ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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フルートの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛きゃら蕗)、鰯の生姜煮、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物


小松菜のわさび和えは先週分の残りである。期せずして残ったのだが、ほうれん草と白菜の胡麻和えよりもこちらのほうが、鰯の生姜煮には合うだろう。わさびのさっぱりした風味と味わいが、鰯の脂を洗い流してくれるような気がするのである。
鰯の生姜煮は久しぶりのような気がしない。去年だいぶ料理ったような気がする。今年は初めてだろうか? 節分には鰯の頭を玄関先に吊るして厄を払うと云う風習があるそうであるが、鰯の旬と云うのはいつ頃なのだろうか。調べてみると、真いわしの旬は6〜10月頃なのだそうである。いまは季節外れなのだが、それにしては美味である。もっとも、いわしは日本全国の各地で獲れるため、それぞれの産地で旬が異なっているらしいので、一概にいまの季節に食卓に上る鰯が季節外れとも云えないであろう。
まぁ、旬であろうがなかろうが、うまいモンはうまい! のである。
かぼちゃの煮物はすっかり冬の定番献立となった感がある。ちなみに、かぼちゃの旬は9〜12月頃なのだそうである。
かぼちゃは収穫時期が夏頃であるため、夏が旬である、と、記してある記事もある。旬、と云う単語をどのような意味で理解するかによってその時期が変わってくるようである。
たいていの食材は、収穫時期と食べ頃とが近接しているのか、あまりそのことが意識されないが、かぼちゃは採れたてのものは甘みがなく、貯蔵により甘みが増すため、収穫時期と食べ頃とに開きが出て、いずれを旬とするか、迷うことになる。
わたいが「旬」と云うときは、むろん、食べ頃の時期、を、指す。魚に白野菜にしろ、いつ獲れるかに関心はない。それよりも、いつ市場に出回るか、である。それによって、価格が上下する。もう少し待てば値が下がるのか、いまが最も安値の時期なのか、それによって購買意欲と行動が制御される。重要な情報なのである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:10 | - | - |
フルートの日のひとりめし(朝)
トースト(5枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ、ツナと白菜のトマト煮(残り物)


今日は爛侫襦璽箸瞭瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、燹屮(2)ルート(10)」の語呂合わせ瓩覆里世修Δ如↓狷本フルート普及推進協議会が2019年に日本記念日協会に登録して制定瓩靴拭△箸里海箸任△襦
ナカナカに苦しい語呂合わせである。
わたいも音楽と近しくなって久しいが、フルート奏者にはお近づきになったことはない……と、記してからふと思い出したが、確か同期の某がフルートも演奏していたようである。
彼はギターのみならず、ピアノも、オカリナも、サックスも奏するツワモノで、しかもそれらを一通り以上にこなすのだから、なんでこの男がこれだけ素晴らしい音色を出せるのだろう、と、感心する。
フルートと云えば、高貴な楽器と云う印象がある。たいがい深窓のご令嬢が吹奏するもので、同期の某のような一見むくつけき非優男が手にするものではない。あくまで、印象としての話である。
高貴な楽器としてのフルートの印象と、陰惨な殺人事件を結びつけ、その相容れない印象が醸し出す不気味な雰囲気を見事に描き出しているのが、横溝正史氏の『悪魔が来りて笛を吹く』である。この作品のことは知っており、もちろん読んだこともあったが、フルートと殺人事件との結びつきがもたらす異様な雰囲気の効果については、散作に云われるまで気づかなかった。さすがは散作、目の付け所がちがう。
もっともそのことと、わたいの食卓に並ぶ献立とには、なんらの関連もない。
高貴な楽器とも、ミステリの傑作とも、殺人事件とも、まったく一切これっぽっちも縁のない、いたって凡俗ながら平穏な、いつもながらの献立である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:08 | - | - |


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