ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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ヴェルラムのベーコン
ヴェルラムのフランシス・ベーコン(Francis Bacon, 1561年1月22日−1626年4月9日)

ベーコンのことをお話しする前に、彼がどのような時代に生まれ、そして死んで行ったのか、その時代背景を、年表風に記してみましょう。

【時代背景】
1300年代〜1500年代 ルネサンス時代
1517年 ルターによる宗教改革の始まり。
1524年 ドイツ農民戦争勃発。
1558年 エリザベス女王(祇ぁ紡彜А
1561年 フランシス・ベーコン誕生。
1564年 シェークスピア誕生。
     ミケランジェロ死去。
1588年 アマルダの海戦。
1590年 豊臣秀吉による天下統一。戦国時代の終了。
1596年 デカルト誕生。
1600年 関ケ原の合戦。
     『ハムレット』執筆
1603年 徳川家康、征夷大将軍に任ぜられる。
     エリザベス女王(祇ぁ吠御。
1616年 ガリレオ 第1回異端審問。
     シェークスピア死去。
1618年 三十年戦争勃発。
1620年 ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(59歳)
1622年 リシュリュー(『三銃士』の敵役)、枢機卿就任。
1623年 徳川家光 征夷大将軍に任ぜられる。
1624年 リシュリュー 首席国務大臣(事実上の宰相)就任。
1626年 ベーコン死去。
1632年 ガリレオ 『天文対話』発行。
1633年 ガリレオ 第2回異端審問。
1637年 島原の乱、勃発。
     デカルト『方法序説』刊行(41歳)
1641年 清教徒革命。
     デカルト『省察』刊行(45歳)
1642年 リシュリュー 死去。
1643年 ルイ14世 フランス国王に即位。
1644年 デカルト『哲学原理』刊行(48歳)
1649年 清教徒革命終結。
     デカルト『情念論』刊行(53歳)
1650年 デカルト死去。
1651年 徳川家光死去。
1661年 ルイ14世、親政開始。

【主著】
1620年(59歳)『ノヴム・オルガヌム(新機関)』(岩波文庫)
〔話のネタ〕
ベーコンの主著は、この『ノヴム・オルガヌム(新機関)』です。岩波文庫から出ていますので(絶版になっているかも知れませんが)、わりと手に入りやすいと思います。
彼の有名な、“四つのイドラ”――「種族のイドラ」、「洞窟のイドラ」、「市場のイドラ」、「劇場のイドラ」――は、この書に記されています。

【引用&注釈】
「経験すなわち観察し実験する自然研究を意識的に原理とし、しかもこれをスコラ哲学とこれまでの学の方法とにはっきり対立させた」
 ☞ と、云うよりも、ベーコンが掲げた原理が、それ自体で、スコラ哲学や、それまでの学の方法と対立するものだった、と、云ったほうがいいでしょうね。
「したがってしばしば新しい哲学の先頭におかれる。」
 ☞ 新しい哲学、すなわち近世哲学、ですね。
   スコラ哲学と訣別することによって、新しい哲学、すなわち近世哲学が始まったのです。
「諸科学はこれまできわめて歎かわしい状態にあった」
「哲学は空虚で無駄な言葉争いに没頭し、幾世紀もの間、人間生活に真に役だつような仕事や実験は一つとして生みださなかった。これまでの論理学は、真理の探究というよりむしろ誤謬の固定に役だった。これらすべては何に起因するのか。これまでの諸科学のみじめさは何に由来するのか。それは、科学がその根である自然と経験とから遊離したからである。」
 ☞ ベーコンによれば、従来のスコラ哲学は、空虚で無駄な言葉争いにすぎないものでした。
   科学の根本は、自然と経験にある、と、云うのです。
「今や、学問をもっとも低い基礎から更新し復興し改革しなければならない。今や知識の新しい地盤、学問の新しい原理を発見しなければならない。こうした学問の改革および本本治療には二つの条件が必要である。その客観的条件は、学問を経験と自然科学とに還元することであり、その主観的条件は、伝統的な学問や世論やわれわれ自身の(個人的な、および共通の)性質がわれわれに真実と思いこませている、あらゆる先入見と幻像(idola)から精神が脱却することである。この二条件がそろって自然科学の正しい方法が生れるのであるが、その方法とはすなわち帰納法にほかならない。学問の健全はまったく真の帰納法にかかっている。」
 ☞ 新たな学問は、経験と自然科学に基礎を置き、あらゆる先入見と幻像(idola)を排することにある、と、云うのが、ベーコンの主張です。
「以上の諸命題のうちにベーコンの哲学は含まれている。」
「かれの歴史的意義は、一般的に言えば、かれが同時代人の人々の眼と思考とを再び与えられた現実、まず第一に自然に向け、以前は偶然事にすぎなかった経験をそれ自身思考の対象とし、経験が必要欠くべからざることを一般に意識させたことにある。科学的な経験の原理、思考的な自然研究の原理をもたらしたのがかれの功績である。しかし、かれの意義はただこの原理をかかげたことにある。」

