ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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民間航空記念日の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛らっきょう)、豚肉の生姜焼き、かぼちゃの煮物、小松菜のわさび和え


豚肉の生姜焼きは、嵩があるように見えて、案外そうでもないものらしい。昨夜の晩食と2食分、タップリ焼いたつもりだったが、半分以下である。その分、かぼちゃの煮物を詰めなくてすんだのは助かった……と、思うことにしよう。
弁当の量としては少なかったが、漬け込む量としては多すぎたと見えて、あまりよく漬かっていなかった。漬け込んでからの保存方法も考えなくてはならないようだ。
かぼちゃの煮物もそうだが、今週はわりに薄味が多かったような気がする。物足りない気がしないでもないが、健康面を考慮すれば、このくらいでいいのかも知れない。
今回は休日がはさまったにもかかわらず、順当に消化できたようだ。
週末は雨のようである。こちらは布団が干せない、シーツの選択ができない、洗濯物が乾かない、、等々の程度で済むが、被災地の人びとはやるせない思いであろう。晴雨風雪は自然のこととてやむを得ないが、これ以上悲しみ苦しむ人の出ないことを祈るばかりである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:49 | - | - |
民間航空記念日の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“民間航空記念日”らしい。
Wikipediaによれば、“1951年10月25日に、戦後最初の国内民間航空会社として設立された日本航空が一番機の「ど星号」で東京 - 大阪 - 福岡間の運航を開始したことを記念”するものらしい。
「もく星号」なら聞いたことがあるが、「ど星号」と云うのははじめて知った。この頃の飛行機には、太陽系惑星の名が付けられていたのだろうか。
すると、「か星号」だの「すい星号」だのもあったのだろうか。まるでナントカムーンである。
それにしても、いまなお米軍機の飛行に配慮して、自分たちの領空航行を制限して、自由に空を飛ぶこともできないでいるのだから、なるほど、戦争には負けたくないものである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
民間航空とも官制航空とも、戦争とも占領とも縁のない、いたって平和で穏やかな、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:46 | - | - |
マーガリンの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(長ねぎ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、豚肉の生姜焼き、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、木綿奴、納豆、味付海苔


木綿奴、と、云っても、別に芸者おやまの類ではない。木綿豆腐の冷奴、の、意で、素材を分明させるためにつくった当て字、造語である。
その伝でいけば、絹こし豆腐の冷奴は、絹奴、と、なるが、こうなるとまさに源氏名そのものである。
せっかくの造語であるから流行ってほしいが、日常会話で、
──今日は絹奴にしようか。
──給料日前だから、木綿奴にしよう。
などと使われたら、妙な誤解を生じるかもしれない。
やはり流行らない方が無難だろう。
余計な心配はともかく、秋刀魚の塩焼きがなくなった。そんなわけで、豚肉の生姜焼きである。
困ったときは生姜焼き、と、云うのが、わたいの献立立案における格言のひとつなのだが、今回は別に困ったわけではない。考えてみれば随分ひさしく料理ってないし、玉葱があまってるし、滋養強壮に効果があるし……と、思い立ったのである。
チューヴの生姜とにんにくを酒と薄口醤油で溶かし、半月切りにした玉葱と豚肉(今回は小間切れ)を漬け込む。で、プライパンに油を引かずに焼く。タレと豚肉の脂だけで焼く。失敗少なく、単価廉く、味よく、栄養抜群の、献立の王道である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:11 | - | - |
マーガリンの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛高菜昆布)、秋刀魚の塩焼き(上半尾)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物


うれしい誤算で、晩食用に、と、思っていたかぼちゃの煮物が、昼の弁当に持参してちょうど消費できる量であったことが判った。
昼、晩、と、かぼちゃの煮物が続くことになるが、そんなことは一向に構わない。
若い頃は、またおんなじなの? などと不遜の言辞を吐いていたものだが、いま思い出すと赤面汗顔の至りである。料理る人の苦労をまるで解っていなかったのである。
限られた予算のなかで、家族の健康と栄養を考え、各人の嗜好を斟酌し、空腹にならぬよう量を慮り、飽きぬよう目先の変化、食欲をそそるよう、見栄え彩りに配慮するのみならず、濃過ぎぬよう、薄過ぎぬよう味を調整し……、思っただけでもその苦労がしのばれる。こんなことを毎日せねばならぬのなら、会社でハイハイ云って仕事をしているほうがよっぽど楽である。
第一、戦後のあの食糧難の時代のことを思えば、腹いっぱい食べられるだけでありがたいではないか。
インスタ映えの食品ロスのと云う前に、そのことを考えてみるがいい。
それもできずして、戦争の悲惨さを〜、などと、寝惚けたことを云わないでもらいたいものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:03 | - | - |
マーガリンの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“マーガリンの日”なのだそうである。
Wikipediaによると、今日が“マーガリンの発明者イポリット・メージュ=ムーリエの誕生日であることから”制定されたのだそうだ。
マーガリンは“植物性油脂(もしくは動物性油脂)を原料とし、バターに似せて作った加工食品”で、“元々バターが高価であることから、バターの代替としてつくられた食品”であることはよく知られている。
“日本農林規格 (JAS) では、「マーガリン類」についての規格を定めており、これにはマーガリンとファットスプレッドが含まれる。両者は主として油脂含有率によって区別され、油脂含有率が80%以上のものがマーガリン、80%未満のものがファットスプレッドと呼ばれ”、“日本で家庭用のマーガリンとして販売されているものの多くはファットスプレッドである”らしい(「Wikipedia/マーガリン」より)。
マーガリン、と、云えば、トランス脂肪酸の害が云々されているが、“日本人のトランス脂肪酸の摂取源は、マーガリンよりも菓子類、パン類、油脂類の方が大きな割合を占めており、マーガリンだけに注意するのは、的を得ていないとの指摘もある”そうである。
個人の感想としては、マーガリンなどよりも、マヨネーズのほうが、よほど健康によろしくなさそうに思うのだが、はてさて、如何なものだろうか。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:00 | - | - |
電信電話記念日の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(油揚げ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、秋刀魚の塩焼き(下半分)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、冷奴、納豆、味付海苔


