ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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改憲は憲法違反?
「(日本国)憲法第九九条には、憲法尊重擁護の義務が規定されている。
すなわち、『天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。』とある。
したがって、総理や政治家が改憲を唱えるなど、憲法違反だ」
などと述べる人たちがいます。
こう云う人たちを、“愚昧の輩”と云います。
関西言語圏では“バカ”、関東言語圏では“アホ”、と、云います。
ちなみに、吾人が育った九州地方では、“ふうけもん(「呆け者」の訛りでしょう)”と、云います。
より適確に云いますと、……各種マスコミが自主規制して、使用していない言葉になりますので、吾人もそれに倣います。

ではなぜ、それらの人々が、“愚昧の輩”、“バカ”、“アホ”、“ふうけもん”、あるいは各種マスコミが自主規制して、使用していない言葉でしか適確には表現し得ない人、なのでしょうか?

理由は簡単です。
(日本国)憲法には、その第九章(第九六条)に、憲法改正の手続、その公布が定められています。
と、云うことは、憲法はそれ自身、改正されることを前提している――認めている――ことになります。
憲法はそれ自身、改正されることを認め、改正されることを前提して、その手続を定めているのです。
にもかかわらず、「憲法改正を唱えるなど、憲法違反だ!」などとのたもうなど、それこそ、憲法違反――憲法第九六条違反です。

それくらいのことが解らない人たちを、いったい、なんと呼べばいいのでしょうか?

ところで、先述しましたように、憲法第九九条には、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と、あります。
と、しますれば、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員」以外の人たちは、この憲法を「尊重し擁護する義務を負」わないわけですよね。
そして、その義務を負わない以上、その義務を果たすことも、当然、求められていないでしょう。なにしろ、果すべき義務を負っていないのですから。憲法の条文を素直に解釈すれば、当然、そうなりますよね?
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 12:13 | - | - |
鳩山一郎の政治
「政治は現実だ。思想とか理論、あるいは理想にたがっていたとしても、いま、国益によいこと、国際的な潮流に適合することは、現実的に行なうのがよいのだ。そうしながら、思想、理想に、歩一歩近づいていくのが、政党人というものだ」
──元総理・鳩山一郎氏の言葉である。
| Mac | 気まぐれなコラム | 22:02 | - | - |
素朴な疑問〜その
かぐや姫は、いったい何をしに、地球に来たのだろう?
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 20:10 | - | - |
父よ、あなたは偉かった〜貧乏人は麦を食え!
小学校の五年生か、六年生くらいのとき、池田勇人氏の名言(迷言? 放言?)、
――貧乏人は麦を食え。
に、ついて、
「貧乏人やったら、麦飯食ってて、あたりまえやん。なんでそんなンが、問題になンの?」
そう云うと、
「貧乏人でも米を食えるようにするンが、政治家の仕事や」
と、親爺は云った。
――父よ、あなたは偉かった。

| Mac | 気まぐれなコラム | 21:56 | - | - |
アルセーヌ・ルパンと“過労死”
アルセーヌ・ルパン、と、云えば、ルパン三世のお祖父ちゃんとして、また、怪人二十面相のモデルとして、日本では、昔からなじみの深い人物です。その物語を読んだことがない人はいらっしゃったとしても、その名前を知らない人は、おそらく、いらっしゃらないのではありますまいか。
そのルパン氏には、“盗みはしても、人は殺さない”と云ったイメージが定着しています。
たしかに氏は、『水晶の栓』と云う作品の中で、部下が人を殺したとき、「血! 血! おれが血を好かないことは知ってるだろう。血を見るよりは、殺されるほうがいい。」と、云っています。
しかし残念ながら、子供向けにリライトされた物語だけでなく、いわゆる大人本を読んだことのある方ならご存じでしょうが、後期の作品では、兇悪な犯罪を犯した犯罪者にたいして、ルパン氏は、みずから手は下さないまでも、相手を追いつめて、自殺せざるを得ないように仕向けています。
なるほど、これらの場合、ルパン氏は、みずから直接手を下していないにしても、殺人を犯した、と、批難されても、いたしかたありますまい。

2015年(平成27年)12月25日、クリスマスの日、ひとりのうら若き女性が、みずからその生命を絶ちました。
度重なる上司の叱責、2時間ほどしか寝る間のない長時間労働の毎日……。
徹夜して作った企画書を目の前で破り捨てられ、人格を否定されるような言葉を浴びせられました。
――生きるために働いているのか、働くために生きているのか、分らない。
女手一つで自分を育ててくれた母親の苦労に報いるために、必死で勉強し、日本一の難関と云われる東京大学に合格し、電通と云う日本最大の広告会社に就職した彼女を待っていたのは、しかし、会社の“奴隷”とも云うべき、過酷な生活でした。
若き日のことを形容して、“花も実もある”と云いますが、彼女には、花も実もありませんでした。
電通と云う、日本最大の広告企業会社が、彼女の花も実も、無情に奪ってしまったのです。

マスコミは彼女の自死を、“苛酷な長時間労働によるもの”と報道していますし、いわゆる労災の認定も、それを理由に下されたようです。
しかし彼女の死の原因は、本当に、“苛酷な長時間労働によるもの”だったのでしょうか。
わたしは、そうは、思いません。少なくとも、それだけが原因だった、とも、それが第一の原因だった、とも、思いません。
マスコミに意識操作された多くの人々は、彼女が自死したのは、“苛酷な長時間労働によるもの”だったのだ、と、思うでしょう。
だからこそ、
――俺たちの若い頃は、それぐらい当たり前だった。
――昔の人たちは、それくらい、ふつうだった。
と、云う、時代遅れの、“精神主義”、“根性主義”が、正当化されます。
また、おなじような境遇にある人たちも、
――俺たちだって、おなじような立場にあるんだ。
――わたしたちだって、おんなじように働いてるわ。
と、云う、わたしのいわゆる、“奴隷根性”に染まってしまいます。

彼女の自死の原因は、“苛酷な長時間労働によるもの”と云うよりも、陰湿陰険な手段を用いてなされた仕事の強要――いわゆるパワハラ――にあった、と、思います。
彼女は、会社によって、殺されたのです。
なるほど、表面上は、自殺だったのでしょう。
しかし、その本質は、会社による、“殺人”です。

それが理解できないからこそ、マスコミをはじめとして、内閣員、政府官僚、果ては労働組合までが、“長時間労働”を問題視しているのです。
無能と云われる所以です。
無能であるからこそ、“過労死”などと、表現されるのです。
彼女の死は――彼女のみならず、同様の理由により自らその生命を断った多くの人々の死は――、けっして、“過労死”ではありません。
それは、“会社企業による殺人”です。これはれっきとした、“殺人事件”、犯罪事件なのです。
これからは、“過労死”ではなく、“会社殺人”、“企業殺人”と、書いてもらいましょう。
受け取る側は、“過労死”と書かれていれば、それを“会社殺人”、“企業殺人”と、読み換えましょう。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 20:43 | - | - |
恥さまざま
いまさらながら、だが、『逃げるは恥だが役に立つ』とか云うドラマが、大好評だそうである。もちろん、一度も見たことはない。
いままで、『逃げ恥』、『逃げ恥』と、その略称だけを耳にしていて(精確には目にしていて)、その正式なタイトルを知ったのは、最近のことである。

そのタイトルを聞いたとき、
「据膳食わぬは男の恥」
と云う言葉を思い出した。

そのうち、
「育休取らぬは男の恥」
と云う言葉ができるかもしれない。
そんな時代が来たらいいな。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:00 | - | - |
警備の費用
最近、とみに、物騒になってきた。
真面目につましく暮らしていても、一歩外に出れば、認知症寸前の高齢者や、危険ドラッグを使用した者の運転する車に撥ねられたり、ストレスが蓄積したあまり通り魔となった人に襲われたりする危険が付き纏う。
家の中にいてさえ、安心できない。
戸締り施錠を厳重にしていても、それだけでは心許ない。
或る友人などは、それまで家の錠が簡略だったのを、結婚してからは、厳重なものに取り換えた、と、云う。
「なんでやねん。お前ンとこ、嫁さん昼間、宅に居るんやろうが」
「嫁さんがうちに居るから、危ないねん」
……なるほど、納得した。
昔はだれか人が宅に居れば、安心だった。子どもの頃、「ちゃんとお留守番しときや」と、云われたものである。
ところが現在は、宅に人が居ても、けっして安心できない。
いな、宅に人が居る――年老いた両親、かわいい妻や子ども――からこそ、無人のときよりも、要心しなくてはならない。
怖ろしい世の中になったものである。

そんな怖ろしい世の中の風潮を反映してか、かつてはなかった、新たなるビジネスも生まれる。
昔は個人を顧客にした警備会社などと云うものは、存在していなかったであろう。

さて、なにかと物騒な昨今、我が家も警備会社に安全を保障してもらおうと思う。
そのとき――
「すみません。この物騒な昨今、我が家の警備を引き受けてくれませんでしょうか」
と、なると、その料金は、当然、頼んだ家族が警備会社に払う。

ところが――
「すみません。この物騒な昨今、私どもの業界も、なにかと競争が激しくて……、いかがでしょう、モニターとして、弊社の警備をお試しくださいませんか。どうか我が社の警備システムで、お宅を警備させてください」
と、なると、その料金は、当然、警備会社持ちであろう。ひょっとすると警備会社は、“モニター料”すら、支払わねばならないだろう。

それが理の当然だと思うのだが、安倍さん、トランプさん、在日米軍は、どちらの立場なんでしょうか?
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 20:29 | - | - |
理解できないジョーク
山口良忠と云う人がいた。
判事――裁判官だった。
終戦直後のことだった。
食糧難のその時代、山口氏は、
――人を裁く判事の身で、どうして闇米を口にすることができようか。
と、闇米を口にすることを拒否し、妻にも闇米を買うことを固く禁じ、配給の食糧は子どもたちに与え、自分と妻は汁だけの粥をすすって暮らした。
見かねた親戚や友人たちが、食糧を送り、食事に招待したりもしたが、山口氏は、それすらも固辞なされた
そうして、栄養失調で亡くなられた。

――バナナって、どんな味がするんだろう。
――死ぬまでに、いっぺんでいいから、バナナを食べてみたい。
そう思った、と、そんな回想を、ある一定の年齢以上の人は、かならず一度は、聞かされたことがあるだろう。
余命いくばくもない、と、悟った病人が、最後の願いとして、
――バナナを食べたい。
と、願ったことは、当時の日本の各地で、実際に、あったことである。

学生時分、下宿の近所の定食屋が評判だった。
店は汚いが、安くて量が多かった。
自分も始終、その店のお世話になった。
あるとき、なんでこのお仕事を選ばれたのか、ご亭主にお訊きしたことがあった。
――なに、きみたち、若い人たちには、せめて、腹一杯、飯を食べてもらいたくてな。


バナナは説明する必要はないだろうが、闇米、配給、栄養失調、これらの単語は、いまや辞書のなかの言葉となった。

給食が冷たくてかわいそうだから、と、温かいご飯を食べさせる。
お菜も、二、三種類のなかから、好きなものを選ばせる。

それでいて、
――戦争の悲惨さを、次代に伝えていかなければならない。
ですか?

ごめんなさい。その手のジョークは、私には解りません。
| Mac | 気まぐれなコラム | 10:38 | - | - |
元始、文学者は……
平塚らいてう風に云うと、
――元始、文学者は歌手であった。
それは洋の東西を問わない。『イーリアス』や『オデュッセイア』は云うに及ばず、『ギルガメッシュ叙事詩』も、『マハーバーラタ』も『ラーマーヤナ』も、『シャルルマーニュ伝説』も、『古事記』や『日本書紀』も、そのもともとは、だれかがだれかにその内容を語ることによって――おそらくは節(現在で云うところの“曲”)をつけて――、拡まっていったのだと思われる。

われわれに身近なのは、『平家物語』であろう。琵琶法師(日本の吟遊詩人)の爪弾く琵琶の音曲に乗せて、平家の栄枯盛衰が語られる。
これこそ、元始の、文学と音楽とのありかたである。

歴史のなかで、あらゆる製作物の製作過程が細分され分業されていったように、“物語”もその担う役割が細分され、分業されていった。
まず、語られる内容と、それに付随していた節(曲)が分離した。
前者の役割を担ったのが、詩人、小説家、俳人、歌人となり、後者の役割を担ったのが、音楽家と呼ばれた。
そして、語られる内容の創造と、その表現が分離した。
前者は劇作家、作曲家、作詞家、等々と呼ばれ、後者は俳優、奏者、歌手、等々と呼ばれた。
しかし共通しているのは、そこにあるのが“物語”である、と、云うことである。
“物語”とは、読んで字の如く、“物”を“語る”のである。
ここで云う“物”とは、波乱万丈の、あるいは紅涙袖を絞る、もしくは夏なお寒きをおぼえさせる、いわゆる“ストーリー”である。あるいは“これはこうである”と云う、主張である。
“語る”と云っても、ただのんべんだらりと喋るのではない。
節をつけ、抑揚を工夫する。それは文字になっても同じで、それが“文体”と呼ばれる。現に我々は、小説家の文体を評して、“○○節”などと云う。
司馬遼太郎氏の文体を「司馬節」と云い、松本清張氏の書き方を「清張節」などと云う。
あるいは、“○○調”などとも云う。
海外の文学などでは「ヴィクトリア調」であるとか、「ハードボイルド調」などと云う。“節”も“調”も、音楽の用語である。
元始、文学と音楽とは、一致していた。
その現代の形態、現代の吟遊詩人とも云うべき存在が、シンガーソングライターである。

2016年のノーベル文学賞は、ボブ・ディラン氏に贈られた。
おそらく全世界の人々は、意外の念をもってこの報せを受けたことだろうが、如上のことどもを思い合わせてみるならば、今回の授賞は、まことに当を得たもの、“文学”と云うものの原点に回帰した選考である、と、云えないだろうか。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 20:22 | - | - |
死刑廃止論の根拠
死刑廃止の件について、世上、様々な意見が闘わされているようだが、自分としては、どちらに与する、と、云うこともない。
なるほど、ごもっとも、と、廃止論にも、存続論にも、いちいちうなづいているのだから、定見のないこと、おびただしい。
ただ自分としては、各界著名の諸氏の、舌端火を噴かんばかりの死刑廃止論よりも、ズシン、と、胸にこたえた、死刑廃止論の根拠がある。
それは――『裸の銃を持つ男』と云う、アメリカのコメディ映画に出てくる場面である。

この映画のラスト近く、主人公のドレビン警部補は、情熱ほとばしるあまりの行き過ぎ捜査――これが、“ダーティ・ハリー”こと、ハリー・キャラハン刑事なら、シリアスなのだが、あいにくこの映画の主人公、フランク・ドレビン警部補となると、ドタバタのコメディとなる――がたたって、引責辞任のやむなきにいたる。
上司や同僚たちが“心配そうに”見守るなか、ドレビン警部補は、次々と、自分のデスクを整理していく。
ふとひとつの抽斗を開けて、一葉の写真を取り出すと、その写真を感慨深そうにながめ――、
「こいつらも不幸なヤツだよ」フン、と、鼻を鳴らすと「この俺に捕まったばっかりに、死刑になった……。二日後に、真犯人が捕まった」
| 映ちゃん | 気まぐれなコラム | 22:31 | - | - |
死刑制度廃止、賛成!
Webのニュースによると、今日(2016年10月7日)、日本弁護牛連合会(日弁連)は、4年後の2020年(平成22年)までに死刑制度を廃止して、終身刑の導入を検討することを宣言したそうだ。(http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&id=4230786&from=home&position=1)
これによって、「今後は死刑廃止を訴える活動が活発になる可能性がある。死刑存廃の議論に影響を与えそうだ。」と、記事は結ばれている。

ボクらの仲間内でも、たまに話のネタになるが、ボクは死刑制度の廃止には賛成だ。
死刑制度など廃止して、仇討の制度を復活させればいい。
犯罪被害者やその遺族、関係者の心情に寄り添ってみれば、犯人を“自分の手で”殺してやりたい、と、思うのは、当然じゃないか。
どうしても死刑制度を存続させたい、と、云うのなら、せめて、その死刑の執行は、当該事件の被害者の遺族や関係者にやらせるべきだ。
まさか、“憎い犯人は殺してやりたいが、自分の手は汚したくない”などと思う、犯罪被害者の遺族や関係者はいないだろう。
いやいや、“手を汚す”などとは、思うまい。
極悪非道、冷酷無残、卑怯卑劣で、死に値する犯人の生命を絶つ、と、云うのだから、さしずめ、崇高にして偉大、尊敬に値する神聖な行為を成就したときのような、神々しくもきよらかな、清々しく、さわやかな心もちがするに違いない。
したがって、仇討の制度を復活させるべきである!
百歩譲って死刑制度を存続させるにしても、犯罪被害者の遺族や関係者による死刑の執行、それこそが、犯罪被害者や、その遺族、関係者に配慮した、適正なる法の運用と云うものであろう。
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 20:38 | - | - |
伝えよう! 戦争の悲惨さ
よく標題に掲げたようなことが云われます。8月の間だけは。
世人のいわゆる“戦争の悲惨さ”なるものが、じつは“敗戦の悲惨さ”であることは、我々の仲間内では、共通理解になっていることなのですが、ここではそのことはさておきまして――――

世人はよく、“戦争の悲惨さを風化させてはならない”、“戦争の悲惨さを子どもや孫たちに伝えなくてはならない”などとのたまいますが、まったく、お笑い草です。我々はそう云うのを指して、“偽善”と、云っています。

おや、お怒りになられましたか?