【私見】
ベーコンは「自然」を対象とし、「自然の解明」を課題としました。そしてその課題を解決するのに、「精緻な実験」を重視しました。
そのことによって、哲学に新たな道を切り開いた、と、云うのが、哲学史上におけるベーコンの功績として、通説になっているようです。
しかしそれは間違っています。
「自然」は哲学の対象ではなく、「自然の解明」は哲学の課題ではありません。
そのことを明確にしたのが――少なくとも、その端緒を拓いたのが――、哲学史上における、ベーコンの功績なのです。
ベーコンは、「自然」を研究の対象とし、「自然の解明」を課題とし、そのために「精緻な実験」を重視することを提唱することによって、自然哲学を自然科学に推し進めました。少なくとも、その端緒をなしました。
ベーコンの功績は、自然哲学を、哲学として、刷新したことにあるのではなく、従来の自然哲学を自然科学に押し進めることによって、哲学の対象から「自然」を分離したことにあるのです。

【余談】
ベーコン以降、彼の提唱した方法、或いは考え方――哲学風に云えば、原理――、は、他の学問分野──政治、法律、歴史、等々──にも適用されるようになりました。
実証科学の時代の幕開けです。
それは自然の分野のみにとどまらず、社会、人文の分野へも、その影響を拡げていきました。
中世にキリスト教によって、“婢”の位置にまで貶められた哲学を復活させ、古代ギリシア哲学の成果に実証科学の手法を適用することによって、哲学に新たな地平を切り拓いたのが、近世哲学の功績です。
近世哲学が切り拓いた哲学の「新たな地平」とは、かつて哲学の対象であったものに実証科学の手法を適用することによって、それらを哲学の対象から分離したことです。
そうして哲学は、その対象をしだいに絞られていき、哲学本来の対象を獲得するようになるのです。
近世以降の哲学史とは、哲学が自己本来の対象を獲得していく過程、と、云っても、過言ではないかもしれません。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 21:25 | - | - |
エンゲルス批判
エンゲルスは『空想より科学へ――社会主義の発展――』の英語版の序文の中で、次のように述べています。

「不可知論者」は云う。
「われわれのすべての知識はわれわれの感官をつうじてわれわれが受け取る情報にもとづくものである」
「われわれの感官が、この感官をつうじてわれわれが知覚する対象の正しい描写をわれわれにあたえるかどうかということを、われわれはどのようにして知るのか?」
「自分が対象やその性質について語る場合にはいつでも、実際にはこれらの対象や性質のことを言っているのではなく――これらのものについてはなにごとも確実には知ることができない――、ただそれらのものが自分の感官に生じさせた印象のことを言っているだけである」

「こういう議論のすすめ方は、疑いもなく、たんなる論証によってはうちやぶることはむずかしいと思われる。しかし、論証のあるまえに行動があった。」
「プディングの味は食ってみればわかる。これらの対象のうちにわれわれが知覚するいろいろな性質に応じて、われわれがそれらの対象を自分の役にたたせるその瞬間に、われわれは、われわれの感官知覚が正しいか正しくないかについてまちがいのない吟味をしているのである。」

