ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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なにわの日のひとりめし(晩)
玉子麦飯、さんまの塩焼き(1尾)、小松菜のわさび和え、高野豆腐と椎茸と人参の煮物、酢ごぼう、木綿奴、納豆、味付海苔


酢ごぼうがなくなった。料理ったその週よりも翌週のほうが、よく味が滲みて食べ頃になっている。これからはそれを目途に料理ることにしよう。ごぼうなどの根菜類(?)はどうしても不足しがちになる。せっかく摂取しやすい食材なのだから、しかもこの季節、酢のものが恋しくなる時季でもあるのだから、大いに摂取すべきである。酢ごぼうと胡瓜もみを相互に食卓に上せられれば理想なのだが……。
高野豆腐が大きくて食べ応えがある。わたいが料理るときは弁当に入れることが脳中を占めるためか、どうしても小さめに切ってしまう。あるいは最初から小さめの品を買ってしまう。それはそれでいいのだが、やはり大きいものにかぶりつくのは、それはそれでいいものである。豪快な気分である。
この献立だと、たんぱく質とビタミンが豊富に摂取できる。煮物は重宝な献立なのだが、とりわけ重宝なのは、椎茸類を入れられることである。それによって、平生だと摂取しにくいビタミンDが摂取できる。カルシウムの定着には欠かせない栄養素である。いくらカルシウムを摂取しても、ビタミンDを摂取できなければ、なんにもならない。
さんまの塩焼きは、当然頭から尻尾まで、骨もあまさずすべて食した。鯛も骨まで食べられればいいのだが、さすがのわたいもそれはできない。昔は鯛の骨も噛み砕いて食し得たのだが、いやはや、年は取りたくないものである。
さんまの内臓に苦味を感じなかったのは、あるいは焼き過ぎたせいかも知れない。あの内臓の苦味が脳の中枢を刺激して、食欲を増進させるのだそうである。と、すれば、内臓の苦味のないさんまは、その値打ちの半分――とは云わないまでも、少なくとも1/3は、減じていることになるのではないだろうか。あの苦味が食欲を促進し、夏バテを予防してくれるのである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:30 | - | - |
なにわの日のひとりめし(昼-弁当))
麦飯(みそかつおにんにく)、明石鯛の酢漬け、ほうれん草のお浸し、茄子の辛子漬け


ほうれん草のお浸しは冷凍保存しておいたものである。野菜が高値になってきた昨今、冷凍保存しておいたものがあると便利がいい。しかし残念なのは、冷凍室の容量が小さいために、あまり多くを保存できないことである。早くまた廉価で供給して欲しいものである。世間の人たちは外食できないことを苦に病んでいるようであるが、わたいにすれば、贅沢な悩みである。わたいなど端っから外食などは選択肢にない。わたいにとって外食とは、週末の贅沢である。それもこのところ面倒になって、スーパーの弁当で済ませることが多い。
茄子の辛子漬けは母者が持参してくれたものである。だれが料理ってくれたのかは不明である。
これはもともと、母の本家筋にあたる小母ちゃんが料理ってくれたものを、その製法を教わって、実家でも料理るようになったとか聞いている。辛子の味がピリリと効いて、ナカナカに乙な一品である。わたいも作り方を教わったのだが、まだ試みたことがない。と、云うのも、意外と大量の茄子を必要とするのである。農家か余程茄子が廉いときでないと、とても無理である。その代用食(?)として料理っているのが、茄子の辛子佃煮である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 19:17 | - | - |
なにわの日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)


今日は爐覆砲錣瞭瓩覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによるまでもなく、7(な)2(に)8(は)の語呂合わせであることは容易に察せられる。まあ、さもありなん語呂合わせであろう。
漢字では猩臆岫瓠↓猩臆抬瓠↓猩佳瓠↓狷馭鉢瓠△覆匹班週される。
狷馭鉢瓩爐覆鵑亅瓩畔僂検△泙伸猩臆岫瓩筬猩臆抬瓩爐覆澆呂吻瓩噺討个譟↓猩佳瓩爐覆澆呂筬瓩箸覆蝓現在の大阪の異名とはなったのである。
その歴史は古く、難波宮の時代(7世紀)にまでさかのぼる。乙巳の変(わたいは狢膕修硫新瓩判った)の後、孝徳天皇が難波に遷都したのが始まりである。
Wikipediaによると、犁榲造惑鴃3年(652年)に完成し瓩い錣罎訛膕修硫新と呼ばれる革新政治は、この難波宮で行われたのだそうである。
この宮は建物すべてが掘立柱建物から成り、草葺屋根であったらしい。
(以上、Wikipedia/「難波宮」より)
その後太閤秀吉の大坂城築城あたりを頂点として、川治世期の狹群爾梁羹雖瓠△修靴凸声0歐靴魴个董⊂人の町、お笑いの町、反骨の町、等々として、現在に到っている。
個人としては、大阪、と、云う、無機質な響きよりも、爐覆砲鎰瓩筬爐覆澆呂筬瓩覆匹両霆鐡嗣覆箸靴晋豐兇里曚Δ好みである。
もっともその大阪も、いまでは反骨の気質を失いつつあるのが残念であるが……。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:04 | - | - |


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