ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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写真の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、揚げない鶏の唐揚げ、ほうれん草のお浸し、わかめと野菜の酢漬け、木綿奴、納豆、味付海苔


揚げない鶏の唐揚げが、思っていた以上にうまくいった。見てくれはもちろん、使用した油も余さずにすんだ。むしろ足りないぐらいだった。善哉善哉。ただ惜しむべきらくは、塩胡椒をするのを忘れた。とは云っても、酒、醤油、にんにく、生姜で一晩漬けこんだのだから、味はしっかりついているはずである……と、弁解しておこう。
揚げ油はオリーブ油を使用した。いささか贅沢であろうとは思ったが、このところ、焼き物も炒め物も滅多に料理らないし、揚げ物もそうそう料理るわけでもなし、たまに料理るときくらい贅沢してもよかろう、と、自分を甘やかしたのである。
どこのだれが、どんな食材や調味料を、どれだけ使って作ったのかよく分からない外食や店屋物(出前もの)などで贅沢するよりも、自分で使う食材や調味料で贅沢するほうが、よほど贅沢の仕甲斐があると思うのだが、如何だろうか。
今回は溶き卵もパン粉も使わなかった。小麦粉と片栗粉を混ぜたものを、茶漉しでまぶしただけである。しかしこれが、なかなか茶漉しの網の目を通ってくれなくて、大いに難儀した。
足も短く気も短いわたいとしては、いっぺんにぶちまけたくなったが、そこはそれ、秋山淳五郎眞之氏も述べておられる如く、短気は損気、急がば回れ、で、ある。深呼吸して気を静め、どうすればうまくいくかを思考しつつ、はやる気持ちを抑えて、なんとかうまくぜんたいにまぶすことができた。
料理一膳、献立一品料理るにしても、修行である。掃除も洗濯も、心構えひとつで貴重な体験、有難い修行となり得る。その積み重ねが、人性人格を陶冶するのである。頭だけで物事を理解しようとし、また理解できるつもりになっているインテリ諸公には終に理解の及ばぬ境地である。
と、云っても、云ってるわたい自身がこの程度なのだから、説得力に欠けること甚だしいが……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:06 | - | - |
写真の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(みそかつおにんにく)、玉子焼き(2個)、ほうれん草のお浸し、小松菜のわさび和え


故あって玉子焼きから始まってしまった。もちろん、レンジdeだし巻き卵なる容器で料理ったものである。
だしは入れていないから、だし巻き卵ではない。玉子焼きである。味付けは塩胡椒である。最初30秒、その後40秒、電子レンジで加熱する。手間と云えば手間であるし、せわしないと云えばせわしない。しかし朝のせわしないなか、しかも多分に寝惚けているなか、火を使わなくてすむのは調法である。出来栄えの差が大きいのは、滅多に使用しない以上、やむをえない。玉子焼きはあくまで、緊急避難用の献立なのである。
ほうれん草のお浸しと小松菜のわさび和えは、先週の残りである。ほうれん草5束と小松菜2束が、最近の購入量である。それで、ほうれん草のお浸しが5食分、小松菜のわさび和えも5食分、計10食分はできる。
ほうれん草は80〜100円/束(税込)なのだから、栄養価を考えれば、ずいぶん安上がりである。小松菜は128円/束(税抜)から、75円/束(税抜)まで、大きな差がある。駅前商店街の八百屋で買っているのだが、おそらく仕入先の出来高如何に大きく左右されるのであろう。勝手な想像だが、どこかの農家あるいはその団体と、直接取引しているものと推測している。まあ、廉くて、量があって、美味しくて、栄養価が豊富であれば、云うことはない。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:04 | - | - |
写真の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、野菜ジュース、バナナ


今日は 写真の日瓩覆里世修Δ任△襦
犲命燭瞭瓩亙未砲△辰燭茲Δ糞いする。気のせいかも知れない。
ともかく、Wikipediaによると、狷本写真協会が1951年に制定瓩靴燭發里如↓1841年(天保12年)6月1日に上野俊之丞が薩摩藩主島津斉彬を撮影し、俊之丞の息子・上野彦馬の口述による記事「日本写真の起源」を元に、これが日本初の写真撮影であるとしてこの日が記念日とされた瓩里世修Δ任△襦もっとも、犖紊慮Φ罎如△修譴茲螳柄阿砲蘯命浸1討行われていたことがわかっている瓩判劼戮蕕譴討い襪ら、薩摩藩主島津斉彬公が、日本最初の写真のモデルであるというこれまでの説は覆されているわけである。わたいなどはこの説を受けて育ったものであるが、新資料の発見や研究の進展によって、新たな地平が開拓されるのが、歴史の面白いところである、とは、Macの言である。
実際、それまでは日本史上最大の謀反人とされていた明智光秀が、織田家中の第一人者、秀吉以上の出頭人とみなされるようになり、某国放送協会の大河ドラマにおいて主役となるようになったのだから、なるほど、歴史研究とは面白いものである。
それはともかく、写真技術も発展して、わたいの中学高校時代にはスパイ映画の小道具として、いかにも現実離れのしたものであった写真撮影機が、現在では市井の民にも簡単に手に入り、各所で盗撮の被害が相次いでいるのだから、技術の進歩とはすさまじいものである。
───原子力エネルギーを造り出したのは人間の頭脳だが、それをどのように使用するかを判断するのは人間の心である。
そんな物理学者の言葉を思い出した。
理化学の研究も大事だろうが、心の学問はそれ以上に大事である。
とは云え、心の学問を教授すべき大人たちの心が崩壊腐敗しているのだから、これはなまなかのことではないが……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:03 | - | - |


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