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“スター・ウォーズ”新解
“スター・ウォーズ・シリーズ”の新作、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が、早くも、DVDやBlue-Rayなどになって、市場に出回っているとか、出回るとか……。
“スター・ウォーズ・シリーズ”の熱烈なファン、と、云うわけではありませんが、それでも人並みには観てますし、人並みには好きなシリーズではあるのですが、ここまで来ると、“もうエエやろ”と云う気分になります。
昔懐かしい、ハリソン・フォード(ハン=ソロ)、マーク・ハミル(ルーク・スカイウォーカー)、キャリー・フィッシャー(レイア姫)などが出演しているにもかかわらず、です。

その“スター・ウォーズ・シリーズ”ですが、これはご存じのように、全9作から成る構想でして、その9作が、さらに、前3作、中3作、後3作、と、3部に分けられています。
最初に製作され、公開されたのは、中3作で、それぞれ、『スター・ウォーズ/新たなる希望』(公開当初は、たんに『スター・ウォーズ』だけだったように記憶しています)、『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』、『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(のち、『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』と改められました)と、題されています。先述しました、ハン=ソロ、ルーク・スカイウォーカー、レイア姫などが活躍したのが、この3作です。
ファンの間では、この3作をもって、“ルーク3部作”と、称しているようです。

中3作の後に、前3作が製作、公開されました。
『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』、『スター・ウォーズ エピソード2/クローンの攻撃』、『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』です。
この前3作は、中3作で圧倒的な存在感を示した悪役:ダース・ヴェイダーの過去を綴るものです。
――かつて、ジェダイの騎士として、その将来を嘱望されたアナキンが、なぜに、そして、いかにして、暗黒卿ダース・ヴェイダーとなったのか。
――なぜに、どのようにして、共和国は崩壊し、帝国が樹立されたのか。
それが前3作における興味であり、物語の見所でした。

じつを云いますと、この前3作が公開される前から、ひとつの疑念、と、云いますか、危惧がありました。
それは――、
ルーカス氏に、政治上の陰謀や駆引き、裏切りや離合集散などが描けるだろうか?
と、云うものでした。
自分はそれまでに、戸川猪佐武氏の『小説 吉田学校』を読み、政治家たちの繰り広げる、摩訶不思議な暗闘暗躍、離合集散、裏切り、締結、騙し騙されの妙に、すっかり感服していました。もちろんそれは、最高権力者である内閣総理大臣の座、或いは政権与党の座をめぐって繰り広げられるものなのですが、その迫真力、その説得力は、なんど読み返しても、血沸き、肉躍ります。
それが単純な買収供応や旨味のある地位――大臣や党内の役職など――の約束などではなく、あるいは時勢を説き、あるいは大義を唱え、あるいは情に訴え、ときに野心をくすぐり、ときに利害を勘案せしめ、ときに隠微なる嚇しを加え……、
日本と米国とでは、政治上の仕組みは違うとは云え、やはり根底には、同じような現象があろうと思うのです。
“スター・ウォーズ・シリーズ”は、古代ギリシャやローマ、北欧や中東などの神話伝説を参考にして、その世界観が形成された、と、聞きました。
そうしますと、ギリシャがマケドニアに併合された経緯や、ローマが共和政から帝政に移行した際のプロセスなどは、大いに参考にしただろう、と、思ったのですが、残念ながら、前3作には、そのような政治上の、複雑なストーリー・プロセスはありませんでした。
やはりその種のことは、ルーカス氏の手に余るものだったようです。あるいは、ルーカス氏自身、政治上の権力争奪やそのための手練手管、権謀術数、腹芸駆引などには、興味がなかったのかも知れません。
とまれ、最初に危惧していたように――後出しジャンケンのように思われるかもしれませんが――、この点でのストーリー展開は、非常に不充分で、不満足なものでした。
元老院議パルパティーンが、どのようにして銀河皇帝に上りつめたのか、その過程、そのプロセスが、あまりにも単純であっけなく、お座なりになっている感が拭えないのです。

