん、収まってほしいものである。大気を汚染し、健康を害してまで、経済発展しなければならない時期はもう過ぎたであろう。そろそろ東洋古来の「足るを知る」境地に達してもよさそうなものである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
光化学スモッグとも、大気汚染とも、健康被害とも、まったく一切金輪際縁のない、いたって健康によろしい、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:52 | - | - |


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