晩食はしっかり一汁三菜である。それにしてもこれからの季節、主菜はともかく、副菜の二品は、小松菜のわさび和えとかぼちゃの煮物でほぼ固まりそうである。
これを抽象すれば、副菜は\頂變狠羶粥↓⊆冓中心、と、なり、理想の配食ではあるのだが、どうもそんな気がしないのはなぜだろう。
今年は小松菜のわさび和えがほとんどで、他の献立を忘れかけている。油揚げと煮浸しにしたり、椎茸やしめじを入れたり、それなりに工夫して、目先を変えていたものだが……。
最近は台風などの影響で、野菜不足が懸念されている。毎年同じことを聞かされているような気がするのだが、それはこのさい置いといて、野菜の品薄、高騰に対処するためにも、他の食材を加味した献立を思い出しておく必要があろう。そのほうが栄養摂取の観点からしてもよろしいはずである。
そう云えば、冷凍保存しておいた小松菜があった。お浸しにすると味が落ちるので、煮浸しにしたらちょうどよかろう。
豆腐を絹こしから木綿に替えた。木綿豆腐は絹こし豆腐に較べて、たんぱく質、カルシウム、鉄分が約1.3倍、多く含まれているのだそうである。
ただし、ビタミンB群やカリウムは、絹こし豆腐のほうが多い。
たいていの人は冷奴と云えば、絹こし豆腐を用いるのだろうが、わたいは別にこだわらない。むしろ木綿豆腐のほうが、食べるときにボロボロ崩れなくてよかろうと思っている。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:08 | - | - |
電信電話記念日の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(角切山椒昆布)、秋刀魚の塩焼き(上半分)、小松菜のわさび和え、茹でブロッコリ


ちょっとした計算違いで、副菜を料理るのを忘れていた。料理るのを忘れていたのではなく、料理ったつもりでいたのだが、料理っていなかったのである。結果としては同じであるが。
茹でブロッコリの色合いが悪いのが気にかかる。先っぽが黄色く花が開いているようだ。湯掻いて冷凍してあるから大丈夫だろうが、やはり早目に消費したほうがいいようである。塩昆布を切らしてしまっていた。もっとも野菜は別に味付けなどしなくても食べられるだろうから、それで不足は感じない。いわゆる素材の味、と、云うやつである。
小松菜のわさび和えは先週の残り物である。わさび和え→わさび漬けの発展途上(?)である。なんにせよ、青菜類は摂取せざるべからず、である。
秋刀魚がいただけるのはありがたい。旬の食べ物にこだわりはないが、春の菜の花と秋の秋刀魚だけは別である。季節に合った“料理”ならそれなりに考えるが──いくらわたいでも、夏に鍋物を食べようとか、冬にそうめんが欲しいとかは思わない──、食材についてはあまり気をまわさない。だいたいの食材は1年を通じて入手できる。ありがたい世の中になったものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:01 | - | - |
電信電話記念日の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“電信電話記念日”なのだそうである。
Wikipediaによると、“明治2年9月19日(1869年10月23日)に東京 - 横浜間で日本最初の公衆電信線の架線工事が始まったことに由来”して、“電気通信省(後の日本電信電話公社、現NTT)が1950年に制定”したのだそうである。
今日び、電話はともかく、電信はめったに使わないだろう。と、云うか、まだそのシステムは存在しているのだろうか。
先日、電報を使うの使わないのと云う話になったとき、そう云えば電報も、祝電、弔電以外、聞いたことないなぁ、と、ふと思った。もっぱら弔電が多いのは、年のせいだろうか。
最近、電話すら滅多にかけない、と、云う言葉を聞く。すべてメール、LINE、メッセンジャー等でやりとりするのだ、と、云う。
電話が普及した頃、手紙や葉書を書く習慣が廃れて、若者の文章力が衰える、と、ご憂慮なされていた識者がおられたが、現在の状況をどう思っておられるか、ご意見を伺いたいものである。ご存命でいらっしゃれば。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
電話とも電報とも電信とも、まったく一切全然無関係の、いたって孤立した、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:58 | - | - |
あかりの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛きゃら蕗)、秋刀魚の塩焼き(下半尾)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物


かぼちゃの煮物と小松菜のわさび和えは、先週分の残りである。前週の残り物でも、小松菜のわさび和えなら、少なくとも水曜の昼までは保つことが判明した。考えてみれは、お浸し系が漬物系に変じるだけなのだから、別に不思議なことではない(?)
かぼちゃの煮物だが、去年はあった焼芋のようなほくほく感が、今年はなぜか感じられない。天候の影響で質が劣化したのだろうか、まだ旬ではないのだろうか、それとも仕入先が変わったのだろうか……。去年と料理法を変えたおぼえはない(変えようと思っても知識がない)のに、どうも味が変わっているように思われる。困ったものである。
秋刀魚が1匹=100円(税抜)であることは以前にも記したが、不漁が騒がれてこの値段とあってか、正午頃に買物に行くと、ほぼ売り切れ状態である。スーパーと違っておいそれと入れるわけにはいかないと見えて、売り切れになるのも早い。考えてみれぼそれも道理であって、生鮮食品──とりわけ魚──の在庫など、そうそうあるはずもない。そのことに考えが及ばないのだから、ふだんいかに、冷凍食品や加工食品に浸っているかがよく解かる、と、云うものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:20 | - | - |
あかりの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、バナナ


