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薔薇のつぼみ
『市民ケーン』と云う映画があります。
1941年の作品で、当時25歳だったオーソン・ウェルズが、製作・監督・脚本・主演を務めました。劇団を主宰していたウェルズの、映画デビュー作です。
この作品は、製作当時存命していた新聞王、ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにした作品として、また、初めてパン・フォーカスを使用した作品として、語り草になっています。
実際、ハーストは、この映画は自分に対する侮辱だ、と、感じて、その製作並びに公開を阻止するために、さまざまな手段を弄した、と、云われています。
映画技法としては、先述したパン・フォーカス以外に、クレーンを使用した大胆な移動撮影、ワンシーン・ワンショットの長廻し撮影、広角レンズによるローアングルの多用、極端なクローズアップなど、現在当たり前のように使用されているさまざまな撮影技術、表現技法が、この『市民ケーン』によって確立された、と、云われています。

物語は、新聞王ケーンが臨終の際に発した言葉の意味を解明するために、とある新聞記者がケーンとかかわりのあった人物を取材していく過程で、ケーンの知られざる生活――その孤独と苦悩――が明らかになっていく、と、云う御趣向です。
回想シーンを多用し、過去と現在を交錯して描くその構成は、当時としては、じつに斬新な手法でした。
そして最後、ケーンの遺品が競売にかけられることになります。
価値のある家具類が残され、価値のないものはガラクタとして火の中にくべられ、焼却されていきます。
その、火の中にくべられていく様々なガラクタの中に、ケーンが幼少の頃、雪の中で無邪気に戯れていたときの橇があります。
その橇に刻まれていた言葉が――、ケーンが臨終の際に発した言葉、“薔薇のつぼみ(ローズ・バッド)”でした。
“貧しい宿屋の倅から身を起して波乱万丈の人生を送り、新聞王とまで云われ、ザナドゥと呼ばれる広大な邸に住むようにまでなったが、妻には去られ、友人たちにも見放されて、ひとり虚しく死んでいかねばならない。結局、一番楽しかったのは、無邪気に雪と戯れていた、あの幼い日々だった”
ケーンのいまわの際の言葉、“薔薇のつぼみ(ローズ・バッド)”の意味を、そのように解釈する人々がいます。
しかし、自分はそうは思いません。
ケーンは“薔薇のつぼみ(ローズ・バッド)”と云う文字が刻まれた橇に乗って遊んでいた時、まったく自分とはかかわりのない、まったくの偶然、まさに、運命のいたずら、と、云うべき偶然によって、大きくその人生を変えられました。
それは、ケーン自身が、そうあろうと望んだものでもなく、ケーンに縁のある人が、ケーンにとって、そうあらしめたい、と、望んだものでもありませんでした。
しかしそれは、ケーンにとっては、まぎれもないチャンス、人生の転機、でした。
おそらくケーンは、その波乱万丈の人生歴程の途中、苦悩の底に沈んだとき、
“しっかりしろ。こんなことでくじけるな。俺は幸運な男なんだ。あの、雪と戯れていた幼い日、思いがけない幸運が舞い込んできたように、きっと俺には、幸運が舞い込んでくる。かならず、幸運は来るんだ”
と、みずからを叱咤して、その苦難を耐え忍び、その苦難を乗り切っていったのでしょう。
そのときの、自分自身を、自分自身叱咤し、自分自身激励する言葉が、“薔薇のつぼみ(ローズ・バッド)”だったのだろう、と、思うのです。
ケーンは何度も苦境に陥りながら、最期には妻や友人たちにも見放されながら、それでもなお、みずからの幸運と、みずからの力を信じて、“薔薇のつぼみ(ローズ・バッド)”と、つぶやいたのでしょう。
“負けてたまるか。俺はケーンだ。俺はかならず、ふたたび立ち上がる。こんなことで、死んでたまるか”
臨終の間際にあっても、ケーンはそう云って自分を鼓舞し、けっして、絶望しなかったのです。
どんな苦難に際しても、たとえ妻や友人に去られ、会社は倒産し、世論の囂々たる批難を浴び、零落の淵に沈もうとも、みずからの力を信じ、みずからの幸運を信じ、けっして逆境に屈しない強さ、その強さを保持している人物こそが、アメリカ合衆国民の理想とする「市民」なのでしょう。
この映画のタイトルが、『偉人ケーン』でも、『巨人ケーン』でもなく、『市民ケーン』である所以は、その点にこそ、あると思います。

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| 映ちゃん | 気まぐれシネマ・デイズ | 03:51 | - | - |


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