よろしい。“戦争の悲惨さ”なるものを、本当に、真から、心から、孫子に伝えようと思ったら、手っ取り早い方策が、ひとつだけあります。

それは――――

学校給食の献立を、終戦直後に、みんなが食べていたのと、同じものにすることです。
そして、学校の制服を、終戦直後に、みなが来ていた服と同じものにすることです。

できますかね? できやしないでしょう?
なんだかんだ云っても、みんな言葉の上っ面だけなんですよ。
“戦争の悲惨さを語り継がねばならない”なんて、云ってもね。

先にも記しましたように、これはぼくらの仲間内では、“戦争の悲惨さ”ではなく、“敗戦の悲惨さ”なんですが、その“敗戦の悲惨さ”すら満足に伝えられないのに、“戦争の悲惨さ”を伝えられるはずなんて、あるわけありません。
ウヌボレ、自己満足、お涙ちょうだい、感情的自慰は、いいかげんにしてもらいたいものですね。

温かく美味しい給食をお腹いっぱい食べさせて、継の当たっていない小奇麗なおべべを着させて、それでなにが、“戦争の悲惨さを伝える”ですか。

戦後七十年超、日本人もジョークのセンスは、よくなったものですね。
 
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 04:34 | - | - |
みんなが知っている……
嘉門達夫氏の歌に、
「みんなが知っている それが緑だと云うことは なのになぜ 素直に緑と云えないのか 絵の具のなかの ビリジアン」
と、云うのがあります(歌詞はちょっと違うかもしれません。意味は同じです)。

それで、ふと、思いました。
「みんなが知っている それが軍隊だと云うことは なのになぜ 素直に国防軍と云えないのか とある国の 自衛隊」
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 02:20 | - | - |
少子高齢化社会
 「少子高齢化」が云々されるようになって、ずいぶん経つように思います。
 2012(平成24)年9月17日、いわゆる敬老の日、65歳以上の方の全人口に占める割合が、24%になったと、毎日新聞朝刊が報じておりました。
 4年前、当時の野田政府が民主党の公約を破棄して消費税の増税を成立させましたが、その際の口実として使われたのが、「税と社会保障の一体化」と云うものでありまして、将来の少子高齢化を見据えて、持続的な社会保障のためには、恒久的な財源の確保、すなわち消費税の増税が必要不可欠である、と、云うものです。
 消費税と云うと悪税のような印象をもたれがちですが、そこにはそれで、利点もあります。
 その第一は、税逃れ、いわゆる脱税がしにくい、というところにあります。
 いわゆる「クロヨン」、「トーゴーサン」などと呼ばれる不公正が是正される、と云うものです。
 消費税をよしとする政治家諸氏がよく口にする「不公平税制の是正」と云う言葉の意味は、おそらくこのことを指しているのだろうと思われます。
 また、国家がその運営経費として国民から金銭を徴収する方式には、税の他に、国民健康保険と、国民年金があります。しかしこの両者も、直接税と同じく、非常にその徴収がむつかしいのです。とりわけ国民年金の徴収額が大幅に減少して由々しき問題になっていることは、昨今の報道などでみなさん、よく御存知のことと思います。
 これを消費税に切り替えれば、徴収が円滑に進行する、と、云うのです。
 そのためにはもちろん、国民年金や国民健康保険の徴収額を減少させなければなりません。
 消費税の欠点につきましては、これも多く指摘されておりますので、ここでは詳述しませんが、その最大のものは、課税率が累進的でなく、低所得者層に負担が大きいことでしょう。
 3万円の物品を買うのに、月収40万円の人も、月収20万円の人も、同額の消費税を納めなければならないことになるのです。税率8%ならば、2,400円、税率10%ならば、3,000円です。
 なるほど、これは不公平ですね。
 「所得の多い人は高価な物を多く買うから、それだけ多く税を納めることになる。所得の低い人は高価な物をそんなに買わないし、買う量も少ないから、納税額も少ない。公平じゃないか」
 と、いう人がいるかも知れません。
 むかし、似たようなことを云って、物議を醸した政治家がいましたね。
「所得の多い人は米を多く食う、所得の少ない人は麦を多く食う、そういう経済本然の姿にもっていきたい」
 有名な“麦飯発言”です。いささかデフォルメされて、「貧乏人は麦を食え」として、人口に膾炙していますが。 
 所得の多い人が生活を切り詰めるのは簡単です。しかし、所得の少ない人が生活を切り詰めるのは、容易ではありません。
 どちらも人間です。人間である以上、最低限の衣食住、とりわけ食は確保されなければなりません。
 人間が生きて行くために必要な最低限の物資は、だれでもたいてい同じでして、月収40万円の人が最低限生きて行くために、月収20万円の人が生きて行くために必要な最低限の物資の2倍が必要である、と、云うことにはなりません。
 月収40万円の人が、月収40万円で維持している現在の生活を今後も維持するために、月収20万円の人の2倍の収入が必要であるだけです。
 さて、そう考えると、収入が増えなければ、物価の騰貴や消費税の増税で、より困るのが、低所得者であることは明らかです。
 以上から判明することは、消費税の増税自体、悪いことではないにしましても、それには最低限、以下のような条件が必要だろうと思われることです。
 まず第一に、人々の収入が増大していることです。収入──より正確に云えば、可処分所得──が従来の20%に上昇していれば、消費税が5%増大したところで、さして痛痒は感じないでしょう。
 第二は、消費税を増税するならば、国民年金や国民健康保険の徴収額を減額することです。
 第三に、これは第一のこととも関連しますが、商業産業が盛んになっていることです。
 ここで云う商業とは商品の流通、産業とは商品の製造を指します。その基礎となっているさまざまな取引にも、消費税は課せられています。商業産業が盛んになれば、それに課される消費税の納税額も増え、少々増税したところで、さほどの影響はでないでしょう。
 商業産業の盛衰を見据え、どの程度消費税を課税すればよいか、その加減を按配するのが、経済政治家の役割です。それを実務として執り行うのが、経済官僚の役割です。なんでもかんでも官僚まかせ、官僚いいなりでは、政治家の出る幕はありません。そんな無能な政治家にメシを食わせていられるだけの余裕は、いまの日本にはないはずです。

少子化が進み、現在5人で1人のお年寄を支えているのが、将来は2人で1人のお年寄を支えざるを得ない、と、云うことになっているようです。
 だから、消費税を増税しなくてはならない、と、云うのですが、別に消費税でなくても、法人税でも所得税でも、かまわないではありませんか。なんなら昔のように、物品税を復活させたら、どうでしょう? 消費税がなく、物品税が課税されていた頃は、日本経済は右肩上がりで、繁栄していたのですからね。
 さて、先ほど申しました現在がいつで、将来がいつで、5人で1人の、2人で1人の、と云う数値が、はたして正しいのかどうか、それはさておきまして、傾向としては間違っていないということで、話を進めていきます。
 この「5人で1人、2人で1人」と云う言葉を数式に直しますと、「5人で1人」は「1/5」、「2人で1人」は「1/2」となります。
 そうなりますと、この分子と分母は、いったい、どのようにして、はじきだされたのでしょうか?
 分子はおそらく、年金生活者でしょう。
 では、分母は?
 労働者人口でしょうか? それとも、労働可能人口でしょうか?
 労働者人口と労働可能人口では、エライ違いがあります。労働者人口は、現に就労している人です。労働可能人口は、就労の可能性のある人、です。
 労働可能人口には、現在職を失っている人、いわゆる専業主婦の人、ニートと呼ばれる人、……、そう云ったさまざまな人が算入されるでしょう。
 もしそういった人たちのなかから、特定の人を除くとすれば、どういった規準で、それらの人を除くのでしょうか?
 また、「現に就労している人」の数は、わりあい正確に算出できるかもしれませんが、将来「現に就労している人」の数を正確に算出することは、これはどう考えても、不可能ですね。
 二つの数式を比較するのに、その数値の拠ってきたる基準が別々と云うのでは、これはとうてい、比較にならないでしょう。
 まして、その数値をはじきだす基準があいまいでは、これはもう、なにをかいわんや、です。
 それにもうひとつ、分母を形成する数値には、分子を支えるべき納税額が反映されていません。
 同じ5人でも、40万円を納税するのと、20万円を納税するのとでは、やはり違いがあるでしょう。
 仮に、高齢者1人の生活費が20万円としますと、5人で20万円を納税し、その税金がすべて高齢者の生活費に当てられるとしますと、これはトントンですが、5人で40万円を納税し、その税金がすべて高齢者の生活費に当てられるとしますと、これはもう、余裕があるわけです。
 これをもって考えますに、単純に人口の頭割りで高齢者を支える数式を考えるのではなく、その納税額をもって、これを考えるべきであることが、お分かりになろうかと思います。
 まぁ、いろいろ生意気なことを述べましたが、おそらくそのようなことはすべてふまえたうえで、この数値は出ているのでしょうね。
 
 「少子高齢化」と云う言葉で問題にされているのは、いわゆる「年金生活者」の数に比して、労働可能人口が少なくなっていることでしょう。
 しかしそれが、ことほどさように大騒ぎする問題とも思えません。
 日本経済は、米国のいわゆる「リーマン・ショック」以来、より長期の視点から見れば、いわゆる「バブル」の崩壊以来、長い不景気のなかにあります。幾度か好況に転じたようですが、それでも個人の実感としては、ずっと不況が続いているように思われます。
 失業や就職難に悩む人の数はいっこうに減少せず、学業を終えた人たちの就職率も、決して芳ばしくないようです。
 職のある人も苛酷な労働環境──長時間労働、きびしいノルマ、それに比しての低賃金、等々──と、リストラの恐怖にさらされているようです。
 企業経営者は、生産性をあげ、より多くの利潤を獲得するために、設備投資に力を注ぎます。ここで云う設備とは、機械設備のことでして、残念ながら、人のことではありません。
 むしろ、設備としての人、労働力としての人は、極力これを減らそうとします。人の数が減らせなければ、人に要する費用を減らそうとします。いわゆる、人件費の削減、と云うやつです。
 この傾向の必然性は、カール・マルクス氏が『資本論』で詳述していますので、興味のあるかたはぜひご一読ください。
 しかしそれを理論としては把握できなくても、実際の現象としては、みなさん、なるほどそのとおり、と、うなずかれるでしょう。
 こうして多くの失業者や未就職者──マルクス氏の言に拠れば、「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」──が形成されます。
 「形成されます」と、述べましたが、これらの人々は、まさに、「形成される」のです。
 また、マルクス氏が述べておられますように、これらの人々は「相対的」過剰人口でして、「絶対的」過剰人口ではありません。
 これらの人々は、自然的にではなく、人工的に、作り出されるのです。
 なんのために? 企業経営者らが、より多くの利潤を獲得するために、です。
 企業経営者らは、不況になればこれら人々を多く作り出し、好況になれば、これらの人々を雇用します。
 企業経営者にしてみれば、この「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」は、多ければ多いほど、ありがたいものです。
 不況期には、その人たちとは関係がありません。
 好況期にその人たちを雇うことになると、その人たちの人数が多いほうが、企業経営者にとっては有利です。
 早い話が、20人を雇うとして、50人のなかから雇うのと、150人のなかから雇うのとでは、どちらが雇う側にとっては有利でしょうか?
 いわゆる、「競争原理」と云うやつですね。
 競争者が多ければ多いだけ、売ろうとするモノの値段は下がります。
 より安く売ろとする人間が多くなります。
 この場合の「売ろうとするモノ」とは、「みずからの労働力」でして、その対価は「賃金」つまり「給料」です。
 「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」が多ければ多いほど、企業経営者がその人たちを雇用せんとする際に支払う「賃金」すなわち「給料」は、低くすることができるのです。
 そして先述しましたように、自分が雇用している人に支払う賃金をできるだけ低くすることが、企業経営者にとっては、たいへん重要なことなのです。
 だからこそ、企業経営者たちは、「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」の多いことを望みますし、またそうしようとします。
 しかし、どんなに企業経営者たちが頑張っても、この「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」を形成するには、限界があります。
 その限界を画するのが、自然人口です。
 生まれて来る人たちが減少し、労働可能人口自体が減少すれば、いくら人為的に労働者人口を減少させたところで、おっつかなくなるでしょう。
 現在の労働可能人口が七千万人で、労働者人口が四千万人とします。
 残る三千万人が、「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」となります。
 これが将来、人口の自然減、いわゆる「少子化」になって、労働可能人口が四千万人になれば、「相対的過剰人口」あるいは「産業予備軍」はゼロとなり、完全雇用が実現します。
 そうなると、双方の力関係にも変化が生じます。企業経営者に対して、労働者の力が大きくなります。
 これがもし、労働可能人口が三千万人にも落ち込みますと、双方の力関係だけでなく、その意識形態にまで、激大な変化が生じるでしょう。
 「雇ってやってるんだ」、「働かせてやってるんだ」という、企業経営者側の尊大で不遜な意識、「雇ってもらってる」、「働かせてもらってる」という、労働者側の卑屈で奴隷的な意識が、「働いてもらってる」、「働いてやってる」という意識に、互いの意識が変革されるでしょう。
 それを怖れるからこそ、企業経営者たちは、あらゆるマスコミやインテリゲンチャたちを動員して、「少子高齢化」の危機を訴えているのだと、思われます。
| Mac | 気まぐれなコラム | 22:36 | - | - |
不倫? 浮気?
ろ〜りぃが知り合いから聞いた話を、ろ〜りぃから聞いたのだが、そもそも「不倫」と云うのは、有夫の女性が、独身の男と関係を持つことを云うのだそうである。
有夫有婦の男女が関係を持つことや、有婦の男性が独身の女性と関係を持つことなどは、「浮気」なのだそうである。
その伝でいくと、今回の騒動(SMAPの解散問題ではない)は、「不倫」ではなく、(男の風上にはおろか、風下にも置けぬ)男性側の「浮気」であって、「不倫」ではないことになる。
それはともかく、女性の側がCMなどの出演を打ち切られ、(性根の腐った)男性の側がいけしゃあしゃあと、LIVEだの、TV出演だのをしているのを見ると、なるほど、芸能界とは、奇想天外摩訶不思議な世界であるわい、と、思わざるを得ない。
| Mac | 気まぐれなコラム | 22:49 | - | - |
拝啓 金正恩 閣下
拝啓 金正恩 閣下
このたびは水爆実験のご成功、おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げますとともに、深く感謝する次第であります。
と、申しますのも、閣下もご承知のとおり、我が国では先の国会で、安全保障関連法案が成立いたしました。
それは喜ばしいのですが、その成立の過程におきまして、無知蒙昧なる若者学生どもが徒党を組んでこの法案に反対し、恥ずべきバカ騒ぎを演じまして、まことに腹立たしく、遺憾に思った次第であります。
しかも、そのようなバカ騒ぎを演じた奴輩に共感し、その奇矯な言動を支持する愚か者が、我が国民中に多く存在するのは、まったく憂慮すべき、残念な事実であります。
国会が終了いたしましても、奴輩は雲散霧消するどころか、インターネットを通じてオルグを行い、そのシンパを増やして、来る参議院議員選挙で野党候補を応援することを公言しております。
そのような憂慮すべき事態に困惑しているさなか、それも、我が国が通常国会を召集した2日後に、貴国が水爆実験を行い、これを成功させましたることは、まことにありがたいご援護でありまして、心よりお礼申し上げます。
我が国の最隣国たる貴国が水爆の実験に成功したと云う事実によって、我々を支持する、常識のある、健全な人々──日の丸の旗の下に日本を護ろうと志し、国防力の充実やそのための法制整備、兵士調達等に理解を示す真の愛国者─の勢いは爆発的に増大し、平和だの、戦争反対だのと、戯言世迷言をほざくしか能のない、無知蒙昧なブサヨ連中は沈黙せざるを得なくなるでしょう。
我々の支持者は、貴国の脅威を大いに喧伝し、少々生活が苦しくなろうとも、我が国の軍備の充実を優先せよ、との声を挙げるでしょう。
軍備に国費を費やせば、国民の生活が圧迫されることは、洋の東西、時の古今を問わない真実でありますが、どうぞご心配なく。我が国民は困苦に耐えることには慣れておりますし、なによりそのような路線を選択したのは、多くの国民自身となるでしょうから。
貴国におかれましては、その国民中の大多数が、困苦と貧窮に喘いでいるにもかかわらず、水爆実験の成功と云う偉業を成し遂げられました。
我が国におきましても、翌年4月より、消費税を10%に引き上げます。
増加した税収は、もちろん、社会保障──我が国の仮想敵国が、我が国並びに我が国の同盟国、友好国に対してなさんとする武力攻撃に対して、我が国すなわち社会を防衛保障するため─に費やします。
たとえ一時的に国民を犠牲にしても、国防力を強化せんとする閣下の姿勢には、大いに見習うべき点があると、つねづね思っておりました。
たとえ国民に困苦貧窮を課すことになろうとも、国土は防衛せねばなりません。国家あっての国民、我々政治家あっての国民なのですから。
互いにアジアの東に位置する国同士、無知無能な国民どもを大いに啓発し、搾り取り、クダラヌ批判などには耳を貸さず、小生意気なマスコミどもは脅し上げ、ハデな宣伝と示威行為で目をくらませ、ズンズンドンドン、軍備を拡張して行こうではありませんか。
貴国と我が国と、体制は異なっておりましても、軍需産業から得られる利益が莫大なことには、双方ともに変りはないのですから。