今日は“あかりの日”だそうである。
Wikipediaによると、“1879年10月21日にトーマス・エジソンが京都産の竹の繊維を炭化させたフィラメントを用いて白熱電球を完成させたことにちなんで、日本電気協会・日本電球工業会など4団体が1981年に制定”したのだそうである。“あかりのありがたみを認識する日”なのだそうだ。
トーマス・エジソンと云えば、立志伝中の人物の典型として、古くから我が国でも尊崇されている。学校教育に馴染めず、母親から教育を受けて立身した逸話は有名である。
長じてから彼の生涯を調べてみると、まぁ現在なら間違いなく、パワハラ経営者として指弾されているであろう。
ブラック企業精神を体現したような人物である。
彼曰く、「8時間労働が世のため人のためにならないとは言わない。しかしアメリカの青年がお金を稼ぐのに臆病になっていたとしたら、現在のアメリカの繁栄はなかったはずだ」
また、深夜業務に疲労して睡魔に襲われた雇用労働者に、電気ショックを与えて眠気を払ったりもしていた、と、云うことである。
そのほか、企業や特許権の買収、会社の乗っ取り、ライバル会社の締め出し、等々、この方面でもナカナカの辣腕家である。
およそ伝記などと云うものは、当人にとって都合のいい事実しか記されていないものである。
もっとも、子どもにとってはそれでいいのだろうが、長じてまでそれを信奉したままというのは情けない。歴史学と云うものは、一度憶えてしまえばそれで終わり、と、云うものではない、とは、これはMacの言葉である。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
パワハラともセクハラとも、嘘とも誇大宣伝とも、まったく一切全然無関係の、いたってホワイトな、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:18 | - | - |
タチが悪いのは……
昔っからの保守党シンパよりもタチが悪いのは、昔は社会党なんかのシンパで、学生運動なんかにも参加してたりなんかして、それが民主党政権に絶望して、保守党シンパに転向した連中です。
ちょうど、幼い頃からワンパク、オテンバだった子どもたちよりも、やさしかったママに怒られたりなんかして、中坊くらいからグレはじめたボッチャン、嬢ちゃんのほうがタチが悪いように。
| 遊冶郎 | 悪魔のつぶやき | 09:57 | - | - |
統計の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(みそかつおにんにく)、肉じゃが、菠薐草と白菜の胡麻和え、ぬた、山芋の上のオクラ


肉じゃがにカレー・パウダーを振りかけた。いささか振りかけすぎたかもしれない。
最初にこれをやったときは、

──いっそすなおにカレー料理ればよかったじゃん。

と、云われた。
云われてみればそうだ、と、思ったが、そこはそれ、天邪鬼なわたいのこと、

──それもいいけど、カレーは弁当に持っていけないからな。

素直ではないのである。
ライスなしドライカレー、あるいはカレー風肉じゃが、で、ある。夏の間になにかスパイシーなものを、と、思っていたのだが、夏の間はとても肉じゃがを料理る気がしなかった。我ながらわがまま勝手なものである。
白菜はまだ早いようだ。それでも味はいい。なまじふにゃふにゃしていなくて、歯応えがあっていい。
菠薐草や小松菜もそうだが、しっかり噛んで食べることによって、旨味が出て、素材本来の味わいが口中にひろがる。
それによく噛んで食べることは、顎の発達を促し、唾液の分泌を促進して栄養分の消化吸収を助ける。ひいては脳の働きをもよくする。
いくらグローバル化における教育だの、ノーベル賞をとれる学者だのとお騒ぎ遊ばされても、肝心のお頭脳の発達がミジュクだとなんにもならない。そしてその基礎発達は、幼少時からの食事のありかた──食材、献立、食べ方、等々──も、大いに与かっている〔ハズな〕のである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:13 | - | - |
統計の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“統計の日”だそうである。
Wikipediaによると、“明治3年9月24日(1870年10月18日)に、現在の「生産統計」の起源となった府県物産表に関する太政官布告が公布されたことに由来”し、“1973年7月3日の閣議で制定”されたのだそうである。
その統計に対する信頼が根幹から揺らぐような事件が相次いだことを、世人はもう忘れてしまったのであろうか。それとも、そもそも統計など大したことない、自分たちに生活にはなんの関係もない、とでも、思っているのだろうか。 なるほど、“平和の国ニッポン”である。
都合の悪いことは隠蔽し、改竄し、知らなかった、と、云い張る。昔は子どもが大人のマネをしたものだが、当今は大人が子どものマネをしているようだ。それとも昔よく云われた、大人になれない子どもたちが法律上成人して諸権限を付与され、行使している結果が、現在の状況なのだろうか。一度調べてみたいものである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
統計とも欺瞞とも改竄とも隠蔽とも、まったく一切全然金輪際無関係の、いたって明鏡止水清廉潔白な、いつも通りの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:10 | - | - |
神嘗祭の日のひとりめし〈晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(長ねぎ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、ぬた、冷奴、納豆、味付海苔


関西は、と、云うか、大阪は、特に納豆が嫌いな人が多いと聞く。嫌いを通り越して、毛嫌いしている人、憎悪している人すらいる。
自分が食することはおろか、他人が食しているのも気に入らないと云う人もいる。なにしろ、相手が納豆を食べだした、と、云うことが、離婚の原因として立派に認められるのだから(?)、相当なものである。
先日もよく行くライヴ・ハウスで、納豆嫌いの人が作詞作曲したアンチ・ナットウの歌を聞いて、大笑いした。なるほど、ナカナカ根深いものがあるものである。
しかしいかに納豆が嫌いでも、その存在が許せなくても、存在するのは納豆の勝手だし、納豆が健康によろしいことは認めていただきたいものである。
わたいだって、アルファベットやナントカ坂の、少なくとも存在は許容しているし、それで幸福を感じているシアワセな人に及ぼす効能くらいは、認めているのだから……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:13 | - | - |
神嘗祭の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛高菜昆布)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、ぬた、山芋の上のオクラ


