ろ〜りぃ&樹里とゆかいな仲間たち

Blog(日記)と云うよりはEssay(随筆)
Essay(随筆)と云うよりはSketch(走り書き)
Sketch(走り書き)と云うよりは……?

 注)タイトルに「*」のついた記事は「ネタバレ記事」です。ご注意ください。
  << September 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
万年筆の日のひとりめし(晩)
玉子麦飯(しょうゆ豆)、即席みそ汁(わかめ、とろろ昆布)、さんまの塩焼き(1尾)、小松菜のわさび和え、7種野菜の酢漬け、木綿奴、納豆、味付海苔


季節がすっかり秋に移行しつつあるようだ。
昼の暑さは相変わらずだが、それでも風はめっきり涼しくなり、日陰などではひんやりと感じる。出歩いても、汗をかくこともなくなった。
そんなわけで、実に久しぶりに、みそ汁を食卓に上せた。みそ汁、と、云っても、インスタントである。それでもこれでやっと、理想の(?)「一汁三菜」になった。
かぼちゃもそうだが、さんまもいよいよ、これからである。脂がのって美味しくなる。
今年はさんまが大不漁で高騰しているそうであるが、今回買ってきたのは、200円=3尾(税抜)である。北海道産の冷凍ものであるが、そんなことはどうでもよろしい。どうせ塩焼きにするのである。塩加減と焼き加減で、味は変わるものである。第一、自慢ではないが、どこ産のなにか――養殖か天然か、生か冷凍か、そんなことの分かる味覚など、最初っから持ち合わせてはいない。食べて美味しければ、それでいいのである。
そのさんまを、まるまる1尾食したのだから、なんともゼ〜タクなことである。シルバー・ウィークの四連休で身体と精神に贅沢をさせ、明けては平日3日と云うことで、食に贅沢をする……罰が当たりそうな一週間である。
7種野菜の酢漬けがまだ保っている。重宝なことである。これで二週間保つ献立がふたつ習得したことになる。食材が廉価なときに買い溜めて、しかもそれを無駄にしないで済む。ムリして食べ終えることもない。それでいて、ともに栄養価バツグンの献立である。これは今季のヒット賞! である。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:55 | - | - |
万年筆の日のひとりめし(昼-弁当)
麦飯(しょうゆ豆)、鰯の梅肉唐揚げ、小松菜のわさび和え、かぼちゅの煮物


もともとは鰯のしそ巻き梅肉フライを造ろうと思っていたのである。それを、大葉を買い忘れたのが、ケチのつきはじめだった。大庭の代替えに味付海苔を使おうとしたら、小さくて、巻くにも付けるにも不都合だった。そのうえ、パン粉の付着具合が悪い。
――いったいどうたんだろう?
と、思っていると、半分ほど揚げたところで気付いた。溶き卵に潜らせるのを忘れたのである。
そんなわけで、フライ変じて唐揚げとは相成った。失敗である。まあこれでも、食べられないことはない。
かぼちゃが15円/100g(税抜)になっていたので、迷わず買ってきた。久しぶりに料理ったにしては上手くいった。味も悪くない。いよいよ、かぼちゃの季節である。ホクホクとしたかぼちゃの煮物は、秋から冬にかけて、格好の献立である。栄養価もいい。風邪予防には欠かせない食材である。できれば、コロナにも効果があって欲しいものである。
しかし考えてみれば、風邪にしろコロナにしろ、予防方法さまざまあれど、食事と睡眠と運動に勝る予防方法はあるまい。なのに日本社会はその三大要素を犠牲にして、生産力を維持し、あげようとしているのだから、ムチャな話である。それをまた甘んじて受けているのだから、日本国民も従順と云うかなんと云うか……いつの日か、現在云われているM(マゾ)瓩蓮↓N(ニホンジン)瓩噺討个譴襪茲Δ砲覆襪もしれない。そんなことにならないよう、切に祈るばかりである。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:54 | - | - |
万年筆の日のひとりめし(朝)
トースト(6枚切り×1枚)、半熟卵(2個)、チェダー・チーズ、プレーン・ヨーグルト、野菜ジュース、バナナ


今日は猖年筆の日爐覆里世修Δ任△襦
Wikipediaによると、1809年この日、イギリスのフレデリック・バーソロミュー・フォルシュが万年筆の原型となる軸内にインクを貯蔵できるペンを考案し、特許を取得したことから畧定されたのだそうである。
最近は万年筆も見かけなくなったような気がする。書類もすべてパソコンである。筆記を要することがあるときは、もっぱら、ボールペンである。
わたいの若い頃などは、万年筆は、腕時計とならんで、大人の男の必須アイテムであった。中学校の入学に祝いに万年筆や腕時計を買ってもらったときは、なにやら大人の仲間入りをしたようで、無性に嬉しかったことを憶えている。
万年筆はその名のとおり、大事に使えば一生もの、どころか、孫子の代まで使える。現に爺さんが若い頃に使用していた万年筆を、孫のわたいが面白がって使っていたことを憶えている。幼稚園ぐらいのときだったが……。
中学校の入学祝いに買ってもらった万年筆も、大学の頃まで使っていた。いまでは使おうと思っても、インクが売ってあるかどうか……。
電化製品も10年使えば買い替えが当り前の「使い捨て時代」である。「筆」もさることながら、「万年」ももはや、時代遅れなのだろう。
| ろ〜りぃ | ろ〜りぃの食卓 | 20:53 | - | - |


 SELECTED ENTRIES
CATEGORIES
LINKS
PROFILE
OTHERS