                      某国総理大臣 AB C3
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 22:55 | - | - |
バンドの曲目
わたいは“バンド”なるものを組んだことがない。
でも、例えばバンドを組んで――
「クリスマスなんだから、これと、これと、これと、……、を演らなくちゃ。
聴く人がどう思おうと、クリスマスなんだから、演らなくちゃ」
と、決めたとする。

ところがそれが、ど〜も、評判が宜しくなさそうだ、と、分ってくるとする。

そこで――
「これと、これは、全力で行こう。これとこれは力抜いて、ちょっと、いいかげんになってもいいから……」
「いや、それやったら、こっちとこっちに力入れて、こっちとこっちのほうを流して……」
なんて、ことになったとする。

そんなことになってくると、
「聴いてる方のことなんか考えずに、自分らが、”演るんや!”と決めたら、全部、ちゃんと演れや!」
「手ェ抜くんなら、最初っから演るな!」
と、思ってしまう。

バンドの演奏の話である。
軽減税率の話ではない。
| ろ〜りぃ | 気まぐれなコラム | 22:10 | - | - |
夢、いつまでも……
父親が、息子に訊いた。
「なぁ、大きくなったら、なにになりたい?」
「サッカー選手!」
幼い息子は、うれしげな笑顔で応えた。
「パパは?」
今度は、息子が訊ねた。
「うん? そうだなぁ、パパは、野球選手に、なりたかったなぁ」
 自分が現在の息子と同じ齢だった頃のときを思い出して、しみじみとなった。
「違うよ。パパは、おっきくなったなら、なんになりたいの?」
 ハッ、と、思った。
――現在の自分は、いままでの人生のなかで、いちばん、年老いている。
 しかし、これからの人生のなかでは、現在が、いちばん、若い。
 夢を見るのは、子どもだけの特権ではない。
 大人が夢を見て、なにが悪い?
 いくつになっても、夢を見るのは、恥ずかしいことではない。
 夢を諦めることこそ、恥ずかしいことである!
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 22:03 | - | - |
お化けなんてないさ
むかし、
♪お化けなんてないさ、お化けなんてウソさ……
と、云う唄があった。
現在でもあるのかもしれない。

或る人の本に、こんなことが書いてあった。
息子さんを連れて遊園地のお化け屋敷に入ったときのことである。
「前に来たときには、お化けが怖くて泣いていた息子が、今度は、
『お化けなんていないんだ、お化けなんていないんだ』
と、必死になって、自分に言い聞かせている。」
そして――
「息子は自分自身にそう言い聞かせることによって、内心の恐怖と、懸命に闘っている」

大人でも、或ることに遭遇して重圧を感じると、
「なに、こんなこと、大したことじゃない」
と、思いこもうと努める傾向がある。

自分の力では払い除けることができない重圧を、せめて少しでも緩和しようとする衝動から習得した、自己防衛反応の一種、と、云えるかもしれない。

7%を目指していた中国の経済成長率が、6.9%だった、いよいよ中国経済の破滅だ、いや、それもウソで、実は中国の経済成長率は、3%程度なのだ、と、騒いでいる国がある。

ほんとうは怖いくせに、あえてその怖さを抑えつけようとして、
「♪お化けなんてないさ、お化けなんてウソさ」
と、唄って、必死に内心の恐怖心と闘っている子どもみたいで、じつに微笑ましい。
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 11:38 | - | - |
食事の時間
幼少時、食事の時間が苦痛だった。
主な理由は二つあって、一つは偏食がひどかったのである。
なにしろ、イカ、タコ、エビ、カニ、肉、が、まったくダメで、それらがちょっとでも入っていると、食べられなかった。
剥き蝦が入っているだけで炒飯が食べられず、肉じゃがもカレーもダメ、すき焼き、水炊き、とんかつなど、トンデモナイ、であった。
それじゃあ、キライなものだけ除ければいいじゃないか、と、云うと、そうもいかなかった。
それが入っていた、と、思うと、もうそれだけで、その他のものも食べられない。
例えば、肉じゃがから肉だけ除ければ、他のものは食べられたかと云うと、それがそうはいかない。
肉のにおいや味が染み込んでいて(少なくとも、そのような気がして)、他の食材も――じゃがいもも、糸こんにゃくも――食べられなかったのである。
だからすき焼きなぞでも、肉さえ食べなければいいじゃないか、と、云うわけにはいかなかったのである。
第一、そんな生易しい親ではなかった。おかずの選り好みなどしようものなら、怒声とビンタが飛んでくる。
現在なら親も先生も、キライなものなら無理して食べなくていい、と、云うだろう。
給食にキライなおかずが出て、それをムリヤリ食べさせようなどとしたら、その先生は処罰されるだろう。
しかし昔は、と、云うと変だが、わたしの幼い頃は、親も先生も、そんなに寛大ではなかった。
偏食はワガママと見做され(現在にして思えば当然なのだが)、両頬をつまんで口をこじ開けられ、押し込むようにして食べさせられたものである。
給食の時間でも、その時間中に食べ終えられず、続く昼休み、掃除の時間、さらには5時間目の授業が始まってからも、ひとり机を離されて、全部食べ終えるまで赦されなかった憶えがある。
現在なら新聞沙汰になるところである。
そんなわけで、当時は食事と云うと、拷問に等しいものがあった。

もう一つの理由は――、行儀が悪かったのである。
現在はほとんどが洋風――と、云うと、笑われるかもしれない。それほど、イスとテーブルの食卓が普通になっているのだろうが、わたしの幼い頃は、まだまだ畳の上に食卓――いわゆる卓袱台――を持ち出して食事をする、と、云うことがあった。
そんな場合、合掌して「いただきます」と、云ってから(最近は云わないようだ)、同じく合掌して「おごちそうさまでした」と云うまで(これも云わないようだ)、正坐した膝を崩してはならなかった。
ちょっとでも膝を崩そうものなら、容赦なく叩かれる。
それでは椅子とテーブルでの食事ならよかったか、と、云うと、なかなかどうして、そんな生易しいものではない。
椅子の背もたれに背中が触れると、怒鳴られる。
身体の正面とテーブルとが離れていると怒られる。
過日、ファミレスで、小学校低学年くらいの男の子が足を組んで食事している光景を目の当たりにして――もちろん、親も同席していた――、慄然としたものである。
我が家で食事中に足を組もうものなら……考えただけでゾッとする。そんな命知らずなマネは、とてもできない。およそ、考えられもしなかった。
ピチャピチャ、クチャクチャ、音を立てて食べようものなら、落雷のような怒声が降りかかってくる。
物心ついた頃から重度の蓄膿症を患っており、鼻で呼吸の出来なかった身としては、非常に理不尽な仕打ちに思えたのだが、そんな言い訳の通用する親ではなかった。あまりにその不作法が重なると、これまた容赦のない平手打ちが襲ってくる。
茶碗をわしづかみにするのもご法度だった。親指以外の四本の手を揃えて糸尻に添え、親指で茶碗の縁を支える。もちろん、その茶碗を食事中に食卓に降ろすことなど、もってのほかであった。
「味噌汁を食べる時以外、茶碗をおろすな」
と、云うのが、我が親の教えであった。
ときに、箸で打たれることもあった。自分の持っていた箸をすばやく逆に持ち替え、その箸でピシャリとやるのである。
その箸の使い方にも、小言(実感から云うと、とても、小言、などと云う、生易しいものではない。あれはまさしく、怒声、で、あった)が飛んで来る。
「それはお葬式のとき、お骨を拾うときの持ち方や」
「ちゃんと持ち」
「お箸の真ん中からちょっと上を持って……、親指と人差し指で上のお箸をもって、中指を間に挟んで、薬指と小指で下のお箸を支えて……」
親は何度も実践してみせてくれるのだが、生来不器用なわたしは、なんどやってもうまく行かない。
箸が開かず、くっついたままである。
いきおい、御飯なぞは、かきこむことになる。
すると、
「行儀が悪い」
と、怒声が降りかかってくる。
箸がちゃんと持てないと、小さなものがつかめない。
菜っ葉の端っこ、お魚の一切れ、一粒の御飯……。
「なんや、この汚い食べ方は」
と、怒られる。
「御飯一粒でも残すと、目がつぶれるんやで」
子どもながらに、そんな因果関係があるか、と、思ったが、口にするわけにはいかない。
巷間、“箸の上げ下ろしにも”と云う言葉があるが、我が家では、とても、箸の上げ下ろしだけではすまなかった。
そんな生易しいものではなかったのである。
「まったく、あんたみたいな子は……。恥かしゅうて、とても人さまの前には出されへんわ」
なんどその言葉を聞かされたことか分らない。
ただでさえ偏食がはげしくて食事がつまらないうえに、そのつまらない食事中に、のべつ幕なしに怒られ、怒鳴られ、叩かれるのである。ときには六畳の部屋の真ん中から次の部屋との敷居まで飛ぶくらい強烈に殴られ、イスから転げ落ちるほど叩かれたことも、襟首をつかんで家の外に放り出されたことも、一度や二度ではない。
祖母は信心深い人で、よく地獄極楽の話をしてくれて、また、地獄極楽のことを描いた絵本をあてがってくれたものだが、幼いわたしは、
「地獄って、御飯の時間が続くとこなんやなぁ」
と、思ったものである。


先日、とあるお店で、かまあら炊きをいただいた。
食べ終わると、
「きれいに食べはるねぇ」
と、感嘆のお声をいただいた。
「こんなにきれいに食べはる人、めったにおらんわ」
と、食べ終わったわたしの皿を、わざわざ厨房の奥にいる料理長さんにお見せして、
「ほら、こんなにきれいに食べてくれはったんよ」
料理長さんもわざわざ厨房の奥から出てきてくれて、
「こんなにきれいに食べていただいて、ありがとうございます」
丁寧に頭をさげてくださった。
こちらは恐縮するやら、嬉しいやら……。
美味しいお食事をいただいて、そのうえ食べ方まで褒めていただいたのは、おそらくはじめてである。
そこで思い出した話がある。
イソップ物語にあった話である。

あるとき幼い子供が玩具を盗んできた。
母親は、怒っては子供がかわいそうだ、と思って、そのことを叱らなかった。
その子は、次々と人のものを盗むようになり、やがては大泥棒となった。
その彼もついには捕まり、死刑を宣告された。
我が子の最期をひとめ見ようと処刑場にやって来た母親に向かって、息子は叫んだ。
「なぜあのとき、俺を叱ってくれなかったんだ!」

この年齢なって、親に感謝する。
あのとき、俺を叱ってくれて、ありがとう、と。
| ろ〜りぃ | 気まぐれなコラム | 10:50 | - | - |
ピース又吉氏、芥川賞受賞
お笑い芸人、ピース又吉氏が芥川賞を受賞して評判になっている。
読んでいないに身には、その受賞が妥当かどうか、判断するべくもないのだが、さりとて読んでみようと云う気にもならないのも、また、事実である。
なにもお笑い芸人が書いた本だから、と、云うのではない。
いったいに本と云うものは(本にかぎらないのだが)、どんな人が書いたか、などと云うものは、問題にならないものである。
お笑い芸人が書いた本であろうが、神父さんが書いた本であろうが、連続放火犯が書いた本であろうが、高校生が書いた本であろうが、書かれた内容が良いか悪いか、面白いか面白くないか、である。
だから芥川賞にしても(芥川賞にかぎらず、その他の賞でもそうなのだが)、本来必要な情報は、授賞作品名と作者名、そして授賞理由だけで充分なのである。
作者の履歴や職業など、不要である。
「お笑い芸人の書いた本など、面白いはずがない」
と、云う感想も、
「お笑い芸人が書いたのか、面白そうだ」
と、云う感想も、均しくつまらぬ感想である。
賞には権威が附随する。
「○○賞を受賞した」と云うことは、その作品がおもしろい、スバラシイ、人生の貴重な時間の幾許かを、この本を読むことに費やして充分な価値がある、そう太鼓判を押されたも同じことである。
「この本面白いぞ、読んでみ」
と、云われて、事実面白ければ、そして薦められた本が面白かった、と云う事実が、累積されればされるだけ、その人の判断は重きをなす。
賞の権威とは、そう云うものである。
ところが近年の芥川賞には、そのような権威はない。
実際、芥川賞を受賞した作家で、その後活躍し、多くの人がその人の作品が発表されるのを心待ちにし、発表されれば途端にそれを手にしてむさぼり読む、などと云うことが、起っていますかね?
むしろ、昨年の芥川賞の、あるいは前回の受賞者が誰だったか、記憶にない、と、云う人が、ほとんどなんじゃないだろうか?
芥川賞の権威がなくなった、と、断ずる所以である。
だからこそ、近年の芥川賞は、話題になりそうな作品あるいは作者を選んで授賞しているのではなかろうか、と、憶測されるのである。
また、選考委員がいかに弁解しても、そう憶測されてやむを得ないものがあるのである。
ピース又吉氏の『火花』が、この後三年後、五年後も多くの人に読まれているだろうか。
過去の芥川賞受賞者のその後の活躍ぶりからして、到底期待はできないし、そんな本を読むことに時間を費やすほど、吾人はヒマではないのである。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 11:29 | - | - |
193と893
小学生の頃、こんなことを云って喜んでいた。
「193って、な〜んだ?」
「一休さん!」
「じゃあ、893は?」
「ヤクザ!」

“ヤクザ”の語源にもいろいろな説があるが、花札賭博(オイチョカブ?)で、8、9、3の札が揃うと、全く役に立たない無効の手役(いわゆる“ブタ”)になり、それが転じて、なんの役にも立たない、無能な人間のことを、“ヤクザ”と云うようになった、と、云うのが、有力な説になっている。

“ヤクザ”の語源と同様、その本来の発生説にも諸説あるが、その中のひとつに、江戸時代、役職に就けずにあぶれていた血気盛んな旗本・御家人の次男坊や三男坊たちの集団と、常日頃は仕事のない威勢のいい町火消しの連中たちの集団が、“ヤクザ”のルーツだ、と、云うのがある。
町火消しの連中は江戸っ子たちの人気を集め、旗本・御家人の次男坊や三男坊たちは、お上の権威権力を笠に着ている。
いずれも、穏当な人たちからは、顰蹙されていた集団だったであろう。

過日、とある国会議員秘書のマスコミ取材陣に対するその対しようが、まるで暴力団そのもの、ヤクザそのものである、と、評された。

なるほど、ネットに投稿されたその動画を見ると、まさにそのとおりである。

しかし、“表現の自由”、“報道の自由”を振りかざして取材対象に迫るマスコミ取材陣たちの態度にしても、とても、紳士淑女の振る舞いであります、とは、云いかねる。

旗本・御家人の次男坊や三男坊の集団と、町火消しの集団との喧嘩沙汰……。

そう思って辟易したのは、なにもわたしばかりではないだろう。
| Mac | 気まぐれなコラム | 01:54 | - | - |
修学旅行
平成8年12月、ペルーの日本人大使公邸がテロリストたちによって占拠された。
日本にとっては、阪神大震災以来の、危機管理能力が問われる大事件であった。
この事件は、当時のペルー大統領フジモリ氏の決断による強行突入によって、幕を降ろした。
事件後、当時の総理大臣、橋本龍太郎氏は、ペルー人で人質となっていたギュスティ最高裁判事と兵士二人の家族を日本に招待した。
その家族たち――とりわけ子どもたち――は、東京ディズニーランドや江戸博覧会などを見物し、大いに愉しんだ。
橋本首相も、満足げであった。
一日、橋本首相と面会したギュスティ判事の娘さんは云った。
「ディズニーランドも江戸博覧会も愉しかったですが、せっかく日本に来たのだから、ヒロシマに行きたい。
わたしたちは“被爆”と云うものを知りません。この機会にぜひ、“被爆”と云うものの実態を目にしておきたいのです。
ぜひ、ヒロシマに行かせてください」

いま日本の中学生、高校生たちが修学旅行に行く行先は、どこだろうか?
東京ディズニーランド? ディズニー・シー? USJ? それとも、海外だろうか?