山芋の上のオクラを梅肉で食すると、梅の酸味がさっぱりして、ほのかに万葉の昔を想わせる……と、云うのは言い過ぎかもしれないが、口中に清涼の気が漂うのはたしかである。夏場などには重宝である。
山芋もオクラも、いわゆるひとつの“ネバネバ系”であって、納豆とともに、苦手とする人が多いようである。しかしこのネバネバが健康にはよろしいのであるから、キライなものを無理にとは云わないが、できるだけ食べるように試みられたが好かろう。
と、云うと、或る友人から、アルファベットもナントカ坂も、あらゆるメディアやサブカルに影響を及ぼしてるんだから、キライなものを無理にとは云わないが、できるだけ接するように試みるが好かろう、と、云われたらどうする? と、反問された。
云わんとすることは解かるが、断る!
ネチャネチャしたのは食べ物だけで充分である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:01 | - | - |
神嘗祭の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は神嘗祭なのだそうである。
Wikipediaによると、“宮中祭祀のひとつ”で、“五穀豊穣の感謝祭にあたり、宮中および神宮(伊勢神宮)で儀式が行われる”のだそうである。
この時期似たような行事としてなじみ深いのが、新嘗祭である。こちらはいわゆる勤労感謝の日で、休日になっている。

神嘗祭は、天皇が新穀を神前で自ら食す宮中祭祀「新嘗祭」から先立つこと約1か月(江戸時代以前は2か月)先んじて、伊勢神宮の祭祀として行われる。この両祭の関係について、鈴木重胤は、租の納め始めの9月に先に神宮に奉り、納め終わる11月に天皇がきこしめす(召し上がる)という順序を意味する、と説いた(Wikipedia/「神嘗祭」より)。

要は、新たに取れたお米を天皇が食べる前に、神前にお供えする行事、と、思えば、まず間違いあるまい。なるほど、豊葦原瑞穂国に相応しい行事である。馬、牛、羊、豚、山羊など、生きた家畜を屠って神に捧げる宗教儀式とはエライ違いである。
農耕民族と狩猟民族との差であろう。どちらが穏健平和であるかは云うまでもない。ただし、知性所持者にたいしては。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
宗教儀式とも、新たに収穫された穀物とも、一切まったく金輪際縁のない、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:58 | - | - |
ボスの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(油揚げ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、ぬた、冷奴、納豆、味付海苔


前回の失敗に鑑み、かぼちゃは別立てで煮物とすることにした。まあそれでなくても、肉じゃがにかぼちゃを入れようなどとは、いくらわたいでも最初から思いつきもしないが。
いつもはつい煮過ぎてしまい、かぼちゃがどろどろになることが多かったのだが、今回は上手くいった……ような気がする。
だしは煮干しとだし昆布でとる。それに顆粒状のあごだしを加える。かぼちゃを入れ、酒を廻し入れて強火でアルコールを飛ばす。火を弱めて、砂糖を入れる。わたいの場合、みりんは使わない。このへんは人それぞれ、その家の家風にもよろう。最後に薄口醤油を入れて蓋をする。弱火〜とろ火にして、竹串がスッと徹るようになったら出来上がりである。わたいの場合は火を止めて、蓋をしたまま5分ほど置いておく。味を滲みさせるためである。
調味料の「さしすせそ」が指す「さ」は「砂糖」なのだそうだが、わたいの場合は「酒」も含有される。
わたいが料理るものは、たいてい、だし、酒、砂糖、醤油、と、なっているようだ。
ちなみに、これも以前記したが、だしじゃこもだし昆布も、だし殻になってしまっていても、全部食べる。お大名じゃあるまいし、だしをとった後の昆布やじゃこを棄てるなどと、トンデモナイ話である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:16 | - | - |
ボスの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(角切山椒昆布)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、ぬた、山芋の上のオクラ


以前にも記したかも知れないが、わたいは不肖にして、長葱(白葱)を酢味噌で和えたものを特別に“ぬた”と称するのだと思っていた。他の食材を酢味噌で和えたものは、たんに○○(食材名)の酢味噌和え、と、呼んでいた(例:イカの酢味噌和え)。
それが、分葱であろうが、鱧であろうが、レタスであろうが、烏賊であろうが、酢味噌で和えるのはすべて、ぬた、なのだそうである。
元来「ぬた」と云うのが、食材を和えるための酢味噌の見た目が沼田(ヌマタ)に似ているところから名づけられた、と、あるように、別に食材が長葱(白葱)に特化しているわけではないのである。おそらく我が家では長葱(白葱)を使うことがほとんどだったのだろう。
酢も味噌も、身体に好い調味料である。いったいに和食の調味料はしごくあっさりして淡泊で、欧米や中国などのように、ねっとりベタベタと執濃くない。塩分が多いのが珠に瑕だが、素材の味を引き立てて、一段高い段階に引き上げる、すぐれものばかりである。このような日本伝来の調味料を駆使した和食をなおざりにして、舶来ものを食べ歩く連中の気がしれない、と、云うものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:08 | - | - |
ボスの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“ボスの日”だそうである。
Wikipediaによると、“1958年に、アメリカのパトリシア・ベイ・ハロスキ(Patricia Bays Haroski)が、会社を経営していた父のために、経営者と部下の関係を円滑にする日として提唱し、アメリカ商業会議所に登録されたことが始まり”だとか。“アメリカではこの日に、ボスを昼食に招待したりプレゼントを贈ったりして日頃の労をねぎらう。日本でも1988年からデパート業界が実施している”のだそうだ。
これがアメリカでどのように受け取られているのかは知らないが、現在の日本では、まず、定着しないのではないだろうか。
一部の例外を除き、部下が、日頃の労をねぎらいたい、と、思うようなボスが、そもそも存在するとは思えない。
まあ、Twitterでフォローしている人たちが所属している事務所はそうでもないようだが、それだって、いわゆる「表向き」の発言だし、日本と云う国がそもそも、ボス(上司)に対する不平不満を表立って云えない社会風土になっている。まあ、欧米だって中東だって、他のアジア諸国だって、大同小異、似たようなものではあるだろうが。
そんななかで、世間には知られなくても、こう云った“ボスの日”みたいなイヴェントがほんとにできる企業や会社、事務所、組織などは、それこそ昨今で云うところの「ホワイト企業」であろう。
ここでの「ほんとにできる」と云うのは、従業員一同が自発して企画開催運営する、と、云うほどの意味である。
ボス自身やその取巻連が“ボスの日”のイヴェントを行っても、なんの意味もない。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
ボスも部下も中間管理職も、まったく一切なにひとつ関係のない、いたって平穏平和な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:06 | - | - |
きのこの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(油揚げ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、ぬた、冷奴、納豆、味付海苔