ここでエンゲルスが「不可知論者」と云うとき、だれを念頭に置いているのかは判然としませんが、少なくとも、カントでないことだけは、確かなようです。
 カントが述べているのは、“我々が確実に認識し得るのは、我々が経験し得る範囲内だけでのことであって、我々の経験の範囲外にあること――神の存在やその永遠不滅、世界の始元とその終末、魂の不滅と消滅、等々――については、我々にはこれを知ることができない。”と、云うものです。
 カントが我々の認識し得る領域を我々の経験し得る領域に限り、それ以外の領域――カントのいわゆる「可想界」――は、我々には認識し得ない、と、厳密かつ明確に区分したことは、哲学史上に画期をなす、大いに意義のある成果でした。
このことによってカントは、哲学から経験科学を追放し、純粋に哲学の領域を明瞭にしたのです。
しかしカント自身は、その意義を正しく認識することはなかったようです。
彼が明確にした哲学の領域は、彼にとっては、認識不可能な領域だったのです。
カントはその領域における認識を放棄し、そこに神の定言命令――あらゆる人が逆らうことの出来ない、「かくせねばならない」、「かくあらねばならない」と、云う、道徳的規範――を、見出そうとしました。
エンゲルスはこのカントの成果から後退しています。
しかも、甚だしく、後退しています。
ここでエンゲルスがまとめている見解は、不可知論者のそれと云うよりも、懐疑論者のそれに近いようです。
不可知論者は、少なくとも、経験世界における認識の正しさを退けてはいません。
「対象や性質」と、「それらのものが自分の感官に生じさせた印象」とが一致する可能性を、不可知論者は否定していないのです。
その一致を、あるいはその不一致を、いかに論証するか、それが不可知論者たちを後継する哲学者の課題でした。
その課題は「疑いもなく、たんなる論証によってはうちやぶることはむずかしい」課題です。
エンゲルスはその課題を、「論証のあるまえに行動があった。」「プディングの味は食ってみればわかる。」と、述べて、解決しようとしました。あるいは、解決したつもりになっているようです。
しかしこれは問題の解決ではなく、問題のすりかえです。
「論理の筋道」を、「議論によって打ち破る」べきであるのに、エンゲルスは、「この論理の筋道」を、「議論によって打ち破る……困難」から、逃避しています。
エンゲルスのこの態度は、古代ギリシアの時代、キニクの徒であるシノペのディオゲネスが、有名なゼノンのパラドックス(「アキレスは亀に追いつけない」、「飛んでいる矢は静止している」)に対する反論として、無言のまま立ち上がって、あちらこちらと歩き廻った、と、云う逸話を思い出させます。
このことについて、ヘーゲルは次のように述べています。
「つまり彼は、それを行動によって反駁したのである。けれども、理論の闘争には理論に基づく反駁のみが有効である。我々は感性的確実性に満足すべきでなく、概念的に把捉すべきである」
エンゲルスもヘーゲル哲学から出発したようですが、ヘーゲルの『哲学史』は、読み落としていたようです。あるいは読んでいても、忘れてしまったのかもしれません。それとも、エンゲルスがこの稿を書いた頃には、ヘーゲルの『哲学史』は、出版されていなかったのでしょう。あるいは、出版されていても、手に入らなかったのかも、しれません。
とまれ、ここで、エンゲルスが、哲学を放棄していることはたしかです。
“プディングとはなにか”を規定しようとしているときに、“食べてみればわかる”と云うのですから、その滑稽は容易に看取されます。
それがプディングであるか、そうでないかが、その味で決定されるのだとしたら、それがプディングであるか、そうでないかを知るためには、あらかじめ、プディングの味を知っていなければなりません。
と、すれば、その人はすでに、プディングのなんたるかを、知っていることになります。
プディングとはなにかをすでに知っている人に、プディングとはなにかを説明するのは、それも、「概念的に把握」させようとするのならまだしも、「食ってみればわかる」と云うのは、いかにも滑稽ではありますまいか。
プディングを食べたことのない人間にプディングを食べさせて、
「これがプディングだよ」
と、云っても、その人はプディングのなんたるかを知ることはないでしょう。
エンゲルスは“プディングとはなにか”と云う問題を、“プディングの味”の問題にすりかえています。
事象を思惟によって把握するのが哲学です。
エンゲルスは――少なくとも、ここでは――哲学を放棄しています。
経験世界の事象だけに限定しても、プディングならばそのものを差し出し、食べさせてみることも可能でしょうが、これが例えば、「愛」ですとか、「友情」ですとか、「無限」、「善」、「空間」、「絶対」とかでしたら、エンゲルスは、どのように説明するのでしょうか?
食べさせてくれるのでしょうか?
哲学は、これらの経験世界における諸規定などよりも、もっと抽象された概念を取り扱います。
そうなると、エンゲルスは、とても太刀打ちできないでしょう。
第一、プディングならば食べられるかもしれませんが、ストリキニーネとなると、そうはいかないでしょう。
それともエンゲルスは、ストリキニーネの味は食べてみればわかる、と、云って、食べてみるのでしょうか?
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 11:03 | - | - |
デカルトとベーコン
cogito,ergo sum(我思う、ゆえに我有り)――デカルトの有名な命題である。
この命題は、「思考」と「存在」の同一を表現したもの、と、思われている。
しかしそれは間違いで、この命題の重要な点は――、
「思考“する”」と「存在」の同一、つまり、“運動”がすなわち“有”である、と、云うことを、表現したところにある。

多くの人々が指摘しているように、“cogito,ergo sum”の“ergo”は不要である。
“cogito”は“sum”と同じであり、“ergo”による接続を必要としない。
“cogito”はすなわち“sum”であり、“sum”はすなわち“cogito”である。
デカルトによって、思惟の働きこそが根本存在(有)であることが、明確になった。
思惟こそが有であり、思惟の働きこそが有の動きであり、思惟の働きすなわち有の動きこそが、哲学の対象である。