ひめゆりの塔、知覧航空基地、広島や長崎の原爆資料館……。
これらの地が、これからの日本を背負って立つべき、若き人たちの修学旅行先に選ばれないとは、日本はなんと、情けない国に成り果ててしまったのだろうか……。


| Mac | 気まぐれなコラム | 12:52 | - | - |
男女七歳にして……?
『虞美人草』のなかに、主人公の小野さんが、京都から上京してきたかつての恩師父娘を、博覧会に案内する場面があります。
その様子を、たまたま藤尾たちに目撃され、後日藤尾に、遠回しに責められるのですが、そのくだりで、漱石は次のように書いています。
「若い女と連れ立って路を行くは当世である。ただ歩くだけなら名誉になろうとも瑕疵とはいわせぬ。」
おや? と、思いませんか?
明治期に、若い男女が連れ立って歩く、しかもそれが「当世である」と、云うのには、意外の感をおぼえませんか?
『三四郎』にも、団子坂の菊見に行った美禰子と三四郎が、野々宮君や広田先生とはぐれ、二人で郊外を散歩する様子が描かれています。
我々は(少なくとも、わたしは)、明治の人たちは、「男女七歳にして席を同じゅうせず」の教えを受けて育ったもの、と、思っているのですから。
しかしどうやら、それは誤解であったようです。
明治の御世は、現在我々が想像するよりも、よほど自由で、のびのびした時代だったようです。
黒澤明監督が仰っておられました。
「(黒澤監督のデビュウ作『姿三四郎』の)あの魅力って、なんだと思う? えっ? あれはね、明治の、あの明るさなんだよ。明治の頃のあの明るさが、あの作品の魅力なんだよ。明治の頃って云うのは、ほんとに明るい、のびのびした時代だったんだよ」
司馬遼太郎氏は、幕末から日露戦争にかけて、日本が成長発展していった時期を描いたご自分の作品に、『坂の上の雲』と云う題を付されました。
“明治”と云う時代は、まさに日本が、“坂の上の雲”に憧れ、“坂の上の雲”にたどり着くことを目指して、ひたすらに坂を登って行った、そんな時代だったのでしょう。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 08:00 | - | - |
違法と資格
国からの補助金や交付金を受けている団体や企業から献金を受けることは、法によって禁止されている。
だから、そんなことがあっても、
「わたしは知らなかった」
と、云う。
知らなければ、違法にはならない。
違法にはならないかも知れないが、自分を支援してくれている団体が、どこのどの団体や企業から、いくら献金を受けているのか、そんなことも把握できないような人間に、とても国の行政を総覧し、司令することはできないであろう。
そんな人間に、国の行政は委せられない。
国の行政どころか、一家の家計すら、安心して、委せられない。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 11:13 | - | - |
仰げば尊し
昨日のLIVEで、「仰げば尊し」を聴いた。
いかに卒業シーズンであり、いかにお年を召されたかた(失礼!)であるとは云え、ライヴで「仰げば尊し」とは、サプライズである。
もっとも、自分も、同じライブ・ハウスでロシア民謡を演り、マスターをして、
「長いことこの仕事やってるが、ライブ・ハウスでロシア民謡演ったヤツは初めてや」
と、笑われたくらいだから、人さまのことは云えない。
しかし、ロシア民謡であれ、「仰げば尊し」であれ、佳曲は佳曲なのである。
現に自分程度の者でも、ロシア民謡で喜んでくださるかたもいらっしゃる。
「懐かしい」
「昔はよう歌ぉた」
[“うたごえ喫茶”ちゅうのがあってなぁ」
と、目を細めて喜んでくださる。
昨日の「仰げば尊し」も、まさに、そんな感じだった。

かつて生意気盛りの小・中学生の頃は、この歌が嫌いだった。
自分が音痴だったからではない。
先生に、ありがとう、と、云い、先生に感謝する歌を、先生たちが自分たち生徒に歌うように強いるとはなにごとか、と、反発したのである。
中学校を卒業するときは、あえて歌わず、口パクでごまかしたことを憶えている。

あれから三十余年、「仰げば尊し」を憶えておいてよかった、と、思う。

親友とも云うべき友人の一人が、中学校の教師になる、と、その将来の希望を述べたとき、自分はおこがましくも、このような忠告を与えたものである。
「先生ちゅうのは、損な商売やぞ。
おまえがいくら、一生懸命、生徒たちのためを思うて、生徒たちのためによかれと思うて、生徒たちのために頑張っても、生徒たちはそんなこと、ちっとも、解かりはせん。
『うっとうしい先公や』
『なんで、あいつの云うこと、聞かなならんのや』
『ほっとけよ、キモイねん』
云うのがほとんどや。
おまえがやったことが生徒たちの身に沁みるのは、生徒たちが卒業して、大人になって、あちこちに散って行って、嫁はん旦那子ども出来たときやねん。
そんときに、
『あぁ、あんときは反発ばっかりしてたけど、あの先生に会えてよかったなぁ』
『俺の(あたしの)中学校のときのあの先生、ええ先生やったなぁ』
『いまんなって、あの先生の云うてたこと、解かるなぁ』
云うて、思ってもらえるねん。
でもそんな思いは、おまえは聞かれへんねんぞ。
そんなこと、思うてくれるヤツがおるかどうかも、おまえには解れへん。
ただ、信じるしかないんや。
なんの根拠もなくても、
『俺の気もちは、俺のやってることは、きっとこいつらのためになる。こいつらも、いつの日にか、きっと、解かってくれるはずや』
そう信じて、毎日毎日を生きて行かなあかんねん。
ツラいぞ。シンドイぞ。
おまえ、そんだけの覚悟、あるか?」
その友人は、一言だけ、云った。
「ある」
と。

自分が、黒澤明監督の熱烈な信者であることは、知る人ぞ知る事実である。
その黒澤明監督の遺作となった『まあだだよ』の冒頭は、こんなシーンであった。
百寮萓犬硫箸法△つての教え子たちが集まってくる。
みな、立派な背広に身をかためた、一人前の大人である。
彼らは先生夫妻とともに、“馬鹿鍋”をつついている。
馬の肉と鹿の肉を鍋にしているから、“馬鹿鍋”である。
「あんときの先生にはまいったよなぁ」
「あの悪戯の発起人は、たしか、君だったな」
「バカ云え、僕はそんなこと云いはせん。ありゃ、こいつが云いだしたんだ」
「おいおい、そりゃ誤解だ。僕はなにも……」
そんな会話が続き、和気藹々とした雰囲気のなか、突如、みなが膝を正すと、
「♪仰げばぁ〜、尊しぃ〜、我が師の〜、恩〜」
と、歌い出す。
すばらしく美しいシーンである。

かつて自分が小・中学生の頃に思ったようなことを、いまだに思い続けている親がいるらしい。
先生たちが自分たちに感謝するような歌を、子どもたちに歌わせるとはなにごとか、と。
貧しい心性である。
子どもたちがかわいそうである。
彼ら彼女らが大きくなったとき、かつての自分を振返って、自分たちを育ててくれた先生たちに感謝の念を表したいと思ったとき、彼ら彼女らは、なんの歌を歌うのだろうか?
それとも、そんな親に育てられた彼ら彼女らは、先生に対する尊敬、ありがたさ、懐かしさをも、感じ得ない人間に成り果ててしまうのだろうか?
もしそうならば……人間として、じつに、悲しいことである。

| ろ〜りぃ | 気まぐれなコラム | 12:51 | - | - |
漱石の日
昨2/21は、“夏目漱石の日”だったそうである。
漱石は、鴎外などとは違って、真に“文豪”と称されるに相応しい作家であり、大好きな作家のひとりなのだが、その漱石が文部省から博士号を授与されることになったとき、

ホトトギス 厠半ばに 出かねたり

の、句を詠んで、これを辞退したことは有名な話である。

それが2月21日のことだったので、この日を以て、“夏目漱石の日”としたのだ、と、云うことである。

漱石はその著、『彼岸過迄』を公けにするにあたって、「文壇の裏通りも露路も覗いた経験」のない、「全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息している」、「教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公けにし得る自分を幸福と信じている。」
と、述べている。

そんな漱石にとって、勿体らしい博士号など、無用の装飾であったであろう。
いやむしろ、侮辱とすら、感じられたかもしれない。
博士号の授与を“侮辱”と感じる心性は、漱石の作品を読めば、よく解かるだろうと思う。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 10:08 | - | - |
「最愛」と云う曲がある……
「最愛」と云う曲がある。
柏原芳恵と云う、当時はアイドルだった歌手(?)が歌っていた曲である。
サビの部分は、次のような歌詞になっている。

「♪二番目に好きな人 三番目に好きな人 その人なりに 愛せるでしょう
でも一番に 好きだったのは わたし誰にも言わないけど 死ぬまで貴方」

実際にこんな女性がいたら、その人には、生涯独身を貫いていただきたいものである。

“あなたは二番目(或いは三番目)に好きな人なんだけど、それなりに愛せるから、あなたと一緒になるわ。でもあたしが一番好きなのは、死ぬまであの人なの”

なるほど、誰にも言えたものではない。
こんな女と一緒になった(二番目或いは三番目の)男こそ、イイ面の皮、気の毒なものである。
「最愛」ではなく、「最低」のほうが相応しい。

ろ〜りぃに聞いたのだが、作詞作曲は、あの中島みゆきさんらしい。みゆきさんの曲はどれも好きなので、最初そう聞いたときは、ビックリした。
と、云っても、この曲も、そんなに嫌いなわけではない。
引用したサビの部分が嫌いで、それが漠然とした違和感――喉に魚の骨が引っ掛かったときのような違和感――として、感じられていたのである。
おそらくみゆきさんも、当時のアイドルに提供する曲とあって、やむなく、それに相応しい、浅はかな世界を、構築せざるを得なかったのだろう。

しかし世の中は広い。人の気も様々である。
それでもいい、と、云う男も、けっこういるかも知れない。
それはそれでよかろうし、それはそれで、ある意味、立派かも知れない。

ただ自分としては、そんなのはゴメンである。
“あの人にフラれたから、あんたにするわ”と、云われても、“謹んでご辞退いたします”としか、自分には、云いようがない。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 22:01 | - | - |
中学時代の理科の先生が……
中学時代の理科の先生(女性)が、教科書に載っている大鷲の写真を見て、
「かっこいいわねぇ〜」
と、惚れ惚れ云った。
また、その下に載っていた子リスの写真を見て、
「かわいいわねぇ〜」
と、愛おしそうに云った。
そして、
「人間でも動物でも、一生懸命生きてる姿を見ると、『かっこいい』とか、『かわいい』とか、いい言葉で表現したくなるのよね〜」
と、云った。
大嫌いな先生ではあったが、このときばかりは、“いいこと云うじゃねえか”と、思わざるを得なかった。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 21:47 | - | - |
「脱亜入欧」から「和魂洋才」へ
福澤諭吉の著作は読んだことがないので、はたして彼が、その高い世評に相応しい思想家であるかどうか、判別はつきかねる。
それでも、「脱亜入欧」と云う言葉が、彼の言葉であることくらいは知っている。
明治維新政府は、欧米列強によるアジア蚕食に対する危機感と、徳川幕府の政策に対する不信感によって成立した。
それゆえに、「尊皇攘夷」――天皇を尊び、夷狄を攘ち払う――が、討幕のスローガンとなったのである。
しかし、「尊王攘夷」を旗印にして成立した明治維新政府は、欧米列強との親交を篤くし、交易を盛んにした。
そして、国力を充実させ(いわゆる“富国強兵”、“殖産興業”)、遂には欧米列強に比肩する一等国となった。
「攘夷」を旗印にして成立した明治維新政府が、なにゆえに欧米列強に追随するような政策、いわゆる“欧化政策”を採ったのか?
幕末の尊攘志士久坂玄瑞は云った。
「彼の国の勝れたところを学び、その知識を以て、彼の国から我が国を衛るのである」
と。
激烈なる帝国主義の時代、弱肉強食、勝てば官軍、の、時代である。
プロシャの宰相、ビスマルクは云った。
「国際法などと云うものは、強国のためのものだ。弱小国にあっては、国際法など、なんの役にも立たない。弱小国が恃めるのは、みずからの軍備だけだ」
と。
そんな時代に、日本が独立を維持し得たのは、四方を海に囲まれている、と、云う、地理上の要因も大きかったであろう。
また、アジアを蚕食せんとする欧米列強の勢力が、東アジアにあって均衡していた、と、云う、地政学上の要因もあったであろう。
それにも増して、欧米列強によるアジア蚕食に対する危機感が、強烈に発酵していたことが挙げられるであろう。
日本人は、欧米列強の蚕食からみずからの国を衛るために、欧米列強の文物を採り入れ、国力を充実させて、みずからの尊厳と独立を衛り抜いた。
これこそが、真の“攘夷”である。
その“攘夷”を完遂するために欧米列強に学ぶと云う姿勢が、後進諸国たる亜細亜から脱して欧米の仲間入りをせねばならぬ、と、云う、当時の風潮の思想上の表現が、福澤のいわゆる「脱亜入欧」である。
なるほど、当時としては、当然の思想であったであろう。
しかし、現在はどうか?
同じ東洋人種でありながら、同じ東洋人種の人々を蔑視し、欧米人種には媚びへつらう。
情けない心情である。
在日の韓国・朝鮮の人々が特権を受けているのは我慢できなくても、在日米軍人が特権を受けているのは我慢できる。我慢しているどころではない。なんとも思っていないのである。
在日米軍人が日本人の少女をレイプしてもなんらの抗議の声も挙げないが、在日韓国・朝鮮人が生活保護受けていれば、直ちに抗議の声を挙げる。
どこまで白人種に媚びへつらえば、気がすむのか?
それが日本人の、“美しき心情”か?
現在、日本人の志向する“保守回帰”、“日本の誇り”なるものは、じつは、明治以後、欧米の思想を導入してつくりあげられた思想である。
我々は、自分たちの国、自分たちを表現するに際して、「和」と云う。
日本食とは、和食である。
日本国とは、和国である。
日本人とは、和人である。
そして、「和」とは、「平和」の「和」である。
「和らぎ」の「和」であるである。
聖徳太子は云った。
「和をもって尊しとなす」
と。
日本人は世界にも類を見ないほどの悠久たる歴史をもち、その長い歴史のなかで、明治以前、外国に攻め入ったことは、秀吉の文禄・慶長の役以外、一度たりとも、なかった。
明治天皇は、日露戦争の直前、このような歌を詠まれた。
「四方(よも)の海 みな同胞(はらから)と思う世に など波風の 立ち騒ぐらむ」
自然を愛し、自然と共に生き、人を愛し、人と共に生き、争わず、闘わず、みな和やかに暮らしていくこと、みな和やかに暮らしていけるような世の中にしていこうと、日々努力しているところにこそ、世界に誇れる日本人の心情の美しさがあるのではないのか?
なるほど、西洋に学ぶべきところはまだまだ多い。
しかし、なにがなんでも、西洋がいいわけではない。
西洋の「才」は採っても、「和」の「魂」を売り渡してはならない。
福澤諭吉は、「脱亜入欧」を唱えるとともに、「和魂洋才」をも唱えた。
明治維新から150年近くになろうとしている。
もうそろそろこのへんで、徒らな欧米追従――「脱亜入欧」とは縁を切り、「和魂洋才」へと、切り換えるべきではなかろうか。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 18:06 | - | - |
成人の日
今日は成人の日である。
そんなわけで、このブログを読んでくれている新成人のきみたちに、少々、愚論を開陳する。エラそうなことを述べるから、うっとうしかったら、無視してくれていい。
成人の日は、昔は1月15日と定まっていたのだが、いつ頃からか、1月の第2月曜日、となった。
おそらく、親元地元を離れて就学就職しているきみたちたちが帰省しやすいように、と、云う、政治家諸公の配慮であろう。政治家連中も、たまには、粋なことをする。
さて、この日各地では、新成人を祝う各種の儀式が行われる。
TVなどで観ると、たいがいは、ホールや会館などに集まった新成人たちが、もっともらしいことを述べるエライさんの話を拝聴している。
しかしきみたちたちは、そんなおエライさんの話など、まともに聴いてはいないだろう。
きみらの頭を占めているのは、久しぶりに再会した、旧友たちとの語らいのひとときであろう。
それでいい。
壇上からもっともらしいことを述べている市長さんや知事さん、議員のみなさまがたにしても、職務の一環で述べているにすぎない。将来きみたちが地元に帰ってきたとき、一票にでもなれば御の字だ、と、思っているだけだろう。
いづれの日にか、きみたちが地元に帰ってきて、地域発展の一翼を担ってくれるように、とでも、思っていれば、リッパなものである。
今日はあちこちで、成人としての心がまえなどを聴かされるだろう。うっとうしいことだ。同情に堪えない。
なにしろ、大人でござい、と、ばかりにエラそうにしている世の大人たちで、きみたちが尊敬でき、目標にでき、「こんな大人になりたい!」と、思えるような大人が、はたしていますかね?
成人の日とは、ともに青春期を過ごした友だちと久々に再会し、懐かしき日々を回想し、新たな門出を祝って夢を語り合う、そんな日である。
親にとってみれば、よくぞここまで育ってくれた、と、感慨に浸る日である。
きみたちにはまだ実感できまいが、子どもを20年間にわたって育てあげると云うのは、並大抵の事業ではない。
しかし、きみたちはそんなことを知る必要はない。これからイヤでも、そのことは実感するのだから。
そのときに、親のことを思い、そのときに、親に感謝できればいい。
それよりもこの成人の日は、世の大人たちが――自分もそのひとりなのだが――、「自分は子どもたち――新成人たち――から、“こんな大人になりたい”と、思われるような、そんな大人になっているだろうか?」と、みずからを顧みる日である。
そう云う意味で、成人の日は、新成人よりは、旧成人にとって、重い意味を持つ日である。


| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 08:16 | - | - |
1月7日に勃発したフランスの……
1月7日に勃発したフランスの新聞社襲撃事件に関しては、MacなりWoodyなりが何か書くだろうから、ここでは簡単に、思い浮かんだことを記すにとどめる。

彼ら(フランス国民及びその支持者たち)の云う「表現の自由」には、「他者あるいは他者の尊崇するものを、侮蔑し、嘲笑し、貶め、侮辱し、賤しめ、バカにする権利」が含まれているものと思われる。

彼ら(フランス国民及びその支持者たち)は、「他者あるいは他者の尊崇するものを、侮蔑し、嘲笑し、貶め、侮辱し、賤しめ、バカにする」ことは「表現の自由」である、として、これを是認するが、それに対する怒りを“テロ”として「表現」する「自由」は認めないらしい。

また、フランス各地で、モスクなどのイスラム教関係施設が攻撃されていると云う。
誰によってか、は、あきらかではないが、まさか、イスラム教関係者ではなかろう。もちろん、その国の大統領が、「卑劣なテロは許さない」と明言している、フランスの国民でもないはずだ。
それともフランスでは、「卑劣なテロ行為」は許されなくても、テロ行為に対する、任意に対象を選別しての個別的な報復行為は許されるのだろうか?それもいわゆる「表現の自由」なのだろうか?
侮辱に対する怒りを「テロ」と云う形式で「表現」する「自由」はなくても、テロに対する怒りを「個別的攻撃」と云う形式で「表現」する「自由」はあるのだろうか?


ちなみに、さっきウェブサイトを閲覧してみたら、件のフランス各地でイスラム教関係施設が攻撃されていると云うニュースが見当たらなくなった。なぜだろう? 虚報だったのか? 写真もアップされていたのだが、あの写真も捏造されたものだったのか? それとも、無関係の写真だったのだろうか?

日本でも「表現の自由」の観点から、この事件の犯人を糾弾し、この新聞社を讃美応援する意見があるが、それでは仮に、この新聞社が(他の新聞社でもいいが)、天皇を風刺する漫画を掲載したとしても、これら日本の人々は、「表現の自由」を尊重して、それを受け入れるのでしょうね?
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 16:00 | - | - |
おまえの母ちゃん、デベソ!
昔の子どもが口ゲンカする際の決まり文句に、「おまえの母ちゃん、デベソ!」と、云うのがあった。
あるときその文句を口にしたところ、学校の先生に、
「相手のことを云うのはかまいません。でも、相手の大切な人や、相手が尊敬している人、相手の大事な人のことを悪く云ってはいけません。たとえその人が、あなたにとってはどうでもいいような人であっても、です」
と、怒られた。

1月7日、フランス・パリの週刊新聞社が自動小銃を持った2人組の男によって襲撃され、12人が死亡し、数人が重体となる事件が発生した。
その新聞社は風刺漫画の掲載をもって鳴っており、過日、イスラム教の教祖ムハンマドを諷した漫画を掲載したことに対して怒りをおぼえたイスラム教徒もしくはそのシンパによる犯行と見做されている。

もとよりテロ行為は容認さるべきではないし、称賛する謂われもない。
今回の事件を、「表現の自由」に対する攻撃である、と、考えるのも、無理からぬことではあるだろう。
しかし今回の事件でハッキリしたのは、少なくともフランスでは、吾人が小学生の頃先生に怒られたような、あんな教育、あんな躾は、なされていない、と、云うことである。
| Mac | 気まぐれなコラム | 09:37 | - | - |
サンタクロース
小さい頃は、サンタクロースを信じていた。
クリスマスの夜(正確には、クリスマス・イヴの夜)、いい子にしていた子どもの枕元に、プレゼントを置いていってくれる、赤い服を着て、赤い帽子をかぶった、白いひげの太ったおじいさんがいる、と、信じていた。
そのおじいさんは、トナカイの曳く橇に乗って、世界中のいい子たちに、プレゼントを配っているのだ、と、信じていた。

知恵がつき、マセてくると、“サンタクロースなんているものか”と、思うようになった。
“あれは、パパやママが、ぼくが寝てから、枕元に置いてるんだ”
“サンタクロースなんて、シンデレラや桃太郎といっしょさ。外国のおとぎ話さ”
と、思うようになった。

あれから数十年、いまでは、
「やっぱり、サンタクロースって、いるんだな」
と、思うようになった。
クリスマスともなると、みんな、心なしか、ウキウキしてくる。
心はずんで、なんとなく、愉しい気分になる。
いつもはしかめっ面をしている朴念仁も、なぜかそのイカツイ頬をゆるめる。
いつもは残業残業でロクに子どもと一緒に晩飯を食ったことのない親も、“今日くらいは、家族でゆっくりと、晩ごはんでも食べようか”と、云う気になる。
毎日毎日呑んだくれている酒飲みも、“今日くらいはまっすぐ帰って、アイツをビックリさせてやるか”と、云う気分になる。
“そうだ、あの人にも、だいぶ世話になったなぁ。なんかちょっと、旨いモンでも買っていくか”と、思うようになる。
クリスマスになると、みんななんとなく、こころ愉しく、やさしい気分になる。
この時期にみんなに訪れる、そんなやさしい気分、そんなほんわかとした気分のことを、“サンタクロース”と云うのだろう、と、この頃、思うようになった。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 09:23 | - | - |
歴史は繰り返す、と云うが……
歴史は繰り返す、と、云うが、かつて岸内閣は、衆議院を解散して(いわゆる“話し合い解散”)総選挙に勝利すると、第2次内閣を組織して日米安保条約の改定に邁進した。
結果、歴史に残る国民運動、安保反対の大騒動を巻き起こした。
今回の衆院選で、与党が圧勝するであろうことは、ほぼ既定事実となっている。
第3次安倍内閣では、衆院選の争点に掲げた「アベノミクスの是非」は背後に隠され、安全保障、すなわち集団的自衛権行使のための法整備が前面に出てくるだろう。
安倍首相は衆院選での圧勝で得た多数の議席を背景に、「国民の信任を得た」との名目を掲げて、集団的自衛権行使のための法整備に邁進するだろう。
これはなにも、安倍氏が岸氏の孫であり、歴史は繰り返す、と、云われるから、と云うばかりの理由からではない。
内に不満が高じれば、外征を興してその不満をそらす、と、云う手法は、古来、洋の東西を問わず、為政者たちが採用してきた常套手段である。
内政(この場合は「アベノミクス」と云われる経済政策)が効果をあげなければ(あげない、と、吾人は思うのだが)、その失政を覆い隠すために、外国の軍事的脅威を扇伝し、外政(この場合は集団的自衛権行使のための法整備)に力を傾注することになろう。
そのさい国民が、かつての安保騒動のような大規模な反対運動を展開するかどうか、どうもしないように思われる。
デフレ脱却はいつまで経っても「道半ば」のままで、徒らに防衛力や米軍への“思いやり予算”のみ、増加するようになるであろう。
はたして国民は、いつまでそのような状況に耐えることができるのであろうか。
日本国民の辛抱と我慢の限度が試される、歴史における実験が、衆院選後から始まろうとしているように思われる。
| Mac | 気まぐれなコラム | 11:45 | - | - |
衆議院議員選挙が公示され……
衆議院議員選挙が公示され、選挙戦が本格的に始まった感がある。
もっとも、「選挙戦が本格的に始まった」と、実感して目の色を変えているのは、当の政治家本人たちと、一部の狂信家や迷妄家(いわゆる「ウヨク」や「サヨク」)の連中くらいだろう。
野党の各士並びにその支持者の方たちには残念だろうが、現在の情勢では、自民党の優位は揺るぎないように思われる。
野党各党は今回の解散について、「大義がない」と云うが、衆議院の解散は総理大臣の専権事項であり、その権限行使に関して他から掣肘を受ける謂われは、本来、ない。
内閣を率いる総理大臣は、いついかなるときでも、衆議院が有権者の意思を正しく代表しているかを確認するために、これを解散し得る。その解散が不当なものかどうかを判断するのは有権者であり、その判断は選挙を通して表明される。それが議院内閣制の根幹のひとつでもある。
それに今回の解散総選挙の論点については、単に「アベノミクスの是非を問う」、「(公約した)消費税10%への増税の先送りについて、是非を問う」と云うだけにとどまらず、任期4年間の中間期に際し、これまでの第2次安倍政権の国家運営に関して実施された政策について、あるいはそれらが実施されなかったことに対して、その是非を問う、と云う意味合いがある。
これまでの様々な国家運営に関して実施された、あるいは実施されなかった政策──消費税8%への増税、集団的自衛権の行使容認の閣議決定、経済政策(いわゆる“アベノミクス”)、雇用対策、女性の雇用就労対策、国会議員の定数削減、等々──に対して、である。
ちょうど、米国議会における中間選挙に類似した意味合いである。
米国の中間選挙と決定的・根本的・本質的に違うのは、その結果がどうあれ、世界の情勢には、何の影響も与えない、と、云うことである。
日本の衆議院議員総選挙の結果如何にかかわらず、それからなんらの影響を受けることもなく、世界の情勢も、アジアの情勢も、粛々として進んで行く。
日本は、自己満足的お祭り選挙を行っている間にも、世界情勢、アジア情勢から、確実に取り残されて行く。
それが、今回の衆議院議員総選挙における、唯一の、確実な結果である。
| Mac | 気まぐれなコラム | 12:44 | - | - |
情けなや……
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141127-00000081-mai-soci

情けない話である。
自民党は前々回の衆議院議員選挙で大敗し、政権を逸したのを、マスコミの「偏向報道」のせいにしているようだ。
自分らの政策がマズかったからだ、とは、毛頭、思っていないらしい。

そして国民有権者が、マスコミの報道如何によって、その意思を左右されるもの、と、思っているらしい。
なんとも、国民をバカにした言い草、態度である。

それにつけても、こんなことになれば、マスコミ各社は、こぞって、反対声明を出すなり、抗議行動を起こすなりしそうなもんである。
それがまったく、平穏そのもの。なんらの動きもない。
政権与党の恫喝にビビッて、萎縮しているのか。
そんな要請など、柳に風、と、受け流しているのか。