1ヶ月ほど前からの念願だった肉じゃがをやっと料理った。しかも、椎茸入りである。
椎茸を肉じゃがの食材に算することは、以前仕事場でお世話になったアルバイトのかたに教えていただいた。椎茸はエルゴステロール(カルシフェロール、ただし、厳密にはおなじものではないらしい)を多く含み、カルシウムの消化吸収定着に効果を発揮する。使用前に日光にさらしておくのがミソなのだが、今回は1時間ほどしか外に出せなかった。土曜に買うのを忘れ、日曜に買ってきたためで、それもまたやむを得なかろう。いつもなら丸々1日、外に出して存分に日光浴させておく。
豚肉はバラ肉を使うことが多いのだが、今回は小間切れである。なんのことはない、いつもの店に豚バラ肉がなかった、ただそれだけのことである。
いまだに、バラ肉と、小間切れと、切り落としの区別がつかない。バラ肉と、小間切れと切り落としが違うことは、なんとなく分かるのだが、小間切れと切り落としの区別が分らない。分ったところで、献立によって使い分けるわけでもないから、知らずにいてもよさそうなものだが、そこはそれ──哲やんではないが──アリストテレスの名著『形而上学』冒頭の言葉にあるとおり、「人は生まれつき知ることを欲する」のである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:20 | - | - |
きのこの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛きゃら蕗)、肉じゃが、小松菜のわさび和え、南蛮漬けの素、山芋の上のオクラ


小松菜のわさび和えと南蛮漬けの素は、先週の残り物である。
どちらも時日を経て、良く味が滲みている……と、負け惜しみを云っておこう。とにかく、これで前週分はすべて消費できた。
わさび和えにしても、南蛮漬けにしても、少々時日を経ても保つので、栄養価のみならず、その面でも重宝である。
山芋の上のオクラは、梅肉かかつお節があればよかった。よりいっそう、万葉の香りが漂ったことだろう。
今回南蛮漬けの素をラップでくるむ、と、云うチエを思い付いた。これならば、汁気を最小限に抑えることができる。窮すれば通ず、ではないが、やろうと思えば、それに応じたチエが、なんなと出てくるものである。
もっともそのチエも、齢とともに出にくくなってくるのは、脳筋肉の動きが衰えるとともに、毎日の繰り返しが習慣となり、固定観念となって、脳活動の柔軟さが失われるからであろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:18 | - | - |
きのこの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“きのこの日”だそうである。
Wikipediaによると、“日本特用林産振興会が1995年に制定”したもので、“10月はきのこ類の需要が高まる月で、その月の真ん中の15日を記念日とした”のだそうである。
下手に語呂を合わせるより、このほうがすっきりしてよほど心もちがいい。
昔から、「香り松茸、味しめじ」と云って、きのこ類は日本人の食卓になじみ深いものだったようである。
松茸などはもちろん手に入れるべくもないが、しめじや椎茸、エリンギ、舞茸などは一時期よく使用していたものである。最近はあまり使ってないが、今日を機に、久しぶりに採り入れてみようか。
きのこ類は栄養価も高く、免疫力を強化し、老廃物を排出する働きがある、と、聞く。大いに摂取すべき食材である。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
きのこ類は一切ない、風情とも季節感とも、まったく一切全然関係のない、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:15 | - | - |
幸福論
中島みゆきさんの偉大さ、その先見性の鋭さがよく解かるわ!

http://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%e3%80%8c%e4%bb%96%e4%ba%ba%e3%81%ae%e5%be%97%e3%81%8c%e8%a8%b1%e3%81%9b%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%8d%e4%ba%ba%e3%80%85%e3%81%8c%e5%a2%97%e5%8a%a0%e4%b8%ad-%e5%bf%83%e3%81%ab%e6%bd%9c%e3%82%80%e3%80%8c%e8%8b%a6%e3%81%97%e3%81%bf%e3%80%8d%e3%82%92%e8%aa%ad%e3%81%bf%e8%a7%a3%e3%81%8f/ar-AAIMtsX?ocid=ientp

ちなみに、中島みゆきさんの「幸福論」
        ↓
https://www.uta-net.com/movie/54584/
| ろ〜りぃ | 気まぐれなコラム | 15:46 | - | - |
ウィンクの日(オクトーバーウィンク)のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛らっきょう)、鶏肉ハンバーグ、菠薐草と白菜の胡麻和え、南蛮漬けの素


鶏肉ハンバーグは、以前ピーマンの肉詰めを料理ったときに、あまった肉ダネで料理っておいたものである。当然冷凍保存しておいたのだが、それがいつのことかは判然としない。どうでも半年以上も前のこととは思われぬ。
ピーマンの肉詰めに限らず、肉類は全般に生で冷凍保存するよりは火をとおしてから保存したほうがいい、とのことであるが、その真偽はさておいて、ピーマンの肉詰めなどは焼いてから冷凍保存するのもアリだと云うことを知って、こちらのほうもやってみたのである。
以前は週末は外食していたのだが、最近は面倒になって、内食する(弁当を買ってきて家で食べる)ことが多くなった。それならいっそ、休日も自分で料理ったものを食べればいいじゃないか、と、思わないでもない。
しかし休日くらいは、ちょっと目先の変わったものを食べようと云う気にもなる。そのへんを勘案すると、出前や弁当も、なかなか捨てがたいものである。もっとも出前は量も多くなり値段も張るので、最初からわたいの選択肢には入っていないのではあるが。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:56 | - | - |
ウィンクの日(オクトーバーウィンク)のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、チェダー・チーズ


