ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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尾崎紅葉祭の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)、みかん(2個)



「今月今夜のこの月を、僕の涙で曇らせてみせる」
現在ではこの台詞をご存じの方も稀になってしまったようである。
昔はわたいたち小中学生でも知っていたのであるが……。
尾崎紅葉の筆になる『金色夜叉』の名場面である。
ただ、この場面は知っていても、『金色夜叉』自体がどう云う内容の作品なのか、またこの場面はどんな筋の流れで顕現しているのか、そのことを知っている者はほとんどいなかった。不肖、わたいもそのひとりであった。
『金色夜叉』は狷蒜篆景垢1897年(明治30年)1月1日 - 1902年(明治35年)5月11日まで連載された。前編、中編、後編、続金色夜叉、続続金色夜叉、新続金色夜叉の6編からなっている瓩里世修Δ任△襪、犲紘中に作者が死亡したため未完成瓩任△蝓△修慮絖犢藩嫐膕爾両栗風葉が1909年(明治42年)に「終編金色夜叉」を書き継いだ瓠Wikipedia/『金色夜叉』より)。
この作品は映画、TV、舞台などで何度も上演され、ドサまわりの田舎芝居でもさかんに演じられていた。
その際特に人気を博したのが、主人公の間寛一とお宮が熱海の海岸で繰り広げる別れの場面である。
その際寛一が放つ罵倒の言葉は、名台詞として、幼少のわたいたちも憶えたくらいである。
なるほど、熱海市が尾崎紅葉祭を催すのもむべなるかな、で、ある。
ちなみに、わたいたちが幼少にしてこの熱海海岸の名場面を知り、またこの名台詞を憶えていたのは、なにもわたいたちが早熟な文学幼少年であったためではない。
当時の人気番組で、ドリフターズが、よくこの場面のコントが演じられていたからである。寛一が加トちゃん、お宮が仲本工事、と、云う組み合わせが多かったように思う。
いまにして思えば、ナカナカに教養豊かな、教育的な番組だったのである。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
月が曇ろうが曇るまいが、寛一とお宮が別れようが別れまいが、ドリフに教養があろうがなかろうが、そんなこととはまったく一切どんなつながりもない、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:11 | - | - |


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