いずれにしても、芸能人の私生活を暴くことには熱心であっても、政治向きの事に関しては、あまり深入りしないのが、昨今のマスコミの風潮らしい。

「寄らば大樹の陰」を金科玉条としているのは、なにも庶民や、公○党ばかりではなさそうである。
そんなことだから、「マスゴミ」と、云われるのである。
| Mac | 気まぐれなコラム | 17:13 | - | - |
TV時代劇
TV時代劇を見なくなって久しくなりました。
と、云っても、自分が観ていたわけではありません。TV番組のなかで見なくなって、久しい、と、云う意味です。
昔は各局とも、ゴールデン・タイムには、かならず、と、云っていいほど、やっていたものです。
『銭形平次』、『水戸黄門』をはじめとして、『大岡越前守』、『遠山の金さん』、『長七郎江戸日記』、『桃太郎侍』、『破れ傘刀舟』、『荒野の素浪人』、はては、『座頭市』まで……。
まさにキラ星の如く、TV時代劇が製作され、放映されていたものでした。
主演を勤める方々は、いずれも映画史に残る大スターばかり。
東野英治郎さん、西村晃さん、加藤剛さん、北大路欣也さん、中村梅之助さん、松平健さん、高橋英樹さん、松方弘樹さん、里見浩太郎さん、萬屋錦之介さん、そして、近衛十四郎さん、勝新太郎さん、三船敏郎さんまで、それぞれ、一本の映画で主役を張るに充分な方々が、こぞって、TV時代劇に出演なされていたのです。
まさにその頃は、TV時代劇の全盛時代、TV時代劇花盛りの時代でした。
しかし自分は、まともにそれらのTV時代劇を観たことはありませんでした。
理由は簡単です。
あまりにも、安っぽいからです。
セットもお粗末、撮影もお粗末、演出もお粗末、せっかくの大スターも、失礼ながら、片手間に遊んで演じておられるかのようにしか、思えませんでした。
そしてなによりも、脚本と云いますか、お話がいただけません。
「庶民が悪いヤツにいじめられている(庶民はたいがい長屋暮らしの町人で、悪いヤツはたいがい代官とか商人とかです)。そこに主人公の侍がやってきて、悪人を懲らしめて、善良な庶民を救う」と、云った話です。
要は、“庶民”は、まじめに正しく生きていれば、いつか“白馬に乗った王子さま”ならぬ、“正義の侍”
があらわれて、その苦難を救ってくれる”と、いうワケです。
悪い意味での“他力本願”です。
そこには、“自分(たち)の苦難は、自分(たち)でなんとかしてみせる”と、云う、力勁さがありません。
それが“庶民”だと云うのでしょうか?
だとすれば、あまりに情けない心性と云えるでしょう。
“お上”になんとかしてもらうのではなく、“自分たちでなんとかする”と、云う、気位と心意気があってこその、“庶民”ではないでしょうか。
“政治家がワルい”、“役人官僚がワルい”、“財界のヤツラがワルい”などと云っていても、なにも変わりはしません。
変えることができるのは、“庶民”なのです。
“庶民”がその力を発揮してこそ、変わるのです。
数ある(あった)TV時代劇のなかで、唯一観ていたのが、“必殺シリーズ”でした。
それは、「水戸黄門の印籠を叩き落として足で踏みにじるような」、「それまでの時代劇が、体制側、権力の側から描かれていたのを、反体制、反権力の側から描く」ドラマでした。
そこに描かれる“庶民”は、官憲や悪徳商人、あるいは法網をかいくぐって生きている輩に対する、尽きせぬ恨みを晴らすために、仕事人にその復讐を依頼します。
仕事人も、それら“庶民”の涙で、その復讐を引き受ける訳ではありません。対価となる金銭を要求します。“庶民”は血の涙で稼いだ幾許かの金銭でもって、仕事人に復讐を依頼するのです。
その仕事人たちも、いわゆる“表の顔”は、市井の庶民です。下級官僚であったり、簪屋の職人であったり、三味線の師匠であったり、一介の書生であったり、です。
彼らはいわゆる“正義の味方”などではありません。
金で殺しを請け負う、“職業殺し屋”です。
彼らはそのことを熟知し、そこに毅然としたけじめを画しています。
「世直しなんて、まだそんな甘っちょろいことを考えているのか」
とあるエピソードのなかで、仲間の若い仕事人は云われます。
また、別のエピソードのなかでは、幼馴染の無念を晴らしてやりたいあまり、
「俺に払える仕事料はこれしかねぇ」
と、云って、簪を仲間の前に出す男に、
「そいつはしまえ。今回の仕事料は俺が出す」
と、云って、足袋のなかから、ヘソクリの金を投げ出します。
仕事人仲間のうちでも、とりわけ金にこだわる主水が云うからこそ、活きる場面です。
“自分たちは、金で殺しを請け負う、殺し屋にすぎない”
その自覚が頑としてあればこそ、たとえ形だけにせよ、“仕事料”にこだわるのです。
そう云った“仕事人”を必要とし、そう云った“仕事人”を必要とされる世の中とは、なんと悲しい、なんと惨めな、世の中でしょうか。
しかしそこには少なくとも、“庶民”が自分たちの力で、自分たちの出来る精一杯のことで、“お上”に、“権力”に、抗おうとする姿勢が垣間見られます。
それこそが、数ある(あった)TV時代劇のなかで、“必殺シリーズ”が、異色、と、云われた所以であり、また、他のTV時代劇を観ない層(当時の若い世代)をも、惹きつけた所以でもあったのであろう、と、思われます。
| 映ちゃん | 気まぐれなコラム | 15:06 | - | - |
スマホを見ながら歩いている人について
スマホを見ながら歩いている人たちについて、各人の曰く──、
Mac「いいことじゃないか。
ムシャクシャしているときなんか、わざとそいつにぶつかって、持ってるスマホを叩き落してやるんだ。
そうすれば、少しは気が晴れる。そいつのスマホが壊れでもしたら、ザマーミロ! ってなもんで、すっきりするね」
哲っちゃん「個別主観性が充満して溢れ出んとしている一現象と云える」
遊冶郎「スキだらけだから、どうぞ襲ってくださいって、言い触らしてるようなもんだな」
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 22:58 | - | - |
“達意の名文”と云う言葉が……
“達意の名文”と云う言葉があるが、文章とは本来、書き手の思ったこと(意)を、文字を以て、相手(読み手)に伝えるものである。
「書き手の思ったこと(意)」のうちには、風景などを、あたかも読み手の眼前に髣髴させる作用も含まれる。
と、すれば、“達意の名文”と云う言葉は、一種の同義反復であろう。
“意”を達さぬ名文など、あろうはずはない。
| 築山散作 | 気まぐれなコラム | 22:54 | - | - |
プラトンは『パイドロス』のなかで……
プラトンは『パイドロス』のなかで、“真実らしく”語るには、“真実”を知っておらねばならない、と、云う意味のことを云っている。
文章も同じで、対象を把握していないと、簡潔で、的確で、明瞭な文章を書くことはできない。
対象を把握していないと、文章はまわりくどく、冗漫で、雑駁になる。
書き方そのものではなく、対象を把握する理解力、認識力を研鑽しなければ、いい文章は書けない。
| 哲ッちゃん | 気まぐれなコラム | 22:20 | - | - |
親中安倍政権
安倍内閣は、第2次内閣以来、いよいよ、親中・親韓傾向を深めつつある。
閣僚が靖国神社に参拝したり、在特会の幹部と揃って写真を撮ったりしたことが公けになれば、中国や韓国が日本に反撥することはバカでも分かる。
バカでも分かることが、一国の総理たる安倍ちゃんに分からないはずはない。
中国も韓国も、経済発展に伴う貧富の格差が明瞭になりつつあり、国民の不満はフツフツとたぎりつつある。
そんなとき、日本の閣僚が靖国に参拝したり、在特会の幹部とよしみを通じ合っていたりすれば、中国や韓国にとっては、渡りに船である。
内にくすぶる不満を外にそらすことができる。
中国や韓国は、感情的に日本と対立している姿勢を示しながら、内では国民を締め上げて、経済を発展させることができる。
中国や韓国の経済発展は、相対として、日本の経済低下をもたらす。
日本は外国人労働者の受け入れに厳しく、ブラック企業を黙認して同国人から利潤を貪り取るしか、能がない。
しかも来年には、消費税を10%に引き上げるというのだから、いよいよもって、国力は疲弊するばかりである。
安倍内閣は消費税引き上げを、年金や医療などの、社会保障制度の安定のため、と、のたもうておられるようだが、消費税率の引き上げと法人税率の引き下げとがリンクしていることは、K産党が宣伝するまでもなく、数字の事実として現象している。
消費税を引き上げて国内の消費流通を委縮させ、法人税を引き下げて大企業の“過保護体質”を温存して国際競争力をつけさせず、日本の経済全体を萎靡委縮させていくのが、アベノミクスの実際に現象する効果である。
経済発展を目論み、それを着実に現象させている中国や韓国にとっては、願ってもない経済政策である。
安倍政権は、中韓と対立しているかのように見える陰で、実際上は、中韓に利益を与える方向に邁進している。
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 22:55 | - | - |
勉強、学問、研究
むかし、「 べんきょうしま〜っせ、引越のサ○イ」と、云うCFがあった。
いかにも商人の町大阪らしいCFで、当時はかなり流行ったものだ。
「勉強」と云うと、たいていの人は、学校や塾での授業、家での予習復習、宿題などを思い浮かべることだろう。
ところが、言葉の本来の意味からすると、この「勉強しまっせ」と云う使い方が正しいのだそうである。
「勉」も「強」も、「つとめる、しいる」と云う、“強制”の意味であり、「できないけれども、ムリヤリやる」と云うニュアンスなのだそうである。
だから大阪商人が使う「勉強しまっせ」と云う言葉は、商売のことを学ぶ、と云うのではなく、(値引)できないけれども、涙を呑んで、ムリムリ、値引きします、と云う意味なのだそうである。
アリストテレスはその『形而上学』の冒頭に、「人間は生まれつき、知ることを欲する」と、記している。
「知りたい」と、云うことは、人間の本能のひとつであると云ってもいい。
その対象は、なにも学校や塾での科目に限らない。
「どうしたらアイツの球が打てるか」
「どうしたらおいしく焼けるか」
「どうしたらあの娘とデートできるか」
すべての事象において、人は知ることを欲する。
それは本来、愉しいものである。
けっして、他から強制されてするべきものではない。
だから吾人は、「勉強」と云う言葉を好かない。

「学ぶ」と云う語も、「まねる」の変化形であると云うので、これも好かない。
独創がないからである。
「猿マネ」と云う言葉があるように、ただまねるだけ、ただ憶えるだけでは、「知ること」にはならない。

「学問」はまだいい。「問う」があるからである。たしかに、先人の得た知識を憶える、まねることは大事である。いけないのは、それだけでとどまっていることである。
先人の得た知識を憶え、まね、そこに疑問をもつ。この、“疑問をもつ”と云う姿勢が、大事である。

「研究」と云う言葉は好きである。
「研究」と云うと、理工科系の実験を思い浮かべる人が多いであろう。
しかし、「研究」はなにも、理工科系の専売特許ではない。
「研」も「究」も、「とぐ、みがく」と云う意味がある。
先人から得た知識をとぎ、みがき、よりよきものに仕上げていく。
みずからの心性をとぎ、みがいていく。そんなニュアンスが、「研究」と云う言葉にはこめられているように思う。
だから、さぁ、みなさん! 大いに「学問」し、大いに「研究」しましょう!


| Mac | 気まぐれなコラム | 12:19 | - | - |
「人間は生まれつき……」
「人間は生まれつき、知ることを欲する」
アリストテレスの『形而上学』の冒頭にある、有名な言葉である。
しかり、人間は生まれつき、知ることを欲する。
それはなにも、学校の学問だけではない。
耳学問、と、云うと、なにやら俗っぽいが、本来学問に、耳学問も、目学問も、口学問もない。
あるのは学問、森羅万象、この世の自然現象、人間社会のあれこれ、いままで人間が紡いできたあれこれ、人の心の不可思議さ……、それらを知ろうとする欲求、知りたいという欲求があるだけだ。
「この天地のあいだには、人智などの思いも及ばぬことが幾らもあるのだ」(『ハムレット』、福田恒存訳、新潮文庫)。しかし人間は、その限られた智嚢の全力を尽くして、それらの謎に挑むことができるのである。
自分が成し得たことと成し得なかったことを自分の弟子や子に伝え、その弟子や子は師匠先輩親の成果や教えを引き継ぎ、その成し得なかったことに挑み、さらにその自分の成し得たことと成し得なかったことをさらにその子や弟子に教え引き継ぎ……。
かくして人間は歴史を紡ぎ、進歩していく。
ただたんに本能のおもむくままに、食って寝て、交合して、子孫を残して……、それだけならば、他の動物と変るところはない。
「知りたい」
その欲求は、人間を人間たらしめる、人間に特有な欲求である。
明治維新政府が成立したとき、当時の文部省は「被仰出書」のなかで、このように述べている。
「人たるもの誰か学ばずして可ならんや」、「必ず邑に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん事を期す」

こんな話を聞いたことがある。
被差別部落に生れ、育った、女性の話である。
彼女はその出生のゆえ、小学校にすら行けず、幼い頃から子守や家事奉公などの働きに出され、以来働きづめで、結婚して子供をもうけ、家庭を築いても、字を読むことも、書くことも、出来なかった、と云う。
世が進歩し、便利になってからも、苦痛が耐えることはなかった、と、云う。
買物に、近所のショッピング・センターに行く。
「ポイント・カード、おもちですか?」
と、訊かれる。
「いえ……」
と、云うと、
「おつくりになられませんか?」
と、レジの人は屈託のない笑顔で云う。
“その笑顔が悲しい”
と、彼女は云う。
レジの店員は、彼女になんの恨みもあるわけではない。
それは分かっている。
でも、それでも、そのレジの店員を恨みたくなる。
“字が書けないんです”
“部落の人間なんです”
云えない言葉が、心を駆け巡る。
ぼくらは平然と云う。
「なんて名まえ? へぇ、どんな字? どう書くの?」
「どこに住んでんの?」
それに応えられない人がいる。
「ここにお名まえとご住所をご記入ください」
その言葉が、どれほど残酷な響きを帯びているか、ぼくらはふだん、考えない。
その彼女は、七十歳近くになってから、近所の識字学級に通いだした。
そこで初めて、自分の名まえを、「文字」で書いた、と、云う。
白い紙の上に書かれた、自分の手で書かれた、その「文字」を見たとき、彼女は、涙があふれて止まらなかった、と、云う。
「これがわたしの名まえ……。これが、わたしの、名まえ……。
 きれいな名まえ……。とっても、きれいな、名まえ……」

マララさんが、2014年のノーベル平和賞を受賞なされた。
喜ばしいことである。
しかし、マララさんが本当に欲しいのは、ノーベル平和賞なんかではなく、女の子が、友だちと一緒に、なんの不安もなく、ワチャワチャ騒ぎながら、愉しく学問のできる環境なんじゃないだろうか。
マララさんが欲しいのは、ノーベル賞のメダルよりも、教科書、ノート、鉛筆、そして、みんなで楽しく学べる教室なんじゃないだろうか。
マララさんの受賞を喜ぶ「おとな」のみなさん、マララさんを祝福しているヒマがあったら、マララさんを祝福する心があったら、女の子が、友だちと、キャッキャ、キャッキャ云いながら、愉しく学問できる場所をつくってあげましょうよ。
それが、「おとな」の責任じゃないですか。
| Mac | 気まぐれなコラム | 13:39 | - | - |
2014年のノーベル物理学賞は……
2014年のノーベル物理学賞は、三人の日本人に授与されることが発表された。
赤崎勇氏、天野浩氏、中村修二氏の三名である。
10月7日(火)18時52分に配信された時事通信の記事には、「授賞理由は『明るく、省エネルギーの白色光を可能にした効率的な青色LEDの開発』。選考委員会は、世界の電力消費の4分の1が照明に使われる中、LEDが資源の節約に大きく貢献したと高く評価した。」と、ある。
陰惨でやりきれない、心が暗澹となる報道が続くなか、光り輝くような明るい報せ、いわゆるひとつの久々のビッグ・ニュースである。
さながら重苦しい灰色の雲間から、明るいオレンジ色の陽光が差したような心地がする。
日本中がこの報道に沸き立ち、快哉を叫んだのも無理はない。日本中の人々が、大いに誇りとしたのも理解できる。
しかし、と、ここで吾人は思う。
お三方のうち中村氏は、かつて所属しておられた会社で発明し、それによって得た特許に対する報酬があまりに少ないとして(報奨金2万円だったと聞き及ぶ)、会社を相手どって訴訟を起こされた。
この訴訟によって、会社がいかに、自己に属する研究者を冷遇しているかを知った人も少なくないであろう。
実際中村氏の、その発明に対して得た報酬額を聞いたアメリカの研究者たちは、氏のことを、「スレイブ・ナカムラ」(スレイヴ=奴隷)とあだ名して、同情を表した、と、云う。
この訴訟が起こったとき、日本の世論はどうだったであろうか?
あまりに低すぎるその対価報酬にたいして、
「搾取だ!」
「企業横暴!」
「従業員をなんと思っているのか!」
との声を挙げたであろうか?
なるほど、そう云った声も、皆無ではなかった。
しかしそれらの声を圧倒して世論を形成していたのは、
「金のために研究しているのか!」
「自由に研究させてもらっておいて、恩知らずだ!」
「学者(研究者)のくせに、金に汚い!」
と、云った声が大半だったように思う。
当時この訴訟沙汰を耳にして、江戸幕府が倒れてから130年以上が過ぎ、終戦からでさえ55年以上が過ぎて、平成の御世も10年を過ぎ、21世紀の幕が開いたと云うのに、日本にはいまだに、「滅私奉公」、「名利を顧みず、公に尽くす」、「尽忠報国」を美風とし、労力や成果に正当な対価を与えることを拒否し、労力や成果に正当な対価を要求することを、なにか俗悪なことででもあるかのように感じる心性が残っているのだな、と、情けなく思ったものである。
そのときふと思い出したのは、どこの国だったかは忘れたが、欧州か米国かの、軍隊での話である(アメリカ合衆国の南北戦争だったかな?)。
「ボランティア」と云うと、日本では「みずからの意志で無償奉仕を行う人や、それを行うこと」と、解されているようだが、英語圏では、「義勇軍」という意味もあるそうである。
で、その「ボランティア」=「義勇軍」として戦争に参加した人たちに、軍部は、徴兵した兵士たちよりも、「高い」給料を払ったそうである。
「みずからの意志で志願した」と云う志に、金銭を以て報いたわけであり、しかもそのことを奇異としない心性があるわけである。
我が友、遊冶郎が、
「ボランティア タダで使える 労働力」
と皮肉ったどこかの国の現状とは、エライ違いである。
“マンガの神様”手塚治虫氏は、その名著『ブラック・ジャック』のなかで、主人公ブラック・ジャックに、このように云わせている。
「人の命を救うために懸命に闘っている医者が、正当な報酬を得て、なにが悪い!」
中村修二氏は米国籍を取得され、「アメリカ合衆国市民」となられている。
その動機が、以上述べたような日本人の心性にアイソを尽かされたものだとは、思いたくない。
中村氏のノーベル物理学賞受賞は、日本人がノーベル賞を受賞した、と、云うことよりも、日本人のノーベル賞受賞に歓喜している日本人が、その受賞者がみずからの発明特許にかんして正当な対価報酬を求めて訴訟を起こしたとき、どのように反応し、どのような感想を抱いたか、それをいま一度顧みる機会を与えられたという意味において、慶賀し、祝福すべき出来事であると思う。
| Mac | 気まぐれなコラム | 09:48 | - | - |
伊藤博文が暗殺されたとき……
伊藤博文が暗殺されたとき、松下村塾以来の知り合いであり、時には政敵、時には政友として、幕末の風雲期から、明治新国家の建設、発展をともに担って来た山懸有朋は、
「一介の武弁として、伊藤のような死が羨ましい」
と、洩らしたそうである。