今日は“ウィンクの日(オクトーバーウィンク)”なのだそうである。
「今日は何の日〜毎日が記念日〜」と云うWebsiteによると、“10と11を倒して見ると、ウィンクをしているように見えることから”制定されたのだそうである。“女子中学生の間ではやったおまじないで、この日、朝起きた時に相手の名前の文字数だけウィンクをすると、片思いの人に気持ちが伝わる……のだそうだ”そうである。
あいにく長い人生において、一度も“女子中学生”であったことのないわたいとしては、いつ頃そのようなことが流行ったのか知る由もないが、なるほどいかにも女子中学生の間で流行りそうなことではある。
たわいもないと云えばたわいもないが、そのようなたわいもないことをよろこべると云うのは、いわゆるひとつの青春の特権であろう。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
女子中学生間での流行とも、青春の特権とも、まったく一切金輪際関係のない、いたって殺風景な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:54 | - | - |
缶詰の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(長ねぎ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、冷奴、納豆、味付海苔


今週分の鰯の生姜煮がなくなったので、冷凍保存しておいたのを出した。
いったん料理った後で冷凍保存したのだから、効力があるかどうかははなはだ疑問である。少なくとも食べることはできた。身体に影響があるかないかは、もうしばらく経ってみないと分からない。たぶん大丈夫だろうと楽観している。
しかし、いまだに、料理ったお菜が予定どおりに消費できたためしがない。学習能力がないのか、そもそもの調整が難しいのか、なぞである。
それでもかぼちゃの煮物と小松菜のわさび和えは順調に消費している。
菠薐草と白菜の胡麻和えは2食分だったのでこれは滞りなく消費できる。菠薐草2束+白菜約1/8で2食分なのだから、菠薐草の費用対効果は小松菜のそれに劣るようだ。小松菜ならば1束=2食分である。
買ってきた白菜がまだ半分(1/4の半分)残っている。朝晩涼しくなってきたことだし、ツナと白菜のスープ煮でも料理ってみようか。休日の朝など、重宝しそうな気がする。晩に料理り置いても良し、朝にゆったり料理っても良し、で、ある。平日なら忙しなくて、とてもじゃないがそれどころではないが、休日なら少しはのんびりできるだろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:15 | - | - |
缶詰の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(みそかつおにんにく)、鰯の生姜煮、菠薐草と白菜の胡麻和え、南蛮漬けの素


だいぶ久しぶりに、菠薐草と白菜の胡麻あえを料理った。これからの季節、葉物野菜も根野菜も美味しくなり、種類も増えるので大いに愉しみである。
菠薐草や小松菜もだが、白菜も茹でるとだいぶ嵩が減る。それだけでなく、ちょっと茹ですぎるとふにゃふにゃになって、食物繊維しかなくなってしまう。野菜類は味付けよりも、茹で方が一番むずかしいんじゃないか、と、思う。
胡麻和えの素(?)は、すりごまに砂糖と濃口醤油を加えて、よく混ぜ合わせたものである。市販のすりごまを使ったのだが、自分で擂鉢で擂った方が、香ばしく、美味であることは解かっているが、そんな根性も忍耐力も時間もない。母者に云わせると、ヒマなときに擂っておいて、密閉壜に入れて置けばよいそうであるが、胡麻を擂る時間があれば、なにか別にしたいことがあり、かつまたしなければならないこともあるのである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:12 | - | - |
缶詰の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、チェダー・チーズ


今日は“缶詰の日”なのだそうである。
Wikipediaによると“1877年のこの日、北海道石狩町(現在の石狩市)において、日本最初の缶詰(中身はサケ)が作られたことにちなむ。日本缶詰協会が制定”とのことである。
1877年と云えば、明治10年──西南戦争が勃発した年である。
なお、Wikipediaの「缶詰」によると“明治時代には、主に日本国外向けの輸出用、国内向けには軍需用として生産されていたため、庶民には普及しなかった。当時の缶詰の価格は、1缶が20銭から35銭で、白米1升が7.65銭であったことから、いかに高価な食品であったかがわかる”とのことである。
その缶詰が“本格的に普及するきっかけは、1923年(大正12年)の関東大震災以降で、アメリカから送られた支援物資に缶詰が用いられたことによるものとされる”そうである。
なるほど、携行に便利で長期保存が効き、調理の手間がいらない缶詰は災害用備蓄食糧として、重宝である。
わたいもいざと云うときの保存食として蓄えていたが、いつの間にかなくなった。近年では災害用備蓄食糧として、あるいは保存食としてはもちろん、日常の食材としても使用されているようである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの連関もない。
災害とも備蓄とも関係のない、日常の料理に使おうが使うまいが、そんなこととも一切関係のない、いたって平々凡々たる、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:11 | - | - |
土偶の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(わかめ、とろろ昆布)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、冷奴、納豆、味付海苔


南蛮漬けの素で3種の野菜が摂れているからいいようなものの、それ以外ではかぼちゃと小松菜だけである。合計5種。なかなか心細い。あと2〜3種は野菜が欲しい。即席みそ汁をやめて手製にすればいいのだろうが、いまひとつ踏ん切りがつかない。
最近心気がダラダラして困る。身体もぐったりして、生活全体にハリがなく、のんべんだらりとしてしまっている。いらぬ刺激ばかりが多くて、快い刺激と云ったものがない。おそらくいらぬ刺激にいちいち反応して心神損耗せぬよう、自己防衛機能が働いているのであろう。
しかしこのままでいくと、その自己防衛機能による防御反応自体が慢性化してしまい、あらゆる刺激に鈍感になってしまいそうである。
なんとか快い刺激を探索し、気持ちを切り替えて、メリハリのある生活にしたいものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:14 | - | - |
土偶の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(角切山椒昆布)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、南蛮漬けの素


