ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
  << December 2021 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
内閣制度発足の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(3本)


1885年(明治18年)の今日、それまでの太政官制度に替り、本邦初の内閣制度が発足した。
首班となる内閣総理大臣には、長州出身の伊藤博文が坐したことは、みなさん、ご存じのとおりである。
奇妙なのは、このときにはまだ、憲法(大日本帝国憲法)が存在していなかったことである。
わたいの感覚としては、憲法が制定され、その規定に基づいて、内閣が発足し、議会議員選挙が行われ、議会が構成される、と、思うのだが、実際には──少なくとも我が国においては──そうではなかった。
ちなみに、日本初の近代立憲主義に基づく憲法が発布されたのは、内閣発足から4年後の、1889年(明治22年)のことである。
そのときの内閣は、薩摩出身の黒田清隆を首班に戴くものであった。
学生時代、日本史の試験で、大日本帝国憲法発布時の内閣総理大臣はだれかを問う問題に、ほとんど生徒が「伊藤博文」と答えたのを知って、苦笑を禁じ得なかった。
伊藤は憲法制定のために内閣総理の職を辞し、後継に薩摩の黒田を推したのである。
まぁ、そんなことなど知らなくても生きては行けるし、知ってるからと云って偉いわけでも恥ずべきことでもない。
もちろん、そのことを知っているから、と、云って、わたいの食卓に並ぶ献立に影響が及ぶはずもない。
いつもどおりの、変り映えのせぬ献立である。
ところで、本邦初の内閣制度発足と相成ったこの日、その内閣を構成していた閣僚の諸士は、いったい、どのような朝食を喫したのであろうか。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 10:18 | - | - |


CATEGORIES
LINKS
PROFILE
OTHERS