本日10月5日は、“スケバン恐子”こと、桜塚やっくんの命日である。
彼は中国自動車道で、自らの運転する車の事故を後続車に知らせるため車を降りた仲間をかばい、37年の短い人生を散らした。
やっくんの事故死以来、それ以前から“魔のカーブ”と呼ばれて、事故多発地帯であったその場所での事故が半減したと聞く。
やっくんの死を惜しみ、悼む声は多い。
しかし、仲間をかばい、そのままだと多くの死傷者を続出させたであろう道路の安全性を高からしめたことを思えば、一個の男子として、“スケバン恐子”やっくんのような死が、羨ましい。
| Mac | 気まぐれなコラム | 14:58 | - | - |
「井戸塀政治家」と云う言葉がある。
「井戸塀政治家」と云う言葉がある。
正確には、「あった」と、云うべきであろう。
これは、政治家になるには金がかかる。選挙に出るには莫大な金が要るし、いろいろな人間の面倒も見なければならない。その金を工面するために、先祖伝来の山林田畑を売り払い、遂には家屋敷まで手放して、あげくには、井戸と塀しか残らないようになる……、と、云うところからきた言葉である。
幼時この言葉を教えられた吾人は、
「なるほど、政治家になったら、あちこちからようけ金もらえるようになるし、そうなったら、井戸や塀のある家にも住めるようになるねんなぁ」
と、思い、その勘違いを嗤われたものである。
しかし世の中には、「無知の諧謔」と云う言葉がある。
案外現在では、吾人の幼時の解釈のほうが、「井戸塀政治家」と云う言葉の真実をうがっているような気がしてならない。
| 遊冶郎 | 気まぐれなコラム | 13:23 | - | - |
煙草が肺がんの……
煙草が肺がんの重大原因の一つであることは、いまや子どもでも知っている事実だが、その原因物質は、じつは、ニコチンではなく、タールなのである(ニコチンが有害物質であることに変わりはないが)。
タールが発癌の原因であることを立証したのは、日本人、山極勝三郎である。
彼はウサギの耳にコールタールを塗擦し続けると云う、単純で地道な作業を三年以上にわたって繰り返し、遂に世界初の人工癌の発生に成功した。
現在、人工癌の発生とそれによる研究とは、山極勝三郎氏の業績として称賛されている。
氏は1925年、1926年、1928年、1936年と、4度もノーベル生理学・医学賞の受賞者として推薦されたが、受賞には至らなかった。
1926年にノーベル生理学・医学賞を受賞したのは、デンマークの病理学者:ヨハネス・フィビゲル(英語読み:ヨハネス・フィビガー)である。受賞理由は「寄生虫発ガン説に関する研究」である。
しかしこの業績は、現在では否定され、ノーベル賞における三大ミス・ジャッジのひとつとして語られている。

日本人とノーベル生理学・医学賞とは、じつは深い関係、と云うか、因縁がある。
第1回のノーベル賞が授与されたのは1901年だが、このときのノーベル生理学・医学賞は、ドイツのベーリングに授与された。その授賞理由は、「ジフテリアに対する血清療法の研究」と云うものだった。
しかしベーリングの研究成果のほとんどは、北里氏によるものであり、ベーリングはその共同研究者にすぎなかった。ベーリングの「ジフテリアに対する血清療法の研究」自体、それ以前に北里氏が行った破傷風菌純粋培養法(破傷風菌だけを取りだすことに、世界で初めて成功した)、破傷風菌抗毒素の発見、さらに血清療法の開発と云う業績を模したものだった。
北里氏も第1回ノーベル生理学・医学賞の受賞者として推薦を受けたが、結果はベーリングのみの受賞となった。

日本人にいちばんなじみの深い医学研究者と云えば、なんと云っても、野口英世であろう。
2004年から発行されている千円札に、その肖像が用いられている。
氏の研究業績は、蛇毒の血清学的研究 (蛇毒の最初期の血清学的研究として評価されている )、梅毒スピロヘータの純粋培養、梅毒スピロヘータを進行性麻痺・脊髄癆患者の脳病理組織内で発見 (進行性麻痺・脊髄癆が梅毒の進行例であることを証明したもの)、梅毒スピロヘータの感染実験による梅毒の再現 (進行性麻痺患者の脳組織からウサギへの感染実験により麻痺を再現)、小児麻痺病原体特定、 狂犬病病原体特定 、南米・黄熱病病原体特定、ペルー疣とオロヤ熱が同じカリオン氏病の症状であることを証明、熱帯リーシュマニア症の研究 、トラコーマ病原体特定、と、多岐にわたっている。
それらの業績によって、氏もまた、ノーベル生理学・医学賞の受賞者候補に挙げられた。
しかしその業績の大半は、後に至って、否定されている。氏の生きていた世界は細菌学の世界であり、ウイルスによる発病に関しては、まったく、手も足も出なかったのである。

1945年のノーベル生理学・医学賞は、英国の細菌学者、アレクサンダー・フレミング氏に授与された。
授賞理由は、「ペニシリンの発見、および種々の伝染病に対するその治療効果の発見」である。
ペニシリンが青カビの一種で、それが偶然に発見されたことは、有名な話である。
偶然による産物だっただけに、これを実用化するのは、容易なことではなかった。
結局フレミング自身はペニシリンの精製には成功できず、ハワード・フローリーとエルンスト・ボリス・チェーンと云う二人の科学者によって、ペニシリンの精製、および効果的な製剤にする方法が開発された。ペニシリンが発見されてから十年が経った、1940年のことである。
ペニシリンは、第二次世界大戦中には薬剤として大量生産できるようになった。
大戦終了後の各国、とりわけ敗戦国では、ペニシリンは“奇跡の薬”と称され、多くの患者――とりわけ、栄養不足からくる結核患者――とその家族にとっては、渇望はなはだしいものがあった。
敗戦後のウィーンを舞台にした映画『第三の男』で、オーソン・ウエルズ扮するハリー・ライムが、ペニシリンの闇をやっていたことは、映画ファンならよくご存じのことだろう。
日本でも、新憲法の草案を起案していた当時の総理大臣:幣原喜重郎氏が、その重責と過労によって危篤状態に陥ったとき、ペニシリンの投与で一命をとりとめた、と、云う話がある。これは総理大臣と云う地位にあったからこそ可能であったことで、敗戦国の一般庶民には、とても手の出る薬ではなかった。
そう云えば、NHKの大河ドラマ『山河燃ゆ』でも、主人公に扮する松本幸四郎の弟役、西田敏行が、ペニシリンの闇をやって捕まるエピソードがある。

フィビゲル氏や、野口氏の業績のように、今日は栄光に輝いている業績も、時の流れのなかで、否定されていくこともある。
山極氏や北里氏、フレミング氏の業績のように、当時は歯牙にもかけられなかった研究成果が、後に至って、その真価を認知されることもある。
毀誉褒貶は浮薄なる世の常、蓋棺論定の言葉もある。

爾来、STAR細胞の有無をめぐって、騒動が続いている。
割烹着姿で研究を行う女性研究者を、あたかもアイドルの如くにもてはやしておきながら、STAP細胞の存在に疑義が呈されると、手のひらを返して罵詈雑言するマスコミの軽佻浮薄な態度は、冷静沈着に事実を報道すると云う本来の使命や責任、それにともなう矜持を忘却した、まさに、“マスゴミ”と呼ぶにふさわしい態度である。
煽動と阿諛追従に長け、分析綜合の能力に欠ける報道機関のことであるから、いまさら奇異とするにも足りないが、少しは「恥」と云うものを知ってもらいたいものである。
それまでは羨望渇仰憧憬していながら、フラれた途端に悪口を言い触らして歩く中学生と変わりない、と、云えば、いまどきの中学生にたいして、失礼であろうか?
吾人としては、個人のプライバシーをあからさまにすることを“報道の自由”と勘違いしているマスコミと称される低能児どもや、弱者を叩くことを以て正義の発露と思い込んでいる“庶民”と云う名の銀蠅どもの雑音に煩わされることなく、地道に研究を続けられ、いずれの日にか、みごとにSTAP細胞を作りあげることに成功していただきたい、と、願うものである。
| Mac | 気まぐれなコラム | 10:05 | - | - |
『どん底』と云う作品のなかに……
『どん底』と云う作品のなかに、ナースチャと云う娘がいる。
年は24歳。
ほら穴のような地下室に暮らす住人たちの生活には、夢も希望も楽しみもない。
学問も、勤勉も、自尊心も、優しさも、……、この“どん底”では、なんの役にも立たない。
あるのは、酒とバクチとバカ騒ぎだけ。
人に金をたかり、あるいはバクチで小金を稼ぎ、酒を食らっては高歌放吟……。
それが“どん底”の住人たちの生活である。
いくらクレーシチが「おら――これでも職人だよ……おれは出てみせるよ……皮が破れても、抜け出てみせらあ」と意気込んでも、決してこの“どん底”から抜け出すことはできない。
彼の女房のアンナの病が治る見込みもない。クレーシチがいくら女房を気づかっても、彼にはなにもしてやることはできない。
いくらペーペルが腕のいい泥棒で、だれをも恃まず、自分一個で生きていけるだけの技倆と度胸を持っていても――実際ワシリーサも、後にはナターシャも、彼が自分をこの“どん底”から連れ出してくれることに望みをかけるのだが――、それでも、この“どん底”から抜け出すことはできない。
そんななかでナースチャは、フランスの小説に憧れ、自分にもその小説に描かれているような恋があったと思い込もうとしている。
人を愛することもなく、人に愛されることもなく、恋に胸をときめかせたこともなく、この“どん底”で老いさらばえていくのは、それを如何ともしがたい真実と受け入れることは、若いナースチャには耐えられない。
彼女の思い込みは確信へと変わり、自分自身、ほんとうにフランスの小説に描かれているような色恋沙汰があったと信じるようになる。
「あたしにゃそれがあったんだよ……ほんとうの恋がさ!」
しかし、と、云うより、もちろん、他の住人たちは、そんなことは信じない。
ブブノーフは「あはは……とんだほらふき阿魔だ!」と、哄笑する。
男爵は「みんな『運命の恋』という本にあることだよ……みんな――でたらめよ!」と、云う。
実際、男爵の云うとおりである。
しかし、それゆえにこそ、ナースチャは自分の嘘を本当のことだと信じ込もうとする。
「ほんとに……あれはあったことだよ! 何もかもあったことだよ!……これが嘘だったら、あたしこの場で、雷に打たれて死んでもいいわ!」

人はだれしも嘘をつく。
ナースチャは惨めな境遇のなかで生きていくために、自分にもフランスの小説に描かれていたような恋があったと云う嘘を信じ込もうとしている。
逆の場合もある。
惚れ込んだ相手に裏切られ、恋を失ったとき、「あれは恋ではなかった」、「自分はあの人を愛してはいなかったのだ」と、思い込もうとする。
その人への思いが強ければ強かっただけ、その人と過ごした時間が愉しければ愉しかっただけ、その人とともに笑い、はしゃぎ、ふざけあい……、一緒にいた月日が幸せであればあっただけ、それだけ強く、それだけ強烈に、懸命に、あれは恋ではなかった、愛してはいなかったのだ、と、思い込もうとする。
だれしも、真実を受け入れることは、辛く、苦しいものだ。
ルカは云う。
「かんじんなことは話でなく、なぜそんな話をするかということなんだからね――ここを見てやらなくちゃいかんよ!」
そしてナースチャに、
「わしは知っている……わしは信じている! お前さんがほんとうで、あの人たちがでたらめなのだ……お前さんが自分で、そういう真の恋をしたと信じこんでいるなら……それはもうあったことに違いないのだ! 違いないのだ!」
そういうルカの言葉も嘘である。
サーチンは云う。
「爺さんは嘘をついた……だがそりゃ、お前たちを憐れに思う思いやりから出た嘘なんだぞ、畜生め!」
そして云う。
「しっかりした人間……人を頼りにしない、他人のものをあてにしない人間には、嘘をつく必要は少しもねえ。嘘は――奴隷と君主の宗教だ……真実は――自由な人間の神さまだ!」
サーチンには解っているのだ。
「しっかりした人間」、「自由な人間」など、この世にはいない、と、云うことが……。
人はみな、嘘を必要とする、「奴隷と君主」なのだ、と、云うことが……。
もし、「しっかりした人間……人を頼りにしない、他人のものをあてにしない人間」がいるとすれば、それは、まさにこの“どん底”に生きている人間――すべてを失い、すべてを奪われ、ただ「人間」である、と云う、それだけのものしか残されていない人間なのだ、と、云うことが……。
それが「真実」である。
それゆえにこそ、「真実」は、辛く、苦しく、受け入れがたい。
「自由」は、巨大な犠牲を代償にしなければ得られない。
それでも人間は生きていく。すべてを失い、すべてを奪われ、ただ「人間」である、と云う、それだけのものしか残されていなくとも、人間は――ルカの言葉によれば――、「よりよきもののために」生きてゆく。
だからこそ、サーチンは叫ぶ。
「にいんげぇん! どうだ――てぇしたものじゃねぇか!」

どん底 (岩波文庫)
どん底 (岩波文庫)
中村 白葉
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 09:32 | - | - |
ろ〜りぃが“師匠”と呼ぶ人が……
ろ〜りぃが“師匠”と呼ぶ人が三人いて、その人たちとの出会いによってろ〜りぃはギターを弾き始め、もって我々は、ヤツの下手くそなギターと音痴な歌を聴かされるハメになったわけあるが……、
そのお三方のなかのお一人は、ギターの絃を替えるとき、使い終わった絃を、一本一本、丁寧にボディから外され、キチンと巻いたうえで、
「いままで、いい音出してくれて、ありがとな」
と、一礼してから捨てられるそうである。
ろ〜りぃがその方を“師匠”と呼ぶのも、もっともだ。
その方のギターは、きっと、やさしい音色を出されるに違いない。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 15:37 | - | - |
黒澤明監督が……
黒澤明監督がオスカーを受賞されたときのスピーチで、
「私には映画がまだよく分かっていない」
と、述べられたとき、会場から失笑にも似た笑い声が起こった。
それは、「クロサワに映画が分かっていなくて、だれに映画が分かっていると云うのか」、「いかにも日本人らしい謙遜だ」と、云う風に聞こえた。
しかし、氏は別に謙遜されていたわけではないと思う。
氏がインタヴューなどで、
「ご自身の最高傑作はなんですか?」
と、訊かれるたびに、
「次回作です」
と、答えておられたのは、有名な話である。
おそらく黒澤さんは、よりよき映画を追い求め、追い求め、追い求め続けられたのであろう。
そしてときには、映画を捉まえることに絶望して自殺未遂をはかられ、ときには、スタッフに対して怒鳴り散らしたりもなされたのであろう。
それはあくまでも真摯に、真面目に、生一本に、映画を追い求められたがゆえのことだったと思う。
追い求めても追い求めても追い求めても捉まえきれない自分を歯痒く思いながら、しかし決してあきらめることなく追い続けるとき、人は傍から見れば「謙遜」とも思える心性を獲得する。
「謙遜」が美しいのは、「謙遜しなければならない」、「謙虚であらねばならない」と云う道徳的な訓戒を守っているからではなく、おのずと「謙遜」と思われるような心性になるほどに、ある一つのことを追い求め続けるからであろう。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 14:35 | - | - |
『風の谷のナウシカ』と云うアニメ映画のなかに ……
『風の谷のナウシカ』と云うアニメ映画のなかに、こんなセリフがある。
敵軍に捕まった、老農夫の言葉である。
「あんたがたの姫さんも姫さんじゃろうが、わしらの姫さんとは、だいぶ、ちがうのぉ。
(と、節くれだった手を出して)
見てくだされ、この汚い手を。この汚い手を、姫さんは、きれいな手じゃと云うてくださる。働き者の、きれいな手じゃ、と、な」
 
人間、齢を経れば、容色は衰える。頬はたるみ、皺はより、シミやそばかすも出てくる。それは自然の摂理、人間の力ではいかんともしがたい。
主婦は、家族が幸せに暮らしていけるように、毎日毎日、その健康を気づかって食事をつくり、掃除をし、洗濯をし、蒲団を干し、懸命に働く。
盆も暮れも正月もなく働く。いや、みなが憩える盆暮れ正月だからこそ、みなが心置きなく憩えるように、主婦たちは働く。
そして歳を取り、手肌は荒れ、皺が寄り、たるみもできる。
しかし、そのなかにこそ、輝くような女性の美しさがあると思う。
ほとんどの女性が化粧をするが、「化粧」とは、「化け」、「粧う」と書く。
男と生まれたからには、そのような外面の美に惑わされることなく、内面に輝く女性の美を見出したい。
その美しさこそが、ほんとうの女性の美しさであり、その美しさを見出してこそ、ほんとうの男であると思うのである。