秋刀魚の塩焼きがなくなったで、毎度おなじみ、鰯の生姜煮である。
今回の鰯は、1パック=300円(税抜)で、いつもより100円高かった。
その分魚身が大きく、生姜煮じゃなく、それこそフライなどにしてもいいくらいであった。あいにくまだ“揚げない”イワシフライに挑戦するだけの気力がなかったので、相も変わらずの献立になってしまった。
生姜に加えて、梅肉(潰した梅干)を入れるのが臭味を除るコツかも知れない。以前にも記したが、調理中はともかく、出来上がって食する段になって、魚臭いと思ったことは一度もない。わたいの嗅覚が鈍いのかもしれない。しかし、料理法によるところにも大なるものがあると思う。
魚臭さに悩んでおられるお方は、一度試して見られてはいかがだろうか。あくまでも、自己責任で。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:12 | - | - |
土偶の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“土偶の日”なのだそうだ。
Wikipediaによると、“楽しみながら考古学に親しむをコンセプトに活動する「土偶の日運営委員会」が制定”したもので、“運営する土偶と縄文のポータルサイト「どぐぽた。」などを通じ、土偶に限らず広く縄文時代の文化について多くの人にその魅力を知ってもらうのが目的”なのだそうである。今日がその日に定められたのは、“10と9で「土(10)偶(ぐう)」と読む語呂合わせから”なのだそうだ。
「十(とお)」+「九(く)」→「とおく」→「どぐう」というわけである。まあまあ、理解できないでもない。
わたいの若い頃などは、映画“インディ・ジョーンズ”シリーズの影響で、考古学に興味をもつ学生がかなり増えたとか聞いた。
もっともMacによると、おなじ考古学と云っても、日本のそれと欧米のそれとでは、だいぶその様相が異なっており、日本の考古学は欧米では人類学の分野に属し、一方ギリシア・ローマ美術史に属する古典考古学なる学問分野もあるそうである。
おなじ言葉でも、日本と外国とでは、その観念が異なるのはやむを得まい。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
日本と諸外国とで言葉の観念が異なろうが異なるまいが、日本の考古学が西洋の分類でどこに属そうが、そんなこととはまったく一切全然関係のない、いたって非学問な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:10 | - | - |
はらこめしの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(油揚げ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、さんまの塩焼き(上半尾)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、冷奴、納豆、味付海苔


かぼちゃの煮物は、秋から冬の定番である。ほこほこして甘味があり、しかもすぐれた栄養分を包含している。たまにはちがう献立を、と、思っても、ついつい料理ってしまう、お気に入りの献立である。
ミニ豆腐は、暑かろうが寒かろうが、あいかわらず、冷奴である。実際なんの意味もあるわけではないのだが、このあたり、我ながら意味もなく頑固である。
それにしても、ここのところ、野菜の摂取量が──種類もだが──だいぶ減っている。困ったものである。最近いまひとつ体調がすぐれないのは、そのせいもあるのだろうか。もう少し寒くなってくると、粕汁の出番となるのだが、まだ10月上旬である。いくらなんでも、粕汁には早すぎる、で、ある。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:52 | - | - |
はらこめしの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛高菜昆布)、さんまの塩焼き(下半尾)、小松菜のわさび和え、南蛮漬けの素


南蛮漬けの素のおかげで、見た目は色彩ゆたかになった。南蛮漬けの素は、ピーマン、玉葱、人参、で、料理る。したがって、見てくれだけでなく、野菜も摂取できて、しかも酢を使っているので、サッパリして食欲を増進させる。
酢にはクエン酸が含まれており、食欲を増進させるとともに、食物の、エネルギーへの変換を促進するのだそうだ。梅やレモンなどがその代表である。
別々に入れているが、こうして食べれば、胃のなかでちょっとした南蛮漬けになろう。もっとも、さんまの南蛮漬けとは、あまり耳にしないが……。
小松菜のわさび和えは相変わらずである。小松菜からだいぶ水分が出ているので、あまりわさびの辛味が効いていない。残念なことである。やはり大量にいっぺんに料理ると、味が薄くなってしまうものらしい。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:43 | - | - |
はらこめしの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、チェダー・チーズ

今日は“はらこめしの日”だそうである。
はらこめし、と、云うのは、亘理町荒浜地区を発祥の地とし、古くから地元で愛され受け継がれているソウルフードなのだそうである。
炊き込まれたご飯の上に脂ののった鮭の切り身と大粒のはらこ(イクラ)を贅沢に乗せた郷土料理であり、宮城県を代表するまでになっている。
その美味しさを全国の人に知ってもらいたいと願い、10月8日を「はらこめしの日」として記念日にした。(一般社団法人 日本記念日協会 認定:2016年10月8日)
10月8日としたのは、10月は阿武隈川に鮭が上ってくる鮭漁の解禁の月で、8日の8は「はらこ」の「は(8)」であり、イクラの粒を縦に並べると数字の8に形が似ていることからなのだそうである(宮城県亘理郡亘理町HPより)。
そう云えば何年か前、例の八戸行の帰りに、東北新幹線の車内で食したことがあったのを思い出した。たしかに豪華豪勢な弁当であった。また食べたいと、切に思ったものである。
しかしわたいの食卓に並ぶのは、豪勢でも豪華でもない、鮭もイクラもない、いたって侘しい、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:36 | - | - |
バーコードの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(豆腐、乾燥わかめ、とろろ昆布)、秋刀魚の塩焼き(下半尾)、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、冷奴、納豆、味付海苔