デカルトから、近代哲学が始まる。
この命題によって、思惟による思惟の把握、と、云う、哲学の根本が明確にされた。


同じ頃、ヴェルラムのベーコンは、感覚による事物の把握に重点を置き、実験を重視した。
人間が対象を把握するのは感覚によってであるが、感覚は不確かで、対象の把握に際して、誤ちを犯すことが少なくない。その誤りを正し、精確に対象を捉えるためには、実験が重要である、と、ベーコンは考えた。

実験こそが、感覚による事物の把握に確実性を与える、実験によって、感覚が事物の把握に際して陥る誤謬を排除し得る、と、考えたのである。

ベーコンによって、自然哲学に新たな道が拓り開かれた。
自然哲学は発展し、自然科学となった。
ベーコンの功績は、自然哲学であったものを、自然科学へと発展させる道程を拓り開いたことによる。
自然の事物や現象を対象とする学を哲学から切り離したことが、――少なくとも、そのきっかけをつくったことが、――ベーコンの哲学史上における偉大な功績である。

哲学の対象から自然が分離され、思惟は自分自身がつくりだしたものを対象とするようになった。
さらに思惟は、自分自身でつくりだしたものをも、自分自身から分離して、個々の学問、科学として、確立していくようになる。
すなわち、国家組織の在り方(国家学)、国家統治の手法(政治学や法律学)、芸術による表現(芸術学、美学)、さまざまな人間の営み(歴史学)、信仰心(宗教学)、心の働き(心理学)、等々、である。
現在われわれが社会科学、人文科学、自然科学の名のもとに総括しているあらゆる学問分野が、哲学から分離された。
そして残ったのが、思惟とその働き、それ自体を対象とする学、哲学である。


| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 11:38 | - | - |
やっぱり……
『形而上学』を読み続けることにする。
全集編纂の際に『自然学』を『形而上学』の前に置いたくらいだから、『自然学』が『形而上学』の前提になっているのだろう、と、思っていたが、かならずしも、そうではないらしい。
『自然学』の訳注などには、けっこう、形而上学の何処其処を参照、などと、書いてある。
どちらが先、と、云うこともあるまいが、やはり、『形而上学』を読み終えてから、『自然学』に取組むことにする。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 13:46 | - | - |
アリストテレスの……
アリストテレスの『自然学』が届いた。
古本である。現在岩波書店から新版が順次刊行中であるが、『自然学』がいつ刊行されるのか、不明であるし、ちょうど手頃な価格で売っていたので、註文したのである。
『形而上学』を読んでいる途中だが、いったん中断して、明日から、『自然学』を読むつもりである。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 22:48 | - | - |
ヘーゲル『哲学史』
ヘーゲル『哲学史』上巻(岩波書店)を読んでいる。
順調に行けば、明日には読み終わる。
これを読み終えたら、アリストテレスの『形而上学』(岩波文庫)を読む。
このふたつを主にして、古代ギリシア哲学を整理する。
来年には取り掛かれるだろう。
当面はソクラテス以前、タレスからアナクサゴラスまでをやる。
もっとも、先々どうなるかは分からない。気が変わることも大いに有り得る。いまのところの予定である。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 22:24 | - | - |
『大論理学』(上巻の一)読了
昨日、『大論理学』(上巻の一)を読了した。
いわゆる「有論」の「質」に該当する部分である。
「有論」は『大論理学』の、と云うことは、ヘーゲル哲学の核心をなす部分であり、エッセンスが凝縮されているところである。
ヘーゲル哲学の理解にとって、最も重要なところである。
しかし、逸脱や混乱、先走りなども多く見られる。
それらの――謂わば――“贅肉”を削ぎ落とし、スッキリとした論理の体系として把握するには、そうとうな思惟の力を必要とする。
その力があるかないか、それはやってみなければ分からない。
「泳ぎをおぼえるためには、まず、水の中に入らなければならない」のである。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 15:01 | - | - |
『エンチュクロペディー』読後感
『エンチュクロペディー』を読み終えた。
基本、論理学(いわゆる『小論理学』)部分の、とくに「有論」部分の考え方が全体を貫いているように思われる。
個々の規定概念がどのように生じてくるかをもう少し注意して読めば、なお面白くなるだろう。
不完全で不徹底かもしれないが、その意図の壮大さには瞠目せざるを得ない。
| 哲ッちゃん | 哲学のおと | 15:45 | - | - |


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