風の谷のナウシカ [DVD]
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| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 17:13 | - | - |
男は黙って……
むかし、「男は黙って……」と云うCFがあった。
“世界のミフネ”が豪快にビールを飲み乾して云うこのセリフは、その当時ばかりでなく、かなり後々まで使われた。
人間が古いせいか、九州で育ったためか、どうも自慢話と云うものにはついていけない。
とくに、男の自慢話は聞き苦しい。
数々の武勇伝、ケンカ自慢にヤンチャ自慢、どれだけ酒に強いか、どれほど女にモテたか……。
とある有名人をつかまえて、
「まだアイツが売れてない頃さ、とある飲み屋でケンカになったことがあってね。
アイツが酔ってからんできやがったんだ。
ボコボコにしてやったよ。
アイツ、いまでこそ売れてエラそうなこと云ってるけど、なに、あんなヤツ、大したヤツじゃないよ」
「いまもうそんなに飲まないけどね、むかしは一升瓶の一本くらい、毎日のように空けてたもんさ。
いまでも飲もうと思えば飲めるよ。
俺は飲めないんじゃない、飲まないだけさ」
「卒業式のときなんか、裏の塀乗り越えて逃げたよ。
だって、裏門にも女の子たちが張ってたからね。
ひとりにでも捕まったら大変さ。みんなが押し寄せてきて、もみくちゃにされるんだから。
実際、学祭のときなんかひどかったよ……」
確かめようのないことは、なんとでも云える。
逆に、確かめようがないから、否定のしようもない。
否定しようとしても、「嫉んでる」、「やっかんでる」、「自分がそうじゃないからって……」などと、嘲われるのがオチである。
そのことをよくわきまえているから、通常の判断力を具備している人は、たとえそれが事実だとしても、そんな自慢話はしない。
そんな自慢話をすること、それ自体が、いかに恥ずかしいことか、どれだけ自分を辱めることかを、感性で理解している。
古代ローマの時代、有力者たちの間で自分の銅像を建立することが流行った。
そのとき大カトーは、
「自分の銅像を建てるよりも、人に『なぜカトーの銅像はないのだろう』と思われたい」
と、述べたそうである。
自分で自分の功績をひけらかすよりも、自分ではなにもしなくても、おのずから自分の功績が認められるようになりたい、と云うことだろう。
中国には、
「桃李不言、下自成蹊(とうりものいわざれど、したおのずからけいをなす)」
と云う諺がある。
「蹊(けい)」とは、小道のことである。
「桃や李(すもも)はなにも云わないが、その美しい花や美味しい果実によって人をひきつけ、その下には自然に道ができる。そのように、心根の正しく美しい人は、弁舌をもってしなくても、その心根を慕って、自然に人が集まってくる」
と云うほどの意味である。
司馬遷は「『史記』李将軍伝賛」中にこの諺を引いて、李将軍の人となり、その心根を称賛した。
男は黙って、大カトーや李将軍のような人物になりたい、と、思うのは、あながち自分が、九州育ちの古い人間だから、と云うばかりではないだろう。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:49 | - | - |
いくら高級な食材を仕入れても……
世界の各地から最高級の食材を仕入れても、それだけでは、腕のいい料理人とは云えない。
腕のいい料理人と云われるためには、美味しい料理を作ることができなければならない。それも、「たまに」ではなく、「つねに」作り続けられなくてはならない。
さらに云えば、高級な食材を使って作った料理が美味しいのは当たり前であり、真の料理人たるもの、一般の家庭で手に入るようなありふれた食材を使って、なおかつ、一般の家庭では口にすることができないような、美味しい料理を作りあげなければならない、と、云えるだろう。
いくら知識を蓄え、該博となっても、それだけではなんの意味もない。
ヘーゲルはそんな人たちを称して、
「阿呆の画廊」
と、呼んだ。
要は、その知識を、「いかに用いるか」である。
考えることである。
知識は食材にすぎない。それを素材として用い、考えること――料理法、包丁捌きこそが、大事である。
むかし、親爺に云われた。
「『蛸』のことを、“Octopus”と云うのは、これは知識や。
『蛸』のことを、“Fish of one head and eihgt legs”云うのは、知恵や。
知識より、知恵のほうが大事やで」
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:07 | - | - |
『悪の花園』と云う映画のなかに……
『悪の花園』と云う映画のなかに、こんなセリフがあった。
「こんなことを言った奴がいる。美しい女の言うことはみんな嘘だが、唄う唄はみんな本当だ」
「誰が言った」
「俺さ」
女は、嘘を、嘘と自覚せずして、嘘をつく。
男は、誠心誠意、嘘をつく。
高熱でへばっているときでも、愛する人を心配させたくないがために、
「うん、全然大丈夫。元気でやってるよ。そっちはどう?」
などと嘘をつくのが、男である。
「ゴメン。あたし、男の人には、だれにも、電話番号とか、メアドとか、教えへんねん」
と、云いながら、
「え? だってあの人は学校の先生やし」
「あの人はおんなじサークルの仲間やし」
「あの人はバイトで世話になってるし」
……。
“だれにも”ちゃうやん! と、思う。
しかしそんな女の嘘を、嘘と知りつつ信じるのが、あるいは、信じるフリをし続けるのが、男の嘘である。

| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 12:01 | - | - |
警察の調書と云うものは……
警察の調書と云うものは、取調にあたる警官の主観を交えてはいけない。

あるとき、ケンカの調書を取ることになった。
「二人の男がケンカしていた。
 傍らで一人の男が、『やれやれ』と云って、腰をおろした。」
さて、この「第三の男」は──、
 屬笋譴笋譟廚函△韻靴けたのか?
◆屬笋譴笋譟廚函∧鬚譴えったのか?

「……ほじゃけん、文章を書くっちゅうんは、むずかしいもんぞ」
小説家になりたかった小学生の頃、かつて警察官だった祖父から聞いた話である。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 22:13 | - | - |
ヤン坊、マー坊
ウェブのニュースで、ヤンマー社提供の天気予報番組『ヤン坊マー坊天気予報』がこの3月末で終了すると云うことを知った。
55年にわたって放送されてきた番組であることをはじめて知った。
「♪ぼくの名まえはヤン坊 ぼくの名まえはマー坊」ではじまるこの番組のテーマソングは、だれもが一度は口ずさんだことがあるはずである。
『サザエさん』とともに、小さい頃から馴染んだ番組だった。
『ドラえもん』より前から知っていたかもしれない。
その頃から、疑問に思っていたことがある。
「なんで農業用の機械をつくってる会社(当時はそう思っていた)が、天気予報のテレビをやってるんやろ?」
今回その疑問が解けた。

或る日、漁に出た漁師が、突如の荒天に見舞われて、船のエンジンがストップしてしまい、遭難した。
ヤンマーのエンジンだった。
世界初の小型ディーゼルエンジンの開発者にしてヤンマーの創業者、山岡孫吉は、製品の欠陥による事故ではないにもかかわらず、遺族に損害金を支払い、丁重に詫びた。
それ以来山岡氏は、会社が続く限り『ヤン坊マー坊天気予報』をやり続けるように言い遺して、昭和37年、逝去した。
「いくら性能がよいエンジンを搭載した船でも、嵐の時に船出したらひとたまりもありません。安全を確認して出漁して下さい」
山岡氏のこの思いが、55年間にわたる『ヤン坊マー坊天気予報』には、込められていたのである。

山岡さんは、人のためになる製品をつくることを第一義とされ、利益はそれに対する「お礼」あるいは「ご褒美」、と、考えておられたのではないかと思う。
パナソニックの創業者、松下幸之助さんもそうだった。
松下さんが家電製品を手掛けらたのは、「過重な家事労働に苦しむ主婦の負担を、少しでも軽くさせてあげたい」という志からだったと聞く。
いつしか日本は、利益を得るために利益を求めるようになってしまったのではなかろうか。
そんな現在に生きる自分を深く恥じ、反省するとともに、ヤン坊とマー坊に、
「いままでお疲れさんやったね。ありがとね。
君たちと一緒にいられて、愉しかったよ。
君たちのこと、ぜったい、忘れないよ」
と、伝えたい。
あわせて、
「『ヤン坊マー坊天気予報』がなくなっても、山岡さんのお志しは、けっして、忘れませんよ」
と……。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 21:22 | - | - |
仕事は九分を……
司馬遼太郎氏の『竜馬が行く』以来、坂本龍馬の人気は抜群である。
織田信長と並んで、日本人の理想とするリーダーの双璧を為すの感がある。
その龍馬の言葉で、好きな言葉がある。
「仕事ちゅうもんはのぉ、九分までは自分で仕上げるんじゃ。
ほんで、後の一分、仕上げの一分は、他人に任せるんじゃ。
そうせんけりゃあ、大事は、出来んぞぇ」

竹下登は消費税を導入した総理として、いまでもその評価は芳ばしくない。
しかしその竹下氏の言葉として、印象に深い言葉がある。
「汗は自分がかきましょう。手柄は他人にあげましょう」

かつての上司に云われた。
「善えことは、人に知られたら、七割方、値打ちが無うなる。
善えこというのは、人に知られんからこそ、値打ちがあるんやで」

機嫌買い、お調子者、目立ちたがりの自分ではあるが、これらの言葉は、忘れないでおきたいと思う。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:41 | - | - |
失恋
「失恋」と云うと、「好きな人にフラれた」と云う意味に解されるようである。
しかし文字どおりに解釈すると、「恋を失う」となる。
フラれてその人への恋をあきらめる場合も、もちろん、失恋であろう。
フラれなくとも、みずからその人への思慕を諦める場合も、失恋であろう。
燃えあがった思慕が冷めていくのも、失恋であろう。
一口に「失恋」と云っても、様々な様態がある。
いずれの場合もつらかろう。苦しかろう。
ときには、生きていることさえ、イヤになることもあろう。
しかし、本当につらいのは、本当に悲しいのは、人を恋する「こころ」自体を失ってしまったときではなかろうか。
ラブレー曰く、
「恋するこころを失うよりも、恋をして失恋した方がよい」
自分もそう思う。
けだし、人が人を恋するこころほど、尊いものはないのだから……。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:10 | - | - |
金平糖さん
♪コンペトさん コンペトさん
うちのコンペトさんは困ります
いつも涙をポ〜ロポロ♪

こんな唄がむかしあった。
同級生たちにこの唄を歌われながら、しきりに調戯われ、いじめられていたのが、幼き日の黒澤明監督であった。
幼き日の黒澤監督は、泣虫でいじめられっ子だった。
意外に思うだろう。
黒澤監督と云えば、“世界のクロサワ”である。その作風は豪快無比、雄大荘重、ダイナミックで、まさに“男性映画の黒澤”と呼ばれるにふさわしい。
その黒澤監督が、幼少の頃とは云え、泣虫でいじめられっ子だったとは……。
監督御自身が、なにかのインタヴューで語っておられた。
「ぼくは泣虫ですよ。いまでも泣虫ですよ。ぼくのシャシン(映画)観てもらえれば分かるでしょう?」
分からない。
黒澤監督の映画を拝見すれば、それはどう観ても、骨太の、いかにも男くさい映画ではないか。
しかし、と、思った。
黒澤監督は文学にも造詣が深く、なかでもシェークスピアとドストエフスキーを無類に尊敬しておられた。
そのドストエフスキーについて黒澤監督は、
「あの人(ドストエフスキー)はすごく優しいんだよね。ぼくらの優しさってさ、悲惨なことがあると、思わず目をそむけちゃうでしょう? だけどあの人は、それをまっすぐ見つめるんだよね。悲惨なことから目をそむけず、まっすぐにそれを見つめるんだよ。とめどなく涙をながしながら、ね。そこが凄いとこだよね」
また監督はご幼少の頃、関東大震災に遭遇され、その翌日、お兄さんに連れられて、震災直後の瓦礫の町を歩かされたそうである。
倒壊した家屋、ビルディング、死屍累々と積み重なる屍体の山……。
そんな光景から思わず目をそむけると、
「明、よく見るんだ。怖いものから目を逸らそうとするから怖いんだ。よく見れば、世の中に怖いものなんてあるものか」
そう云って、怒られたそうである。
なるほど、と、思った。
黒澤さんの映画には、たしかに、そう云うところがある。悲惨なことから目をそらさず、まっすぐにそれを視つめて、その悲惨さを克服しようとする勁さがある。
自分が泣虫であることを認めることはつらい。だれだってつらい。自分は勁いと思いたい。
しかし、泣虫である自分を誤魔化して、自分は勁いんだと虚勢を張るよりも、自分が泣虫であることを認めて、そんな自分を改造しようとする志にこそ、本当の勁さがあるのではなかろうか。
自分が泣虫であることを受け入れる勁さ、そんな自分を克服しようとする勁さ、悲惨なことから目をそむけず、それを事実として受け入れようとする勁さ……。
黒澤さんの映画には、そんな勁さがみなぎっている。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 02:34 | - | - |
アナライザーの恋
『宇宙戦艦ヤマト』のなかに、アナライザーと云うロボットがいる。
ロボットと云っても、限りなく人間に近い感性をもっている。
余談だが、“スター・ウォーズ・シリーズ”に登場するR2-D2は、このアナライザーをモデルとして生まれたものだと云う。
このアナライザーは、ヤマトの搭乗人物の一人である、森雪に恋をする。
とあるエピソードのなかで、アナライザーは、その自分の想いを、雪にうちあける。
雪はその想いにこたえられない。
アナライザーは云う。
「それは、ぼくがロボットだからか?」
雪は答えられない。
雪は、同じヤマトの搭乗員である、古代に思いを寄せている。
「かまわない。それでもぼくは雪を愛している。愛し続ける。ロボットだからと云って、人間を愛して悪いことはないだろう」
人はだれしも、だれかを愛する。
たとえ年齢が離れていようと、たとえその人に伴侶があろうと、たとえその人に愛する人がいようと、それでも人は、人を愛し続ける。
それでいいと思う。
人が人を愛すること、人が人に愛されること……。
それはそれだけで、すでに素晴らしいことなのだと、わたしは思う。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 15:54 | - | - |
国家は貴官を……
児玉源太郎の怒声が響いた。
狭い陣中である。軒も、柱も、天井も、震えた。
並居る参謀連中が凝縮した。
児玉が叩き割れんばかりに叩いた粗末な机の上には、一枚の地図が載っていた。
その地図には、同一人物であるべきはずの斥候の死に場所が、別々のところに記されていた。
「しかし、報告ではそうなっております」
憮然として応える参謀に、
「自分の目で確認せなんだのか!」
ふたたび、児玉の声が轟いた。
「参謀たるもの、諜報のためとあらば、単身敵陣の中へも潜り込め!」
そしてその参謀の肩章を剥ぎとると、
「国家は貴官を大学校に学ばせた。貴官の栄達のために学ばせたのではない!」
高校を卒業し、大阪の地に進学し、いまに到っているが、思えば、自分一人で、いまの自分になったのではない。
苦しい家計から学費を捻出してくれた両親、学力を向上させてくれた先生たち、ともに夢を語り合い、励ましてくれた友人たち、学校運営のために、多くの税金を納めてくださった市民の方々、なにくれとなく心配してくれた教授の方々……。
数知れぬ多くの人たちがいてこそ、いまの自分がある。幸せな自分がある。
その厚恩に報いることはできないかもしれないが、せめて精一杯、生きて行こうと思う。
愉しく生きることが、自分を支えてくれたみんなに報いる、精一杯のことだと思うから。
| Woody(うっでぃ) | 気まぐれなコラム | 13:00 | - | - |
空地
空地を見なくなった。
広場や公園はあるが、空地は見なくなった。
小さい頃、空地は社交場だった。倶楽部だった。
約束したわけでもないのに、申し合わせたわけでもないのに、空地に行けば、かならず、だれかがいた。友だちがいた。
近所のお兄ちゃん、お姉ちゃんがいた。
自分より小さな、よその弟、よその妹がいた。
みんなで遊んだ。
鬼ごっこをした。かくれんぼをした。押しくらまんじゅうをした。
胴馬をした。駆けっこをした。毬あてをした。
野球をした。
山の中に入って採ってきた木切れが、バットだった。
駄菓子屋で売ってるゴムまりが、ボールだった。
暗くなるまで遊んだ。みんなで遊んだ。
笑って、泣いて、怒って、笑って……。
ケンカもした。砂場のなかで取っ組み合って、殴り合った。
仲直りもした。相手の顔を見られず、靴の先だけを見て、
「ゴメンな」
と、云った。
イヤなヤツだと思ったヤツもいた。いいヤツだと思ったヤツもいた。
でもやっぱり、みんな、いいヤツだった。
パソコンはある。スマホもある。ラインも、チャットも、ツイッターもある。
だけど、空地は、なくなった。
| Mac | 気まぐれなコラム | 12:27 | - | - |


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