量は減らしているつもりだが、品数はこれ以上減らせない。そこを無理に減らすとすると、かぼちゃの煮物だろうが、そうすると栄養バランスが欠けるような気がする。
一汁三菜の理想の献立であるはずである。ただ献立の品が固定気味であることはたしかである。栄養バランスはいいはずなのだが、おなじ食品ばかりで摂取するのはよろしくないそうである。
と、云われても、そこはそれ、ひとり暮らしの事情と予算との兼合い、と、云うものがある。
今回は秋刀魚が100円/尾(税抜)だった。前回の半値である。季節になってやっとそれらしい値段になったようである。しかし、わたいの記憶にある限りでは、去年は3尾=200円(税抜)や5尾=300円(税抜)までいった。それを考えると、まだ廉くなる……と、思いたいが、今年は秋刀魚不漁の報せが流れていた。どこまで廉くなるか、せっかくの秋の味覚、しかも味もよく、健康にもよろしい魚である。どうか廉価で手に入れられるままであってほしいものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:24 | - | - |
バーコードの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛きゃら蕗)、秋刀魚の塩焼き(上半尾)、小松菜のわさび和え、南蛮漬けの素


秋の刀の魚と書いて“さんま”である。 旬と形状が漢字に表されている。分りやすい命名である。
1尾では食べ過ぎになりかねないと思って、半分にした。市販の罐詰なら、半尾分も入っていまい。食べる量を減らすには半分くらいがちょうどいいかもしれない。
小松菜のわさび和えは、先週分の残りである。10月に入ってそうそう体調を崩してしまったのである。どうやら9月の体調不良が根底から治りきっていなかったようだ。年々季節の変化についていけなくなっているようで困る。さらには年々季節の変化が烈しく、また突然になるので、余計に堪える。
ようやく秋らしくなってきたのはうれしいが、身体がついていけないのは困る。なにごとも急いてはいけない、ゆるゆると行ってくれ、ゆるゆると。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:22 | - | - |
バーコードの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、チェダー・チーズ


今日は“バーコードの日”なのだそうである。
「今日は何の日〜毎日が記念日」と云うWebsiteによると、“1952年のこの日、アメリカでバーコードの特許が認められたとある。
1952年と云えば昭和27年だから、よっぽど前である。
1949年(昭和24年)にふたりの米国大学院生が発明し、1967年(昭和42年)には「アメリカの食品チェーン店が、レジスターの行列を解消させる方策として実用化』した、と、あるから、思ったより歴史は古いようである。
現在ではQRコードのほうがポピュラーなようだがバーコードもまだまだ健在である。すっかり日常生活に定着して、違和感も当初の新鮮な驚きもなくなってしまっている。いつの日かこれもQRコードに駆逐されて、ポケベルのような存在になってしまうのだろうか。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
バーコードともQRコードとも、ポケベルが鳴ろうが鳴るまいが、まったく一切完全に関係のない、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:20 | - | - |
コーヒーの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(わかめ、とろろ昆布、にら)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、和野菜の煮物、冷奴、納豆、味付海苔


和野菜の煮物ははじめて料理った。食材は、蓮根、人参、玉葱、ごぼう、蒟蒻、ちくわ、かぼちゃ、で、ある。これで5種の野菜が摂れる。小松菜とにらを合わせると7種になる。昼のアスパラガスを加えると8種になる。このところ野菜の摂取不足が顕著だったが、ようやく旧に復しつつある。
夏場は淡色野菜が主にならざるを得なかったが、これからは緑黄色野菜や根野菜を中心にすることができる。栄養学や食物学などではどうだか知らないが、わたいの基準では、淡色野菜<根野菜<緑黄色野菜、なのである。いわゆる野菜サラダ系よりも、煮物、お浸し、煮浸し系のほうが、栄養価に優れ、日本人の体質風土に合致し、味も馴染む、と、思っている。
ただ、かぼちゃを他の食材と一緒に煮たのは失敗だった。ぐずぐずになって半分くらい溶けてしまったのである。なんでも放り込めばいい、と、云うものではないようである。やはり食材と料理法との相性と云うものがあるのであろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:30 | - | - |
コーヒーの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛高菜昆布)、アスパラガスのベーコン巻き(3個)、かぼちゃの煮物、小松菜のわさび和え


今回で先週の残り物であるかぼちゃの煮物がなくなった。かぼちゃは大好物な食材のひとつなので、これからしばらくはかぼちゃが続くことだろう。今回は久しぶりだったので、味付けがだいぶ鹹くなってしまった。次から気をつけよう。
小松菜のわさび和えは通年ものになりそうだ。菠薐草のお浸しなり、ごま和えなりも料理ってみたいのだが、如何せん、菠薐草自体が店頭にない。困ったものである。そろそろ、菠薐草と白菜の胡麻あえなど、素材の甘味が出て、食べ頃の季節なのだが……。
アスパラガスはやや細めだが、味はそのほうがいいようだ。どうも貧乏性と云うか、根がセコイのか、アスパラガスでも胡瓜でも茄子でも、大きめのものを買おうとしてしまう。細くて小振りなもののほうが、味はいいらしい。太くて大き目なものは、中味がスカスカなことが多いらしいのだ。いや、けっして、人間のことじゃなく……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:28 | - | - |
コーヒーの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は“コーヒーの日”だそうである。
Wikipediaによると、“全日本コーヒー協会が1983年に制定”したもので、“国際コーヒー協会が定めた「コーヒー年度」の始まりの日であることから”制定されたのだそうである。“2015年に上記を踏まえ「国際コーヒーの日」が制定された”とあるが、そもそも国際コーヒー協会なる組織が、なにをもって今日を「コーヒー年度」なるものの始まりとしたのかについては、なにも書かれていない。
「今日は何の日〜毎日が記念日」なるWebsiteには、“コーヒー豆の収穫が終り、新たにコーヒー作りが始る時期である”と記されてある。まだこちらのほうが分かりやすい。
わたいもコーヒーが大好きで、最盛期(?)は1日10杯以上飲んでいたこともあった。最近はコーヒーの飲み過ぎは肌によろしくない、と、云うことで、1日5杯以下になるよう自制している。
コーヒーも他の嗜好品の例にもれず、さまざまな種類があって、それぞれに好みがある。
わたいはサントスとキリマンジャロを愛飲していた。いまはもっぱら、インスタントで済ましている。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
なぜかモーニング・コーヒーのない、コーヒー好きにしてはめずらしい、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:26 | - | - |


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