ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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森林(もり)の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×2枚)、半熟卵(2個)、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、生野菜サラダ


今日は“森林(もり)の日”であるらしい。
Wikipediaによると、“村名に「美」の字がつく村10村で結成した「美し村(うましさと)連邦」が制定”したもので、“5月は「森林」の中に「木」が5つ入っていることから、20日は「森林」の総画数が20画であることから”定められたらしい。“なお、美し村連邦は、参加する村のほとんどが平成の大合併で消滅することから、2003年に解散している”とのことである。
“「森林」の中に「木」が5つ入っていることから”5月、“「森林」の総画数が20画であることから”20日、と、云うのは、いつもながら、苦しいこじつけの感がないでもないが、今回はなにやら妙に、なるほど、と、膝を打った。木の数と総画数と云う、ある程度統一された原理に基づいているからだろう。
近年、豪雨災害の過酷さがその程度を増しているが、ひとつには森林の存在が希薄になっていることも、大いに関係していると思われる。
森林は、ただに雨水の濁流や土砂崩れを防止するにとどまらず、二酸化炭素を吸収して酸素を送り出し、大気を正常に循環する役目を果たしている。森林のただなかに入ると、身も心も清浄なるような気になり、心身の緊張が緩和される。いわゆる森林浴、と、呼ばれるものの効果である。
古くは生活に必要な燃料や、山の幸を恵与してくれる、なくてはならない存在であった。
その貴重な森林を、戦争や人間の欲得ずくで破壊し、蹂躙したツケが、いま自然災害と云う形で応報されているわけである。
むかし自然災害に遭遇した人間は、これを“天罰”ととらえて、その身を慎んだものだが、西洋合理の思考法が輸入されて以来、そのような考え方は非合理であるとして退けられ、いかな自然災害に遭遇しても、これを“天罰”などとは考えず、したがってその行いを反省して身を慎むこともなく、はなはだしきは自然を呪憎するほどに増長している。
この人類の増上慢は、いずれ大災害と云う形で、自然から罰せられるであろう。南海トラフ地震など、その先駆けとなるかもしれない。
美し村連邦は2003年(平成15年)に解散したそうだが、その志は、16年を閲した現在でも、けっして忘れてはならないと思う。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
森林とも、自然災害とも、まったく関係のない、いたって無風流にして、平凡なる献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:57 | - | - |


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