ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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ネクタイの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯(しょうゆ豆)、即席みそ汁(わかめ、とろろ昆布)、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物、木綿奴、納豆、味付海苔


過ぎたるは猶及ばざるが如し、とは云うが、なるほど、もっともである。しかし敢えて強弁すれば、生揚げの鶏肉は食べられないが、揚げすぎたそれは食べられる。
そんなわけで、揚げすぎた揚げない鶏の唐揚げも、食べられないことはない。
それにしても、朝晩涼しくなって、すっかり秋めいてきたのは結構なことなのだが、蚊がでて来て困る。昔は蚊とは、夏に出るものだったが、温暖化が進展した昨今は、秋に出るものらしい。どっちにしても、血を吸われると、やたら痒くなるのは困る。少々の血くらい献じて進ぜるから、痒くするのはカンベンしてもらいたいものである。コロナのワクチン開発も結構だが、蚊の痒み止めワクチンも開発してもらえないものだろうか。
最近では、ベープのマットは売っていても、それを加熱する器具のほうは売っていない。矛盾した話である。いずれまたバカな狆暖饉圻瓩、バカな使い方をして、クレームを持ち込んだのであろう。困ったものである。おのれのバカさ加減をタナに上げて、製造元や販売元を非難するの無恥も、蚊の痒み同様、なんとかしてもらいたいものである。
そんな狆暖饉圻瓩離レームも、蚊の羽音のようなものである。鬱陶しくて、小うるさくて、神経に障って、そのくせ攻撃力はない。世の中に、かほどうるさきものはなし、とは、よく云ったものである。
べつに、蚊を愚弄する気はないのだが……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:54 | - | - |
ネクタイの日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(しょうゆ豆)、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、かぼちゃの煮物


幼い頃にはあまり好きではなかったしょうゆ豆が、最近ではお気に入りになっている。妙なものだが、よくあることでもある。幼少時に嫌いだった食べ物が、成長して――とりわけ思春期を境にして――鉱物になる、と、云うことは、よく聞くことである。
漬物が嫌いだったのに、好きになった、とか、魚が嫌いだったのに、好きになった、とか。
逆もまた然りで、幼少時に好きだった食べ物が、長じて嫌いに、あるいは苦手になった、と、云うこともまた、よく聞く話である。
わたいの場合――ありがたいことに――幼少時に嫌いだった食べ物が、成長の後に好きになった、と、云うことはあるが、逆はない。幼少時に嫌いだったもので、いまでも嫌いなものは……残念ながら、ひとつだけ、ある。以前にも記したが、イカ――姿焼きにしたイカや、輪切りにして煮付けたそれが、ダメである。ただしそれも、八戸のモノなら食べられる。やはり魚介類は新鮮さがイノチである。
その土地の産品をその土地で食す、これこそ、まことの贅沢である。すくなくとも、わたいにとっては、そうである。どの店のなに、とか、ナントカ店のカンタラ、などと云うのには、まるで興味がわかない。まして、行列してまで食べようなどとは思わない。
――ドコソコの店のナニナニを食べるのに、一時間もならんだ。
などと、得意気に云う人間の気が知れない。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:56 | - | - |
ネクタイの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は爛優タイの日瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、狷本ネクタイ組合連合会が1971年に制定瓩靴燭發里如↓1884年のこの日、小山梅吉が日本で初めてネクタイの製造を始めたことにちなむ瓩里世修Δ任△襦
1884年と云えば、明治17年であるから、それ以前のネクタイは、すべては暗いものだった、と、云うことになる。つまり、大久保利通も、木戸孝允も、日本製のネクタイは締めていなかったわけだ。
わたいも若い頃は、服飾の一環として、ネクタイを締めていたことがあった。現在ではノー・ネクタイである。
爛優タイ…社畜を繋いでおく鎖瓩函▲▲鵐屮蹇璽此Ε咼▲垢覆澆侶拔腓鬚里燭發Δ真佑いた。遊冶郎ではない。しかし遊冶郎が膝を叩くほど、秀逸である。云い得て妙である。
ネクタイも昔は、反体制の象徴だったようである。そのため、往年のハードボイルド小説や映画などの主人公は、みなネクタイを締めている。
それが転じて、ノー・ネクタイが反体制のそれになりだしたのは、七十年代かららしい。その頃になると、前述のメディアに登場する主人公たちは、申し合せたように、ノー・ネクタイになりだす。あるいは、よれよれのネクタイになる。
現在では、体制だの、半体制だの、と、云った区分自体が、ナンセンスになっている。好ましい傾向である。体制か反体制か、ではなく、どんな体制か、が、重要なのである。そう云う意味では、なかなかイキな時代になったものである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:55 | - | - |


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