ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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ありがとうの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、即席みそ汁(長ねぎ、乾燥わかめ、とろろ昆布)、さばの酢漬け、ほうれん草のお浸し、かぼちゃの煮物、熟成キムチ、木綿奴、納豆、味付海苔


どう計算を間違えたのか、今週はお菜を1品、料理りそびれてしまった。仕方がないから、昼食の弁当専用となっていたかぼちゃの煮物に晩食卓を飾ってもらい、翌昼食の弁当のお菜には、かねて冷凍保存しておいたブロッコリや人参に活躍してもらうこととする。
ほうれん草もそうだが、ブロッコリや人参も、冷凍保存しておいたほうが、かえって甘みが増すようである。ただ電子レンジで解凍するので、冷凍時にあまりに茹で過ぎていると、ふにゃふにゃになってしまう。そのへんの加減は、たしかに難しいかもしれない。
木綿豆腐はたんぱく質や脂質が多く、カルシウム、鉄分、ビタミンE、食物繊維などが豊富である。絹ごし豆腐に較べて、カルシウムは約3倍弱、ビタミンEは約2倍、で、ある。
絹ごし豆腐は炭水化物、カリウム、ナトリウム、ビタミンB群などが豊富である。
それぞれに長所がある。わたいの場合、カリウムやナトリウムやビタミンB群などは他の食材───主に野菜───で摂取している、と、自負しているので、 木綿豆腐を食卓に上せることにしたのである。
豆腐のたんぱく質や脂質が良質なものであることはがよく知られるようになって久しい。一時はブームと云われていた豆腐であるが、最近はどうなのだろうか。現在でも食卓に欠かしていない、と、云う家庭は、いったいどれくらいあるのだろうか。豆腐にかぎらず、いかなる健康食品と云えども、年単位で続けていかなければ、効果はあるまい。一時の熱狂だけで食品売場の一角に空隙をつくるのはやめて欲しいものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:59 | - | - |
ありがとうの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(たくあん漬け)、さばの酢漬け、ほうれん草のお浸し、かぼちゃの煮物


さばの酢漬けは先週からの持越しである。今日明日くらいが、味が滲みて美味しくなっている。1尾が結構大きいので、二枚おろしの片身の半分で充分1食分になる。
『地獄八景亡者戯』と云う落語があるが、その発端で主人公(?)が地獄に赴くことになったきっかけが、二枚におろしたさばの刺身を食べたせいだった。さばは腐敗しやすく、ために酢で締めたしめさば(きずし)、さば寿司などとして食することが多い。それらは生の調理法だが、わたいのさばの酢漬けは、いったん焼いたさばを砂糖酢(甘酢)に漬け込む点がちがっている。
なんにせよ、正味生のさばは、鮨屋以外では食する気にならない。
ほうれん草のお浸しも先週からの繰り越しである。ほうれん草はいったん湯掻いて冷凍保存しておくと、旨味がぐんと上昇する。そんな意味では、少々余ってもかまわないのだが、如何せん我が家の冷蔵庫は冷凍室が広くない。本末が転倒して、いざと云うときのための冷凍保存、と、云うよりは、なんしか冷凍保存していないと落ち着かないようになっている。困ったものである。
干し椎茸や干し大根も同様である。本来は余ったり、廉売していたりしたときに、有効活用するために拵えていたものだが、いまではそれをつくること自体が目的となっている。実際、干し椎茸も干し大根も結構つくったが、使ったのは1回くらいである。保存食なので無理に使うことはないが、保存食だからと云って、無理につくることもない。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:56 | - | - |
ありがとうの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は爐△蠅とうの日瓩覆里世修Δ任△襦
理由はもうお分かりのことと思うが、念のため、Wikipediaを繙いてみると、燹屮汽(3)キュー(9)」(thank you)の語呂合わせ瓩函△△襦
まさか、と、思われた方は、いらっしゃらないだろう。
「ありがとう」とは、「有難う」と記し、読んで字の如く、「有ることが難い」、すなわち「めったにない」とか「めずらしい」の意である。
そこから「貴重である」の意が生じ、さらに仏教面の影響からか、仏の慈悲などを得てこの世に存在していることに対する感謝の意を帯びるようになったらしい。
実際心清まして思いみれば、日頃「当たり前」と思っている数多くのことが、如何に「有り難い」ことであることかに思い至るであろう。
昔、『銀河鉄道999』と云う漫画の中で、次のような話があった。
その星では戦争が繰り広げられている。銀河を旅する乗客たちは、そのさまをあたかも西部劇や戦争映画を見るかのごとき感覚で眺めながら食事をしている。
主人公はそのことに義憤を感じ、旅客用の領域からその星の戦争のただなかに飛び込んでいく。
ふとしたことから同年代の少年と仲良くなり、ある日ともに野宿することになる。
「明日お日さまが拝めるかな」
その少年が寝袋にもぐりこみながら云う。
主人公にはその言葉が滑稽に聞こえる。
「なに云ってんだい。朝になれば朝日が昇るのは当たり前じゃないか」
「そいつは平和に暮らせる人間の云うことだぜ。俺たちは一度寝ちまったら、その間に殺されてることだって、しょっちゅうなんだ」
寝たら起きるのは当たり前、腹が減ったらメシを食うのは当たり前、勉強するのは当たり前、学校に行くのは当たり前、会社に行くのは当たり前、人間が生きてるのは当たり前……。
しかしその「当たり前」が、実はどれほど「有り難い」ことか。
日頃は浮世の繁雑に取り紛れて忘れがちになっているが、今日くらいはそのことに思いを馳せてもいいのではないだろうか。
そしてなによりも、いつもこのBlogの記事に目を通してくださってるみなさま、ほんとうに、ありがとうございます。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:54 | - | - |


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