ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

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 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
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カラヤン忌のひとりめし(晩)
玉子麦飯、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、茄子の辛子佃煮、もやし&プチトマト、木綿奴、納豆、味付海苔


木綿奴が崩れているのは、冷蔵庫のなかで凍っていたからである。文字どおり狹爐蠧ι絖瓩髪召Δ錣韻任△襦賞味期限が10日になっていたが、まだ大丈夫だろう。ただ、卵や豆腐の腐ったのは怖いので、充分用心しなければならない。そうは云っても、卵も賞味期限後10日くらいは大丈夫だろうから、豆腐もそれくらいは保つだろう。なお、そんな方はいらっしゃらないとは思うが、わたいのこの文章をあてにして、あるいは一般的な目安と勘違いして、命にかかわるような目に遇ったとしても、一切責任は持ちかねまするので、その段悪しからずご了解の程、よろしくお願い申し上げます。
もやし&プチトマトにはなにもかけていない。ドレッシングはおろか、塩すらふっていない。基本、野菜は新鮮なものを生で食するのがイチバンである。畑から獲れたての泥土の付いたものを、清流のせせらぎで洗い流して、かつ冷やし、そのままかぶりつくのが野菜の最高の料理法(?)である。
かつて田舎の少年であった、あるいは現在田舎の少年である人には、よく分かるはずである。
茄子の辛子佃煮が、結構気に入った。味付けはイマイチで、どうも辛子の量が多すぎるような気がする。その調整さえできれば、これは立派な箸休め、漬物代わりになる。ありがたいことである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 21:18 | - | - |
カラヤン忌のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(ピリ辛らっきょう)、揚げない鶏の唐揚げ、小松菜のわさび和え、キャベツと玉葱の酢漬け


組み合わせがいいと、少々の失敗は気にならない。昨日も記したように、揚げない鶏の唐揚げ、今回は失敗作となってしまったが、食べられないほどではない。しかもそれを、小松菜のわさび和えと、キャベツと玉葱の酢漬けの両献立が、美事にリカバリーしてくれている。あたかも、里中の失投を山田と岩鬼と殿馬が美事にリカバリーしてゲッツーにするようなものである。チョット違うかもしれないが……。
今回玉葱が少なかったかもしれない。半玉使ったのだが、一玉使ってもよかったかもしれない。玉葱を入れると、独特の甘みが出て、味がまろやかになる。晩食膳に供しているもやしとプチトマトを入れてもよかったのだが、いかんせん容量がそこまで大きくない。それに思ったより、酢漬け自体が多くなってしまった。そんなわけで、弁当には酢漬けのみを入れることになったのである。
夏になってほうれん草は姿を消してしまったが、小松菜がまだ店頭に並んでいるのはありがたい。ハウス栽培かなに栽培か知らないが、ともかく一年中青菜類が手に入るのはよろこしいことである。ただ献立が、わさび和えだけに固定してしまっているのは考えものである。そろそろ別の献立を作ってみようか、と、思わないでもないのだが、イマイチ気がのらない。なにごとも無理は禁物である。その気になるまで、気長に待つことにするとしよう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:40 | - | - |
カラヤン忌のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ(2本)


今日は爛ラヤン忌瓠△垢覆錣繊◆岾效鼎猟覯Α廚半里気譴織悒襯戰襯函Ε侫ン・カラヤンの命日である。
クラシック音楽に興味のないひとでも、カラヤンの名はご存じだろう。カラヤンとフルトヴェングラーはクラシック音楽におけるに大指揮者として、現在でも人気の高い人物である。
ちなみにわたいはカラヤンよりも、フルトヴェングラーのほうが好みである。あくまでも両者から受ける印象の比較であるが、カラヤンはキザで構築性が高く、完璧に過ぎるきらいがある。対してフルトヴェングラーは情熱性が迸り、情念性が高く、流動している感がある。「(ベートーヴェンが)これらの音楽に封じ込めていた観念と情念が生き返ってくるのがきこえる」と評されるゆえんである(Wikipedia/「ヴィルヘルム・フルトヴェングラー」より)。
対してカラヤンは、「(オーケストラが)これほどまでの音楽的充実感、正確性を追求できたことは未だかつてなかった。われわれは世界中のどのオーケストラにも優る、重厚で緻密なアンサンブルを手に入れたのだ」と、云われた(Wikipedia/「ヘルベルト・フォン・カラヤン」より)。
どちらがいいと云うものではない。聴く人の感性と好みの問題であろう。
それは食事においても云えるのであって、なんでも評判のいいものに自分を合わせる必要はないのである、と、言い訳しておこう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 18:38 | - | - |


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