ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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世界翻訳の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は狎こλ殘の日瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると犢餾殍殘家連盟が制定瓩靴燭發里如↓爛リスト教の聖職者で、聖書をラテン語訳したことで知られるヒエロニムスが亡くなった日瓩覆里世修Δ任△襦
さすが西洋文化は、聖書が中心にあるようである。
散作によると、日本ほど翻訳書に恵まれた国はないそうである。米ソ対立の時代には、マルクスやレーニンの著書はおろか、いわゆるロシア文学が市井の書店に並ぶことなど、ついぞなかったそうである。もっぱらその筋の専門家――大学の研究者や教授など――しか、入手することができなかったのだとか。
それを考えると、日本はなるほど、たいしたものである。古今東西の名著が自国語で読める――なんと有り難いことであるか。にもかかわらず、その素晴らしさを活かしきれてない人間の多いことを、つねづね嘆いている。
母国では顧みられなくなった作家の作品が日本では数多く出版され、しかも、いわゆる市の本屋で手に入るので、当の国の人間が驚いた、と云う逸話もあるそうである。
これだけの文化における土壌がゆたかであるにもかかわらず、国民の文化程度が低劣なのは、いったいどう云うわけであろうか。
三十年以上も以前の話だが、西武グループの総帥として有名な堤義明氏が、最近の若い者はオブローモフ主義も読んでいない、と、慨嘆しておられたが、さもありなん、で、ある。
せっかく恵まれた環境になりながら、それを充分に活用しきれていない。これを称して、宝の持ち腐れ、と、云う。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:03 | - | - |


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