同じことが、アナキンがダース・ヴェイダーになる過程についても云えます。
“フォースにバランスをもたらす子”として、その将来を嘱望された、若きジェダイの騎士:アナキン・スカイウォーカーが、如何にして、恐怖と弾圧の象徴:暗黒卿ダース・ヴェイダーとなったのか……。
そこには、それこそ、観客の心胆を寒からしめると同時に、その紅涙を絞らせ、同情を催させるような、痛切な動機、理由が存在して然るべきはずです。
ところが、それがないのです。
お家芸の特殊撮影技術(SFX)の迫力と、スピーディなストーリー展開で気がつかないかもしれませんが、落ち着いてよく考えてみますと、アナキンがダース・ヴェイダーになる経緯は、はなはだもって単純至極、ハッキリ云ってしまえば、幼稚にすぎるのです。
愛する人の命を助けたい、と、云う気持ちは、解からないでもありませんが、そのために――愛する人の命を救うために――、アナキンは、自分みずから、なんの行動を起こしたのでしょうか。なにもしていません。
ヨーダに相談し、オビ=ワンに愚痴り、そうしてパルパティーンの誘いに、ホイホイと乗って行っただけです。
辛辣な観方をすれば、彼の、パドメにたいする愛も、あやしく思われてきます。
いったいアナキンは、パドメのことを、ほんとうに愛していたのでしょうか?
と、云いますと、愛情に、嘘もほんとうもないだろう、と、 おっしゃられるかもしれません。
なるほど、愛情の真実などは、当の本人同士にしか解らないものでしょう。
しかしその言動から、おおよその思いを察知することはできます。そうしてみますと、アナキンがパドメの思いを理解し、その思いに共感し、共に生きて行こう、と、考えたとは、到底、思えません。
アナキンの考えは、あくまで、自己中心です。
評議会がぼくを評価してくれない、パドメがぼくのことを解ってくれない、オビ=ワンがぼくを理解してくれない、……。
まるで中学生です。
グレた中学生が、好きな女の子と一緒になれなかったために、自棄になって町の不良になった、と、云ってしまえば、いくらなんでも、アナキンに失礼でしょうか?
ですので、どうもこの前3作、いわゆる“アナキン3部作”には、いまひとつ、スリルとサスペンスが欠けているように感じられてしまうのです。
スリルやサスペンスと云うものは、特殊撮影技術(SFX)の妙からではなく、人間同士の相克葛藤から生じるものであり、それをうまく表現し得た者が、よき脚本家、よき演出家、と、呼ばれ得るのです。
“スリラーの神さま”、“サスペンスの神さま”と賞されたアルフレッド・ヒッチコックはもとより、“西部劇の神さま”と呼ばれたジョン・フォードも、“世界のクロサワ”こと黒澤明監督も、またルーカス氏の先輩、フランシス・コッポラ氏、ルーカス氏の盟友、スティーヴン・スピルバーグ氏も、みなそうです。
残念ながらルーカス氏は、その着想、そのアイディアの点では、優れたものをもっておられる(“スター・ウォーズ・シリーズ”の着想や、“インディアナ・ジョーンズ・シリーズ”の着想など)ようですが、演出家としての力量は、先述の人々には及ばないようです。
それはともあれ、この前3作を何回か観て、面白いことに気付きました。これはおそらく、だれも云っていない、と、思うのですが――、
前3作の第1作目で、ジェダイの騎士:クワイ=ガン・ジンは、アナキンの母シミに、アナキンの父親はだれなのか、訊ねます。
シミは、あの子に父親はいない、自分が一人で身籠って、一人で産んだのだ、と、云います。
この話は、世界各国の開国伝説に見られる、処女懐胎伝説を彷彿とさせます。
建国の英雄は、天からの使命を受けた娘(処女)から産まれる、と、云うものです。いちばん有名なのが、イエス・キリストの生誕物語でしょう。
しかし、前3作の3番目の作品で、アナキンを暗黒面に誘惑しようとする元老院議長パルパティーンは、パドメの死を憂うるアナキンに、賢人:ダース・グレイヴルの話を聞かせます。
ダース・グレイヴルは、フォースの源であるミディクロリアンに影響を与え、生命を創造した、と、云うのです。
彼は自分の弟子に殺された。生命を創造しながら、自分の生命は救えなかった、皮肉な話だな、と、パルパティーンは、アナキンに話します。
さらにアナキンが、パドメを死の淵から救うためにパルパティーンの弟子となり、ダース・ヴェイダーの名を与えられたとき、パルパティーンはアナキンに云います。
――死を免れる術はわたしの師だけが獲得したものだが、われわれ二人が力を合せれば、その秘奥を突き止めることが出来る。
お分かりですか?
必要ないかもしれませんが、整理してみましょう。
・アナキンは、父親無くして産まれた。
・ダース・グレイヴルは、フォースの源であるミディクロリアンから、生命を創造した。
・ダース・グレイヴルは、自分の弟子に殺された。
・死を免れる術を獲得し得たのは、パルパティーンの師だけである。
さて、厳密には、「死を免れる術」と、「生命を創造する」こととは、別物のように思われましょうが、ここでは、おなじことだと考えてみましょう。
すると、どうなるでしょうか?
アナキンはダース・グレイヴルがミディクロリアンに影響を与えて産みだした子であり、それゆえにこそ、ヨーダをも超えるようなフォースの潜在力をもっているのであり、また、シミが云ったように、父親はいないのです。
そして、ミディクロリアンに影響を与えてアナキンを産みだしたダース・グレイヴルは、彼の弟子であるパルパティーンに殺されたのです。
つまりアナキンは、自分の父の弟子に弟子入りし、しかもその師は、自分の父を殺害した人物でもあるのです。
中3作の3作目、『スター・ウォーズ/ジェダイの復讐』(『スター・ウォーズ/ジェダイの帰還』)において、ダース・ヴェイダーは、瀕死の身体に鞭打って、皇帝パルパティーンをデス・スターの動力炉に投げ込み、息子であるルーク・スカイウォーカーの生命を救います。
しかし、前述のように考えてみますと、ダース・ヴェイダーは、息子の生命を救ったのみならず、自分では知らずして、父親の仇を討ったことにもなります。
知らぬこととはいえ、父を殺した男の弟子となり、息子の生命を救うと同時に、父の仇を討つ、と云う宿命を背負った男の人生の、なんと悲しいことでしょうか。
そう考えてみますと、最後の最後に、息子の手で暗黒のマスクを外してもらい、自分の眼で成長した息子の姿を見、人工の呼吸器をとおさぬ自分の声で、娘への愛を語ることのできた彼は、その人生の最期において、最高の、至福のときを得たのではないでしょうか。
いみじくも、ヨーダが云ったように、フォースは、戦いや、スリルや、冒険のためのものではありません。
それは、他人の幸福を願い、他人の幸福のために尽力し、他人の笑顔をもって、みずからの笑顔と出来るような、そんな力なのではないでしょうか。
少なくとも、わたしは、そう思います。
| 映ちゃん | 気まぐれシネマ・デイズ | 21:47 | - | - |


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